24章 揺り籠への回帰
……ヒスティリアの警備をしている兵士たちは、暇を持て余していた。
明星が遺産破壊に乗り出して以降、ヒスティリアなどの重要施設周辺には国衛隊による警備が行われるようになっていた。
だが明星の狙いはあくまでも遺産か基地、研究施設を狙って襲撃を行うことなんて今まで一度もない。
故にこの場所を警護する兵士たちは気を緩め、休憩時間が来るのを待ち続けていた……。
でも、ある種彼らは幸せかもしれない。
暇潰しの相手をしてくれる組織が現れたのだから。
「……おいッ、何者だ! 止まれ!」
突如、兵士の一人が銃を構えながら声を張り上げる。
何事かと周りの兵士たちが視線を追うと、不可視であるはずのこの空間に一人の少年が入り込んできていた。
その少年は歩みを止めることなく、兵士たちに近づいていく。
彼の手には物騒な銃火器が握られており、間違って迷い込んできた子供でないことは確かだ。
少年は光の無い目で睥睨し、己のツラが良く見えるようにフードを脱ぎ去る。
「どけ」
「……柊水城ッ!?」
国衛隊が捜索し続けている新人類、柊水城が真正面から立ち入って来ていた。
兵士たちは各々銃を構えるが、ブルカ二等陸尉から厳命されていた命令を思い出す。
新人類は国家にとって重要な存在が故、無傷で捕えなければならない手筈だ。
渋々彼らが銃を下ろし、ステゴロで水城を制圧して捕獲しようとした瞬間――。
「ぐお……ッ!」
兵士たちの胸から血が噴き出していく。
血液は肺を逆流して口腔に上り、彼らは鮮血を吐瀉しながらその場に一人、また一人と伏していった。
「……」
水城が注意を引いている間、前もって高所に潜伏していたハルが物陰から狙撃したのだ。
その手腕は神業の一言、外すことなく的確に心臓をブチ抜いている。
更に、水城の後方から躍り出たのはアルビレオだった。
彼は巨大なハンマーとチェーンソーを手にし、狙撃に気を取られた兵士たちを根こそぎ両断していく。
「バカがッ、接近し過ぎだ!」
アルビレオが水城から離れた瞬間を狙って、兵士の一人が銃弾を放つ。
その弾はアルビレオの顔面に命中し、その上半分を根こそぎ吹っ飛ばした。
だがアルビレオは止まらない。
顔を半分失っても倒れることはなく、獣の如き挙動で巨大工具を振り回す。
その間も、吹き飛んだ彼の顔面の肉が蠢き、元の形を取り戻していた――。
「悪いねー、こっちは不老不死なんだ。君たちの装備じゃいくら撃っても意味ないよー」
不老不死者は特定の銃でなければ殺せない。
しかしこの場所にそんな希少武器があるわけもなく、湊葉基地から取り寄せなければどう足掻いても敗戦は目に見えていた。
不死を有効活用し、アルビレオが特攻していく。
敵の真正面に突っ込んでいき、金切声を上げるチェーンソーを縦横無尽に振り回した。
無論兵士たちの連携は崩れ、警戒態勢は瓦解する。
「……おいッ、一斉に飛び掛かるぞッ! 不死だろうが拘束しちまえば……えっ」
そう言って、彼らのリーダーが部下たちに視線を寄越すと――そこには幾つもの死体が積み重なっていた。
肉片と臓器が夥しく飛び散って、ヒスティリアの壁を洋紅色に染め上げている。
そしてその中心には、鮮血滴る日本刀を持つ老人の影があった。
「お前の戦い方は美しくないぞ、アルビレオ。逆賊なら音無く忍べ」
物音も無く六人を切り伏せた誠二は、刀を振って血を掃う。
そしてその視線を怯える敵軍のリーダーへと向けた。
風林火山の如き殲滅は、明星最高戦力の手にかかれば秒にも満たず実現する。
老人が故に長時間の戦闘には向かないが、短期決戦なら彼の右に出る者はいない。
「くッ、来るな……ッ! 賊共を通すわけには――がッ!」
瞬間、砲撃音と共に敵兵リーダーの腹部に風穴が空く。
