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25章 羊水で漂う脳

 そこに眠っているのは、水城のクラスメートたちだった。


 共に笑い、共に学び、共に遊び、共に青春を謳歌し、そして肉塊となって死んだはずの親友。


 しかし彼らはここにいて、安らかな表情で横たわっている。


「……どうして……皆が、ここに……」


 無論、脳を持たない彼らが返事をするはずもない。

 ここにいるのは遺体だけ、意識を持たない彼らに呼びかけが届くわけもなかった。


 水城が動揺に瞳を震わせていると、丁度アルビレオが地下に降りてくる。


「よーし、ここは無事か。どうやら地下通路の存在はバレてないみた――」


「アルビレオッ!」


 水城が鋭く呼びつける。

 その目に宿る感情は戸惑い、彼はまだ混乱から脱せていない。


「どういうことだ……皆はあの日、学校から飛び降りて死んだはずだよな。何故ここに肉体がある、あの日肉塊になった皆は何だったんだッ」


 あの日あの時、学校で卒業式を行ったのは紛れもないクラスメートたち。

 一緒に過ごしてきた水城には彼らが本物だと分かる、別人である可能性などありえるはずがないのだ。


 しかしここに眠る彼らの顔も、別人とは思えない。

 本物にしか思えない……。


「……それは君たちの友達じゃないよ」


 部屋の隅に積まれたDNA鑑定培養装置を台車に載せながら、アルビレオは言う。


「君のご友人からDNAを採取して、この機械でクローンを作ったんだ。デザイナーベビー作りと分野的にはほぼ同じだからね。声も見た目も全く一緒、同一人物にしか見えない別人だよ」


「別人……? クローンは同じ人間を造るんじゃないのか」


「脳さ。知っての通り脳の構造を完璧に理解しているのは紅葉様だけで、研究員はその一端を知っているに過ぎない。故にクローン技術を駆使しても同じ脳は作れないんだ。……だから彼らは見た目こそ似ている別人、君のお友達なんかじゃ決してない」


 ……道理な話だった。

 脳が再現できなければ同一人物とは言えない、至極当たり前のことだ。

 脳が違えば記憶も考え方も能力も好みも、何もかもが異なってしまうのだから。


「ならば何故こんなものを作った。偽物のあいつらを作って……お前たちの目的は何だ。死者を愚弄する気か……?」


「……僕たちの目的、というよりは鈴蘭君の目的と言うべきだろうね。だってこれは鈴蘭君が我々に命じて作らせたものなんだ」


「楓が……?」


 水城は、こんな光景を見れば楓だって怒るだろうと思っていた。

 徒に死者を弄ぶ行為だとして軽蔑すると思い込んでいた。


 しかしそれを指示したのは紛れもない楓、彼女自身なのだ。


「……水城君、彼女が僕たちに作らせたクローンはね、君と鈴蘭君の二人を除いたクラスメートたち全員だったんだ。君ら以外全員の共通点、勿論分かるよね」


 確かに見回してみれば、水城と楓のクローンはここに存在していなかった。

 二人を除いたクラスメート全員の肉体はここにあるが、水城たちのものだけはどうしても見つけられない。


「……転生を、望んでいたかどうか」


「そうだね。……本人にはっきり明言されたわけじゃないから推測になるけど――鈴蘭君は、君の為に彼らを作ったんじゃないかな」


 自分の為、と言われても水城は全く察することができなかった。

 彼はただ、不可解そうな表情でアルビレオの顔を見返すことしかできない。


「……卒業式の日、水城君が学校に連れていけと命令したから破綻したけど……本当は、クラスメートたちの死を水城君に見せない手筈だったんだ。そしてしばらくしてから、別人の脳をこの肉体に組み込んで、君の前に姿を現せさせる予定だったんだよ」


「……でも、それは別人だろう」


「投身自殺失敗によって全員生還できたが、その衝撃によって記憶を失い、人格も変わってしまったという筋書きさ。……水城君目線からしたらクラスメートたちは生きていて、また青春を続けるチャンスはある。そうやって君が望んでいた日々を続けようとしていたんだと思うよ」


 そんなもの、奇跡と呼ぶにも値しないほどに都合の良すぎる結末だった。

 全員が自殺に失敗して、全員が上手いこと記憶を無くすなんて、あり得るはずがない。


 でも……もし水城がそれを知ったらどう思うだろうか。

 死んだと思い込んでいた友人たちが、半ば別人になってしまっていても――彼は喜んだのではないか。


 それが天文学的な可能性でしか起こり得ない、作為の香りが漂う奇跡だとしても――彼はきっと友人たちを拒絶しない。

 生きていてくれた友人たちを抱きしめ、そして今度こそ彼らと共にこの世界を生きていくだろう。


 例え十月二十二日にこの世界の人類全員が滅んで、今度こそ本当に友人たちを失ったとしても――きっとそれまでは、幸福な日々が続いていたはずだ。


「俺が、あの日皆を止めようとしたから……楓の計画は崩れたのか……」


「そうだね。……今更過去は変えられないけど、その代わり報いてあげたらいい」


 俯く水城に向かって、アルビレオは優しい声で言った。


 仲間を見つめる水城は……心を壊したはずなのに、どこかかつての面影を浮かべていた。


「鈴蘭君は君の幸せを守ろうとした。そんな彼女を救い出すことが、君にできる唯一のことだろう? ……命を懸けても取り戻すんだよ、君を一番愛してくれた幼馴染を」


「……ああ」


 水城の肩に手を添えながら、アルビレオは誠二に視線を向けた。


 誠二も黙って頷き、近くの拠点に続くトンネルのロックを外していく。

 ここさえ開通させてしまえば、後はもう出入りは自由だ。


 いつまでも敵の施設の地下に、クラスメートたちの肉体を放置していられない。

 アルビレオはバングルで部下たちに連絡を取り、この部屋にあるものを拠点に運搬するよう指示する。


 ……アルビレオは会議の時、研究資料を入手するために攻め入ると言った。

 しかし本当に手に入れたかったのはこの部屋にあるもの全てだ。


 楓が水城のために作らせたこの肉体が、敵の手に落ちる前に奪還したかった。

 一つでも欠けてしまえばきっと楓は悲しむだろうから、例え国家から楓を奪還できたとしてもそれでは全てが丸く収まらなくなってしまうから――。



 ――ヒスティリア強襲作戦は、午後四時を持って完遂した。


 本作戦が遂行されたことにより、残る作戦は鈴蘭楓奪還作戦だけとなった。


 決行日は十月二十二日。

 その日明星と国家の闘いが始まり、そして全てが終わる。


 現人類に残された生存猶予は、あと三ヶ月しかなかった。

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