22章 獄中の姫君
……王国地下に存在する牢獄は、小暑を過ぎた時期であっても冷え切っていた。
それは地下だから室温が冷えているだけではない、ありとあらゆるものが無機質な素材で構成されているが故、内面的にも冷たく感じるのだ。
統一的な大きさの石材で作られた石壁、脱出を防ぐために作られた鉄格子、病院の一品を思わせるような染み一つないベッド。
……ここに彼女が幽閉されてから四ヶ月が過ぎたが、未だに生活感が芽生えることはない。
尤も、そんなもの生まれても困るだけなのだが。
そんな地下牢を訪れたのは一人の男、この世界で最も身分の高い荘厳たる王――。
「……」
橘樹衛が、牢の鉄格子越しに幽閉者を見据えた。
その瞳はどこまでも冷たく、人を相手にしているというのにまるで死んだ動物でも見ているかのような目をしている。
牢屋の中にいる少女は――鈴蘭楓は、億劫そうに衛を睨んだ。
「壮健か、鈴蘭楓」
「……人の健康を気遣うくらいなら、こんなところじゃなくてスイートルームにでも住ませてほしいですね……」
そんな皮肉を口にはするが、語気は弱々しく、憔悴の表情を浮かべていた。
……彼女の座る車椅子には鉄の鎖が繋がれている。
それは脱出を防ぐための枷なのだから違和感はない。
だがその鎖に黄色のコードが撒き付き、その先が非殺傷レベルの電気を発する電流発生装置に繋がっている光景は異様でしかなかった。
「……随分久しぶりに顔を見せましたね……今更、一体何の用ですか……」
「儂もこんな場所に足繫く通いたくはないのだがな、君が明星の情報を吐かないから来ざるを得ないのだ。……これで何度目の問いかけになるかは分からんが、まだ何も話す気はないのか?」
「……ぺっ」
楓が忌々し気に唾を吐く。
弱々しく放たれたそれは衛に届くことなく地に落ちて、それを見た衛は小気味良さそうに笑った。
「何度来られたって願い下げです。こちとら仲間の情報を吐くくらいなら舌嚙み千切って死んだ方がマシですからね。一昨日きやがれ」
「中々に強情だな。……柊水城と同じように地獄の責め苦で心を壊しても良いのだぞ? 自我が崩壊しているほうが自白剤の効き目が良いのでな」
その言葉を聞いた瞬間、楓が吐き気でも催したような表情を浮かべる。
瞳の奥に映る情景は、白骨化していく人体。
手術服を着た者達に肉を削られ、その形を失っている男の姿。
その絶叫はいつだって今だって、彼女の耳孔に残り続けている。
……それはここに来たばかりの時に映像で見せられた、柊水城が拷問されている光景だった。
「……生憎、年頃なものでしてね。吐けと言われれば言葉を飲み込みたくなるんですよ。いつか反抗期が終わった頃に、床に頭を擦り付けて懇願してもらえたら教えましょう」
「ふ……良い、王への軽口を許そう」
「それにあの映像では、拷問を行ったのは趣味だからと言っていました。もしそれが本当なら脅しを入れる前にもう実行しているはず。それをしないってことは、あの拷問には趣味以外の意味があって……そのせいで拷問ができないか、やる必要がないかのどちらかですよね?」
楓は電流こそ流されども、精神を崩壊させる程度の拷問を受けてはこなかった。
もしあの狼藉が本当に趣味の範疇なのであれば、それは明らかに不可思議なことだ。
可能性があるとすれば、拷問を行わなければならない理由があった場合。
しかも、水城にだけ行って楓には行わないという不平等な理由だ。
「……そうだな、確かに理由はある。柊水城にだけ拷問をする理由――いや、柊水城にだけ拷問をしなければならなかった理由は確かにある」
「その理由は……?」
「君はギフテッドなのだろう? 天才と謳われた存在なら、自分で解き明かしてみれば良い」
「……」
楓が悔しそうに歯噛みする。
そしてその心中で唾棄するようにこう吐き捨てた。
本当に私が天才だったならば、そんなもの簡単に察してやるさ。
でも――私は天才なんかじゃない。
ただ、水城と子を育むために産まれた存在だ。
その為だけに作られた、天才という偽称を背負わされた借り腹でしかない……。
「そんなに情けない顔をするな。儂は寛大だからな、知りたければ大体のことは教えてやる懐の広さを持つ」
「……雅量に敬意を表しますよ。現世界の王」
「次世界の王にもなる予定だがな。……柊水城に拷問を行ったのは精神的に追い詰める為ではない。彼の肉体が邪魔だったのだ」
水城は脳を取り出されて生命維持装置に繋がれ、生存を確約された状態で生きたまま全身の肉を削がれる地獄を味わった。
楓は痛みを与えることがその刑の目的だと思っていたが、衛は小馬鹿にするかのように嗤う。
「拷問自体は攪乱、真意を気取られぬ為のカモフラージュでしかない。本当の狙いは彼の脳を四Dプリンターで再構築した肉体に移植すること、その一点のみだ」
「……あっ」
そこでようやく、彼女が衛の狙いに気付く。
何故水城にのみ拷問を行う必要があったのか、そして何故明星は水城の奪還を容易に行うことができたのか。
その全てを理解する。
「貴方たちは……水城の体に仕込んだんですね」
「そうだ。彼の脳が挿げ替えられた肉体の心臓には、マイクロチップが埋め込まれている。……発信機としての役割を担う重要なものだ」
人体にマイクロチップを埋め込み、GPSで探知する技術は既に確立している。
しかしそれは手の甲など薄膜の向こうに付与するもので、負傷時に露呈する危険性を孕んでいた。
だから心臓に埋め込む必要があった。
その存在が明るみに出るのは心臓を貫かれた時、即ち水城が死を迎えた時だけ。
明星が護る限りその瞬間は訪れないだろう。
その役を楓ではなく水城に担わせたのは、逃亡と奪還の難易度に起因する。
足の不自由な彼女は人質としてうってつけだった、ただそれだけの差だったのだ。
「昏睡させた水城の体を掻っ捌いて心臓に埋め込む手もあるけど……そうすると手術痕が残り、明星に気付かれる恐れがある。それを避ける為には、製造過程で仕込み済みの体に埋め込むのが一番だったわけですか……」
「そうだ。……敵の居場所が分かれば、こちらの打つ手も自ずと明らかになる」
「………………」
「先ず持って我々は――」
一瞬言葉を切り、歪んだ笑みを浮かべながら衛は告げた。
「諸外国に喧嘩を売る手筈だ」