「チッ……」
一撃で心臓を射抜くつもりだった水城が舌打ちし、銃を捨ててリーダーの目の前に接近する。
そして敵の腹部を抉じ開けるように手を突っ込み、内臓を引き潰しながら手を上げていき――。
その心臓を握り締め、腹の穴から勢いよく引きずり出す。
舞い散る血液をその身に浴びながら、水城はその心臓を一息で握り潰した。
「指揮官は始末した。行くぞ」
その場に伏し倒れるリーダーに一瞥もくれず、水城はヒスティリアに向かって歩き出した。
残された残党と明星兵の交戦を尻目に、幹部格の四人――アルビレオと水城、そして誠二とハルはヒスティリア内部へと侵入していく。
無論入口の除菌設備は完全無視して、最短距離で研究所内に踏み込んだ。
……相変わらず研究所内は静寂に包まれている。
会話は活発に行われているのだろうが、相互認証がなければ誰の声も届かない。
だから水城は天井に向かって一発、ショットガンをぶっ放す。
声は聞こえなくても物音は聞こえるので、研究員たちは一斉に水城たちのほうを見て……各々驚愕の叫びを上げているのだろうが、その音は全く聞こえなかった。
「大人しくしていろ。喚いていいのは脳をブチ撒けたい奴だけだ」
勿論、水城の言葉も向こうに届かない。
だが意図を察した研究員たちは床に伏して両手を頭の上で組み、言葉無く降伏の意を表明した。
「ハル、悪いが研究員たちを拘束しろ。その間俺たちは皇紅葉の部屋へ向かう」
この場をハルに任せて、三人はヒスティリアの奥へと向かう。
幾重にもセキュリティを施された扉が行く手を阻むが、アルビレオにとっては障害ですらない。
全てのロックを解除していき、紅葉の部屋へと向かっていく。
……久々に訪れた紅葉の部屋は、相変わらず殺風景だった。
机が一つと幾つかの椅子、それ以外は何もない。
「相変わらず簡素な部屋だ。……地下道があるとは思えないな」
「隠し通路があると思えないからこそだ。敢えて簡素な部屋に道を隠すのが紅葉様の性格だよ」
そう言いながら、アルビレオがバングルを操作していく。
……その数秒後、部屋の隅にある床板が外れ、地下への通路が開通した。
「お先にどうぞ、水城君」
「……」
一瞬躊躇ってから、水城が穴に飛び込んだ。
数秒の浮遊感を得て、彼は床に着地する。
……穴を下りたその先にはだだっ広い空間があった。
学校の教室一個分に相当するその空間には、いくつもの培養槽が面並んでいる。
その中には培養液が満ちており、液体の真ん中には固定された脳味噌が浮かんでいた。
それが一つや二つならばまださほど気にならなかっただろう。
だが五十個以上の脳が水中で佇んでいるその光景は、心が半壊してしまった水城でさえ一瞬顔を顰めてしまうものだった。
その培養槽の小脇に置かれた電子パネルには、六桁の数字が表示されている。
これを数として数えるのであれば、ほとんどの培養槽が十五万を超える数値を叩き出していた。
安置されていたのは脳だけではない。
床にはコールドスリープ装置のようなものが等間隔で置かれ、その中には眉から上を切り取られて脳を摘出された人体が並べられている。
「…………え」
そのコールドスリープ装置で眠る人間の顔を見て、水城が動きを止める。
一瞬見間違いかと思った、目の錯覚を疑った。
幻覚を見るほど自分の頭がイカレてしまったのだと思うくらい、彼にとってそれは衝撃的な光景。
装置の中に眠っているのは、まだ高校生くらいの少年少女だった。
きっと脳さえ与えられれば無邪気に学園生活を楽しむような、そんな青春真っただ中の年齢――。
水城はその光景を知っていた。
……かつて彼はその輪の中にいたのだから。
「皆……?」
そこに眠っているのは、水城のクラスメートたちだった。




