20章 幸福と尊厳の解放
【卒業式挙行から四ヶ月後】
燃ゆる大仏殿、燃ゆる法華堂。
玉兎の月明かりが切り裂くは宵闇、世界が闇に染まりし暮れの刻。
平時は泰平たる奈良の都は、紅き炎に包まれて煌々と照らされていた。
かの地に聳えし寺院は燃え盛り、鎮座せし大仏も今やただの瓦礫山。
逃げ惑う住持職、金切声を上げる参拝客、そして怒号を上げながら指揮を執るブルカ二等陸尉――。
ここは奈良県に存在する寺院だ。
しかしテロリストによって火を放たれ、全てを薙ぎ倒された今やもうその荘厳さは見る影もない。
国衛隊と警察が無線機で連携を図りながら不届き者たちを追い詰める戦場でしかなかった。
武具を纏って寺院内を破壊していくテロリストは明星の構成員。
彼らは破壊を目的とし、日本が誇る遺産を無体な姿へと変えていく。
時折発砲音が聞こえるのは彼らが国衛隊と鉢合わせして、銃撃戦となったからだろう。
もはやここは神仏に祈りをささげる場所ではない、お互いの体に鉛玉をブチ込むことだけしか望まれない死の焦熱地獄。
「全体、撃ち方止めッ! 銃を下ろせ、国王陛下の指顧だぞッ!」
そんな地獄の渦中で、ブルカ二等陸尉が部下たちに矛を納めるよう命令する。
無論戦場で武装解除することは降伏にも等しいこと。
しかしそれを行わざるを得ない理由は――。
「柊水城が現れたッ! 全軍非殺傷兵器で迎え撃てええぇッ!」
彼らの眼前には――かつて愛する幼馴染と生き別れ、心を失った男がいる。
その手にはショットガン、もう片手にはサブマシンガン。
腰には擲弾とスタングレネードとジャックナイフ。
身に纏っているのはセラミックプレートの挿入されたボディーアーマーと軍用ヘルメット、闇に溶け込む為か全ては漆黒に染め上げられていた。
水城は、笑っていた。
きっとこの戦場で誰よりも楽しそうに、狂気的に。
「くく、くっくくくく……ふふはははは……」
柊水城が空を舞う。
重装備が嘘のように軽やかに、壁を蹴って瓦屋根へと上り、眼下で蠢く国衛隊に銃弾の雨をブッ放す。
サブマシンガンから発せられるパラベラム弾が人々の体に風穴を開けていく、ショットガンの放つスラッグ弾が人々の部位を木っ端微塵に粉砕していく。
人体から彼岸花が咲いたかのように、鮮やかで紅い飛沫が彼らの身を染めていく――。
「幾歳月を経ても赦されない罪を贖え、惨く刻薄に死んで詫びろ……ふっふふふふくくく……」
軍人たちの体が一人、また一人と倒れていく。
それを見た水城は、まるでボウリングのピンが倒れていくのを見るかのように、小気味よく笑い続けるのだった。
時には接近戦を挑もうとした者もした。
二手に分かれて挟撃を行い、組み倒すことによって無力化を図ろうとする国衛隊の猛者もいた。
だが――壁を登ろうと手をかけた瞬間、その頭がザクロのように弾け飛ぶ。
脳味噌と脳症が撒き散らされ、頭の無い死体が壁に寄りかかりながら地面に伏していく。
その遥か遠方では、ボルトアクション式の狙撃銃を構えたハルがスコープを覗いていた。
彼女が右手の人差し指に力を込めれば、その度に国衛隊の命が散っていく。
「狙撃手がいるッ! 射線を切れ、狙い撃ちにされるぞッ!」
しかし――狙撃を嫌えば水城から弾丸の豪雨を浴びる、絨毯射撃を嫌えばハルからの狙撃が命を掻っ攫う。
彼らにできることは、己の体に銃弾が当たらないことを祈りながら、後方に逃げ惑っていくことだけ。
……だが彼らの後方には誠二がいた。
腰には丸鞘を携え、その手には日本刀が握られている。
この場から逃げ出そうとする敵の退路を塞ぎ、彼は剣を振り下ろす。
袈裟斬りが描く鉛色の軌跡と、舞い散る赤い血液が敗残兵の見た最期の光景だった。
「退けッ、老い耄れがッ!」
敵兵が群れを成して襲い掛かり、その手に持った特殊警棒で誠二を殴打していく。
幾度となく振り下ろされた凶器によって彼の脳天は割れ、眼球や脳がぶちまけられた。
しかし彼はそれでも止まらず、払い胴の要領で警棒を弾き飛ばし、群がった敵兵たちの胴体を切り伏せていく。
空を舞う臓器に囲まれながら、誠二の頭部が脈動していた。
陥没した頭が再生していき、抉り落ちた眼球や脳までもが原型を取り戻している。
彼もアルビレオと同じく、紅葉によって異世界から救われた不老不死者。
年を取ることなどなく、死を迎えることもない。
いくら肉体を欠損しようとも、その体は瞬く間に再生していく。
そして彼は明星の最高戦力でもある。
異世界に連れ去られるまで戦国の乱世を生きていた彼は、四百年間の鍛錬を経て比肩する者のない剣術を手にしていた。
……だから、手ぬるい戦闘訓練で育った兵士に負ける道理などない。
往けばサブマシンガン、臆せば狙撃、退けば剣戟。
今や国衛隊の兵士たちは逃れることのない死に囲まれ、抗うこともできず死を享受していく――。
「クソ老人めッ! ……手心を知らんからあのジジイは嫌いなんだ全く……!」
命からがら逃げ伸びたブルカ二等陸尉が、宿敵に対して呪詛を吐く。
彼は国家側の不老不死者であるため、その命が失われることはない。
だが彼が率いていた小隊は既に壊滅、生存者は片手で数えられる程度だろう。
もはや敵兵を止める手段はなく、無念の敗走をすることしかできなかった。
小隊を壊滅させた水城は、屋根を伝って更に高所へと移動していく。
そして腰に携えていた手榴弾を四方八方縦横無尽にばら撒いて、遥か眼下を爆炎の世界へと変貌させていく。
その爆風があらかじめ設置されていたC四を誘爆させる。
彼方にいる部隊は擲弾発射器とロケットランチャーを無差別発射し、寺院内はもはや全てが焼き焦げたディストピア。
地獄の業火を瞳に映しながら、水城は両手を広げて遺産の崩壊を歓待する。
光の消えたその瞳には、昏く淀んだ深淵だけが続いていた。
世界中の闇を掻き集めたかのような純黒の眼には、もはや正義や倫理観など微塵も映り込んでいない。
彼が考えること、それは幼馴染を救い出すことだけ。
それを完遂する為にはどんな犠牲も、どんな悪行も厭わないのだ。
『……こちらアルビレオ。こちらの作戦は完了した、遺産破壊班も撤退してどうぞ』
アルビレオからの撤退命令も聞こえていないのか、水城は眼前の崩壊を悦び続けていた。
――あれから四ヶ月。
水城は、復讐と後悔に苛まれ続けていた。




