23章 国境を越えた罠
『――連日世を騒がせている遺産連続襲撃犯の構成員が、国衛隊によりその身柄を拘束されました。犯人はコタリシャ国の男性で、彼が属しているグループは全員同国家出身のものだということが判明しております』
翌日、現実と乖離したニュースが報道され、世間では物議を醸していた。
その内容は明星が行ってきた遺産破壊に関してだが、その犯行は全く別の国によるもの断定されている。
『警察は、この犯罪グループの規模を数万人単位の巨大組織であると断定。更に遺産の破壊だけではなく日本の国防への干渉が危惧されるとして、第二次世界大戦以降約百二十年ぶりの非常事態宣言を発令しました。本日より国衛隊による無作為警邏の実施、及び空路・水路での人的渡航を全面禁止、同方法による物流に対しては警察による入念な点検が行われるとの――』
――明星の所有するアジトには、明星の幹部がよく使っている会議室があった。
全面がディスプレイに囲まれたその部屋には、現在四名の人物が集合している。
四人席の上座に座るのは議長を務めるアルビレオ、その右隣には柊誠二が着席していた。
二人の正面にはハル、そしてその左隣には水城が座っている。
「……偽造の証拠で遺跡破壊の罪をコタリシャ国に擦り付けるとは、また珍妙な一手を指したな。狙いは空路と水路の制限によって諸外国にいる明星構成員の招集を防ぐことだろうなァ」
誠二がまず切り出したのは、今しがたニュースで流れていることに関してだった。
バングルの空間ディスプレイでテレビ放送を流し、現状を把握している。
その隣からディスプレイを覗き込みつつ、アルビレオは軽い調子で言った。
「国民の批判を受けずに無作為警邏するのも魂胆だろうねー。諸外国からの工作員がいると報道すれば、軍人がそこらを警備していても国民は文句を言えない。むしろ安全の担保の為に歓迎さえするだろう。……ただの遺産襲撃犯から国際的テロリストに伸し上げるだけで、随分と相手方も自由に仕事ができるようになるんだなー。その悪辣さだけは見習わないと」
水城も己のバングルを使って情報を探る。
情報統制が為されているのか日本のニュースサイトではロクな情報が手に入らなかったが、明星の開発した独自のVPNと翻訳機を使って海外のサイトを見てみれば、全世界で波紋を呼んでいることが分かった。
「………………」
その隣で、ハルはただ押し黙って座り続けていた。
精巧なドールであると錯覚してしまうくらいには微動だにせず、真正面の壁を見続けている。
そんなハルに気を遣って、水城がディスプレイの画面を少しハル側に寄せたが、彼女は一ミリたりとも画面に視線を向けない。
何事も起こっていないかのような無関心さだ。
「あー、水城君。ハルは上の役職の人から命令されれば何でも従うけど、命令しない限りは待機状態を続けるよ、一応新人類として上の立場なんだし、命令してあげればいいと思うよー」
「……ハル、一応情報は共有しておいたほうがいい。一緒に画面を見るんだ」
そう水城から命令されて、ようやくハルはディスプレイに視線を動かした。
……上の役職から命令されれば何でも従う。
その言葉を聞いた水城が少しだけ考えこむ。
もしかしたら何かに使えるかもしれない。
そう思いながら、水城は情報を再度眺め始めた。
「……まー、国衛隊に警邏されると明星のアジトが見つかる可能性は増えるけど、その分敵のガードが緩くなるというメリットもある。というわけでこの機を逃さない為に、いつかやらなくちゃいけないと思ってたことをしとこっか」
自分のバングルを操作して、アルビレオは壁面にとある画像を表示させた。
それは水城も見覚えがある建造物、真っ白な正方形の建物だ。
その建物を――ヒスティリアの存在を忘れるわけもなかった。
その画像によればヒスティリアの周辺には多くの軍人が配置され、短機関銃を片手に警備を行っているようだ。
国にとっても重要な研究施設だ、護衛が厚いのも当然と言えよう。
「国立胚培養研究機関にカチコミしにいこうねー。あの場所にはこちらにとっても重要な研究資料とかが山ほど眠ってる、いつかは取り戻さなくちゃいけないと思ってたからいい機会だ。敵の本拠地近くだから短期作戦で、さっさと盗るもん盗って帰ろうね」
「……今更あんなとこ攻め込んで何になるんだ」
そう冷たく言い放ったのは水城だった。
何一つ気乗りしないような表情をしている。
「俺は楓を取り戻すこと以外興味ない。その為に来たるべき時まで国衛隊を殺して、敵の兵力を減らし続けている。……ただ強盗をするだけなら関係ないだろ、悪いが欠席させてもらおう」
「つれないねえ。でも水城君、君はこの作戦に参加したほうがいいと思うよ?」
席を立った水城を引き留めようと、アルビレオは遠回しな言葉で興味を引こうとする。
「あの研究機関の皇紅葉の部屋、憶えてるでしょ? あそこね、国にバレないよう地下室を作ってあるんだ。その地下室と三駅隣のアジトは地下トンネルで繋がっていて、開通させれば敵の本丸に攻め入る時の有用な連絡通路になるんだよ」
ヒスティリアは朝瀬川駅に存在する。
その駅には国家としての重要な機関が多く存在し、王の住む王宮も含まれていることは水城も知っていた。
つまりその通路さえ開通させれば、敵の本拠地近辺に本拠地を構えるのと同義なのだ。
楓の奪還作戦を行う際には、その通路が大きな力を発揮するだろう。
