21章 黄昏へのリミット
「……先日の作戦で殲滅した部隊は六部隊。中隊が二個、小隊が四個かァ。上々の戦果だがこちらも死傷者八十六名、手放しで喜べる戦績じゃあねェな」
仄かな明かりに照らされた四畳半程の会議室は、明星の拠点にあるものだった。
国家に露呈しないよう廃村の地下に作られた組織の根城が故に、そのスペースには余裕がない。
だが構成員のほとんどは素性を隠して日常生活を送っているか、もしくは別のアジトを本拠地としている。
ここを使用しているのは現在、アルビレオ、誠二、ハル、水城、その他数十名の護衛だけだ。
会議室ではアルビレオと誠二が会議をしている。
部屋の端にはハルがおり、椅子に座ることもなく武器を構えて立ち続けていた。
護衛という立場上、座って一息つく余裕はないのだ。
「アルビレオ、今のところ彼我兵力にはどれほどの差が生じている? ここ四ヶ月間は水城に付き従うのが忙しくて情報が見れてねェ。まだ兵力差は歴然なんだろォ?」
「……そうだねー、おさらいしとこっか。誠二は大枠を把握してるだろうけど、ハルにはまだ軍事力差を説明してなかったもんねー」
会議室の壁は全てディスプレイになっている。
アルビレオは立ち上がり、懐からペンタブを取り出して現在の状況を書き出していった。
『国家(国衛隊・警察) 全兵総数 三百万人
不老不死者 橘樹衛、ブルカ・ケンタウル含む四十九人
保有新人類 鈴蘭楓
目的:新人類二名を確保し、全人類の死後に新人類を繁殖させる。
新人類全員に幼少期からの洗脳教育を施し、王含む不老不死者が支配する世界を作り出す』
『明星 全兵総数 二百五十万人
(但し、百五十万人のみが国内で実働。その他は諸外国への諜報活動としての協力者)
不老不死者 ホワイト・アルビレオ、柊誠二含む六十三人
保有新人類 柊水城
目的:新人類二名を確保し、全人類の死後に新人類を繁殖させ、絶滅するはずの人類の未来を切り開く。
あくまでも新人類中心の世界であり、不老不死者はその補佐』
「……実際手駒として使える人数は三百万人VS百五十万人でダブルスコア。じりじり削っているとはいえまだまだ分が悪いねー。ま、国衛隊相手は厳しいとしても警察はあんまり脅威じゃないし、実際の兵力差は数値以上に縮むだろうけど」
「『星狩り』による損害はどれくらいだったんだ?」
四か月前に行われた星狩りによって、明星の構成員が大勢拘束された。
更に新人類二名が捕獲され、明星内部には大きな動揺が走っていたのだ。
「あれはそこまで痛手じゃない、せいぜい五万人程殺られた程度だね」
「御大層な名前まで付けて行った作戦にしちゃ微妙な戦果だなァ」
「奴らの狙いは新人類の捕獲で、星狩り自体は陽動作戦だったからねー」
あの作戦の本懐は新人類二名の捕獲、その他構成員を狙ったのは攪乱に過ぎなかった。
だから大々的なテロ鎮圧行為を謳っていたとしても、その実被害は最小限に留まっている。
「星狩りに関してはまだ疑問の余地があるがなァ」
そう言いながら誠二がバングルを弄り、室内のディスプレイに画像を転送する。
表示されたその画像は朝瀬川大学病院地下の上面図だった。
「儂たちにとっても敵側にとっても、新人類は未来を創るためのキーだ。奴らが手中に収めたがるのも無理は無かろう。……だが水城の監禁があまりにも杜撰過ぎる。あれではまるで取り返してくれと言わんばかりだ」
病院地下に幽閉された水城は、明星によってあっさり救出された。
本来新人類は是が非でも手に入れておかなければならない最重要存在、厳重な警護で監禁しなければならないはずだ。
明星もそれを予見し、柊水城奪還作戦は明星の戦力全てを注ぎ込まなければならないと覚悟していた。
……だが現実は真逆、僅かな人員で奪還に成功したのである。
「そこが不気味なんだよねー……しかも警備が薄くなったのが、卒業式が執り行われる日だったのも不自然。まるでその日に救出させて、水城君に友人たちの自殺を見せたいかのように」
「……あのバカ王なら、それくらいの嫌がらせはしてきそうではあるがな」
「でもあまりにもリスキーすぎるよ。……何か奇策を練っているのかも。視野の狭いバカ王でもさすがにそこまで能無しな采配はしないだろうし」
「まあ……虚栄心と自惚れにまみれたバカではあるが、そこまでの阿呆ではないだろうな」
紅葉の死後、新天新地の王になると言って賛同者を募り、明星の対抗勢力を作り上げたのが橘樹衛だ。
新人類が新たな世界を作るという事実は変わらない。
だが彼はその世界でも王であり続けたいという想いだけでこんな馬鹿げた戦争を作り上げている。
元々は異世界側に都合のいい法案を通す為に、彼らの圧で王になっただけの男。