本来敵側に属する機関から明星の面々が突如攻め入って来れば、敵にとっては青天の霹靂なのだから。
「鈴蘭楓奪還作戦の際には、水城君も前線に立つことになる――というか本当は立ってもらいたくないし安全な場所にいて欲しいけど、どうせ止めても最前線に行くんだろう?」
「当然だ」
「だから、研究機関を占拠する際に建物内の構造を把握したほうがいい。それと地下通路も一度通って距離感を確かめるべきだ。いつか必ず活用するんだし、建物周辺で警備している国衛隊を殲滅しつつ理解を深めるのが賢い選択なんじゃないかなー」
「……」
一瞬疑いの目を向ける水城だが――道理だと思い、再び着席した。
アルビレオは満足そうな顔をして頷き、それぞれのバングルにデータを転送する。
「じゃ、明日決行ねー。……一応の注意点としては、研究所から数駅隣の湊葉区には国衛隊湊葉基地があるから、グズグズ時間かけてると大量の応援が来て詰みかねないこと。この基地はご存知の通り特殊な基地だから援軍を相手にすると本当にヤバい、そこだけ気を付けてね」
「特殊な基地……?」
ご存知と言われども全く存じ上げていない水城が声を上げ、アルビレオに視線を向けた。
「ああ……水城君には言ってなかったね。えーと四ヵ月前くらいの幹部会議で報告があったんだけど、国衛隊湊葉基地の軍備が相当整備されているようなんだ」
国衛隊の基地には各々均一の装備が支給されている。
訓練プログラムも全基地同様、全国の基地の軍事力がなるべく同じ程度になるよう仕向けられていた。
だが国衛隊湊葉基地だけは違う。
この基地の周囲には重要な施設が多すぎるからだ。
「まず湊葉区にはかつて総合電波塔の役割を担っていた東京タワーがあり、そのメインデッキにはこの世界の災害を止める為の環境システムがある。無論宮殿の地下シェルター同様、現世の兵器では破壊できず尚且つ不老不死者にしか開けられない仕組みになっているが、それでも重要なスポットには変わりない。しかも湊葉駅は朝瀬川駅の数駅隣、つまり宮殿が襲撃されれば真っ先に駆けつける立場だ。故に奴らは決戦に備えて、軍備強化を行っているんだねー」
アルビレオの言う通り、基地の近くには環境システムと転生システムの管理機械という、この世界で最も重要な二つの機械が存在する。
そのシステムをテロリストから守る為、国衛隊湊葉基地の兵力は傍から見れば異常なほどのものになっていた。
「更にもう一つ。国衛隊湊葉基地には他の基地とは違って、この銃が配備されているんだ。こいつがあるとなると大胆な行動はできなくなるね」
そう言いながらアルビレオが取り出したのは、普通の拳銃よりも一回り大きな銃だった。
どこか異質な雰囲気を纏うその銃は、この現世では見たことがない光沢を纏っている。
「これは……?」
「不老不死者を殺せる銃、銀戒銃だよ。不老不死者の誰かが不死をいいことに悪事へ走ったした時を想定して、異世界人から抑止力のために与えられた銃だ。これを撃ち込めば不老不死者は肉体の再生ができなくなって死ぬ。……向こうも幾丁かこれを持っている。明星の現指揮官である僕が死んだら組織が分解しちゃうから、殺されるとまずいんだよねー」
国家側も明星側も、その組織を作ったのは異世界から送られてきた不老不死者だ。
どちらの組織も彼らが中核になっており、殺されてしまえば組織内に動揺が走るのは必至だろう。
「じゃ、そういうことだからよろしくねー。決行は明日、寝坊しないでよー」
アルビレオが保育士のように呼び掛けたところで、誠二が垂れ流しにしていたテレビから無作為警邏の情報が入ってくる。
どうやら本日警邏する地域の通告がされているらしい。
それを聞く為に、アルビレオも黙って画面に視線を向けた。
『本日の警邏対象地域は明日早村、南等市、波川市、鶴ヶ峰市、式鳴島、南本市、茨森市――』
警邏対象となっている地域が順々に読み上げられていく。
無作為という名前の通り場所はアトランダムに決まっているらしく、その場所はバラバラだった。
「僕たちの今いる南等市も対象に入ってるねー。……でも朝瀬川駅近辺は対象から外れてるらしいし、明日のことも考えて今からヒスティリア付近に移動しよっか」
手を打ち鳴らし、アルビレオが会議の終了を合図する。
それを聞いた三名は各々動き出し、脱出準備を整えるために部屋を出ていった。
……だがアルビレオは一人だけ会議室に残り、煙草をふかしながら天井を眺めていた。
その脳裏に過ぎるのは、かつて彼を導いた先導者の姿――。
(……貴女の思い描いた計画は順調に進んでますよ、永遠の頭領)
国家がどれだけ抗おうと、明星は頭領の描いたストーリーを実現する為全力を尽くす。
そしてきっと成し遂げていくだろう、その為なら命を惜しまない連中が揃っているのだから。
(でも、本当に構わないのですか。貴女の意志を汲むことで、きっと貴女の努力は無駄になる)
刻々と短くなっていく煙草を、彼は握り潰して消火した。
その掌には火傷の痕跡が残ったが、不老不死の肉体が傷跡を消していく。
(もしも天国でまた逢えたなら、我々を褒めてくださるのですか。……紅葉様)
最後に残った煙を吐き出しながら、アルビレオはそう想いを馳せた。
彼の脳裏に過ぎるのは、かつて紅葉が浮かべていた笑顔。
そして彼に告げた言葉。
あれから何十年も過ぎた。
それでも彼は、まだ、その喪失感から逃れられずにいた――。