本来は異世界人の傀儡のはずなのだが、その自尊心は傀儡の王では満足できなかったのだ。
……彼が明星の敵対勢力を作ったおかげで、国側の目を欺くために楓と水城が一般人として明星から隔離され、普通の人間としての生活を享受できたのだけは良いことだった。
その偽装工作がなければ、新人類の二人は生涯ヒスティリアに幽閉されていたに違いない。
「……これから我々はどうする」
「今まで通り遺産壊して国衛隊を出張らせて、その隙ついて地道に兵数を削っていくかなー。……ついでにその合間で、僕たちの企てたもう本当の計画も進めておかなくちゃね」
「それを最終作戦決行まで続けるのか」
「そうだねー。人類全員が死に走るその日まで、入念な準備を続けなくちゃ」
……人類が死に至る日、紅葉がデザイナーベビーの脳にプログラムした自死の時。
それは、十月二十二日の夕刻。
天地創造が行われた瞬間だと司教が定めた時刻。
その日新たな世界は創造されて、日が変わりてしばし経つ頃、人類の始祖たるアダムが生まれた。
我々の存在する世界はその日始まったのだと、世界の起源には記されている――。
それは皮肉か信仰心か。
……水城と楓の誕生日も、そして紅葉の命日もその日だった。
現在、七月十七日。
人類の終端まで、後三ヶ月しかない状態だ。
「滅びが定められた十月二十二日、僕たちは国家に大戦争を仕掛ける。兵力は劣っていても策はある、鈴蘭楓を取り戻して――異世界転生のシステムを壊してみせるさ」
そう言って、アルビレオは懐から何かを取り出して誠二に放り投げた。
受け止めた誠二の掌には、古き良き携帯電話が握られている。
二つ折りのタイプで、この世界においてはもはや数百年以上前に使われていた代物。
遥か昔に携帯電話もスマートフォンも廃れ、現状は電気通信役務を手首のバングルが担っている状態だ。
「懐かしいビンテージでしょ、復元されたばっかりのホヤホヤだよー。悪いけどコイツの解析頼んでいい? 国崩しには欠かせないけど如何せん仕事が多くてさー」
「心得た。……九月までには軍事転用できるよう部下に厳命しよう」
「よろー」
携帯電話を懐にしまい、誠二が会議室を出ていこうとする。
出ていく直前に彼が振り返ると、アルビレオが手帳に何かを書き込んでいた。
細かい文字がびっしりと書かれた手帳は、既に冊子の半分ほどが文字で埋め尽くされている……。
「……何を書いている」
本来――アルビレオと全ての作戦を共有しているはずの誠二が怪訝な顔をする。
明星が秘めている本当の計画には、そんな手記の存在など明記されていなかったはずだからだ。
しかしアルビレオは静かに笑い、挑発的な目で誠二を見返した。
「ん? そーだなー……旧約、といったところかな」
「……聖書か?」
「まさか。これは恩寵も何もない旧約、人が人を想って書くものだよ。尤も、僕たちのことを人間扱いしてくれる人がいればの話だけどね」
楽しそうにケラケラと笑い、彼は文字を綴り続けた。
薄い罫線だけが引かれた真っ白な紙面が見る見るうちに黒く染まっていく、緻密な文字をどこまでも書き連ねていく――。
「さーて、人類の希望である柊水城くんは、定められた計画に抗えるのかなー」
水城のバングルに仕込んだ盗聴器の音を聞きながら、彼はそう呟いた。
一方――会議室より遥か地下深く、各々に配置された個人部屋には、柊水城の姿があった。
真っ黒に染まった虚ろな目をしながら、彼はバングルを弄り続けている。
バングルで仲間たちに通話をかけて、その度に呼び出しに失敗したと通知が入って――それでも水城は言葉をかけていた。
「……皆も……楓も、そう思うよな。俺と同じ違和感を覚えているよな……?」
バングルから返ってくるのは事務的な不在のメッセージのみ。
だけど彼は、まるで誰かと通話が繋がっているかのように言葉を紡ぐ。
その通話相手が既に飛び降り自殺して肉になっていても、国家に囚われていたとしても。
「明星の奴らは、俺に何かを隠しているよな……? 俺には言えない計画を企んで、何かを成し遂げようとしている。それは間違いない……」
右脳は対人で用いられ、感覚に長けた脳だ。
天才の右脳を元に作られた彼は、明星の面々と共に生きていく内に、彼らの言葉に隠された嘘と偽りに気付いていた。
「本当に信頼に足る奴らなのか、確かめなきゃならないよな……」
そう言って、水城は繋がらない通話を続ける。
居ない存在との交流。
それだけが、心の壊れた彼にとって唯一心を許せる時間だった。
……終焉の時まで三ヶ月。
その時、彼は報われるのか。
それはまだ誰にも分からなかった。




