13章 星狩り
――そして最後にエレベーターから降りてきた男が、二人に接近する。
その男性の肩に光る階級章は二等陸尉の証。
しかし大層な軍服飾りとは裏腹に青白い顔とこけた頬、不健康そうな出で立ちの男こそがこの軍勢を率いる暫定的リーダーだった。
「お初にお目にかかりますクソガキ共。小生は国衛隊所属、ブルカ二等陸尉と申す者。橘樹衛国王の命によりお前たちを拘束させて頂くんでそこんとこヨロシク」
「……ッ」
国衛隊。
現日本の誇る軍事組織で、諸外国への抑止力としての存在であり、尚且つ公共の安全と秩序を維持することを義務付けられた団体。
国内では暴力組織やテロリズムへの制圧を主に取り扱っており、当然明星という組織も粛清対象に含まれる。
つまるところ敵は国家そのもの。
……子供二人が太刀打ちできるはずもない。
「俺たちを捕まえて……どうするつもりだッ」
「テロ組織の構成員が迎える末路なんて、今更説明する必要ありますゥ? いくらガキでもその覚悟を持って加担しているんだろうし、神妙にして縛に就いてよねぇ。できれば無傷で捕まえたいんだからさ」
「……」
ここで捕獲されれば、恐らく二度と日の目を浴びることはできないだろう。
情報を吐くだけ吐かされて、その後は煮るなり焼くなり好き放題されるはずだ。
ならば……無事に切り抜けることは考えない。
楓だけでも逃がすこと、それが水城の急務。
だから水城は数秒考えて――踵を返し、車椅子を押しながらブルカ二等陸尉とは逆の方面に走り出す。
一縷の望みに全てをかけて、その背に銃弾が当たらないことを祈りながら――。
「おーおー威勢がいいねぇ。無駄な足掻きなんだけどさ」
そんなブルカ二等陸尉の声だけは聞こえた、だが銃声は轟かない。
駆ける水城が後ろを振り返るが、敵は悠然と歩きながら進軍してくるだけ。
……発砲する様子も、急いて二人を追う様子は見られなかった。
(撃ってこない? 御大層なアサルトライフルを引っ提げてるのに!?)
対人射撃が禁止されていたとしても、機動力を奪う為に車椅子の駆動輪を打ち抜いてパンクさせることくらいはできるだろう。
それをしないということは、その銃は虚仮威しなのか。
もしくは、そもそも使用しないよう厳命されているのか。
……どちらにせよ水城たちにとって有利に働くことは間違いない。
クラゲ舞う世界を走り抜けると、床から天井まで全てが水槽で構成された海中トンネルに突入する。
有事でなければ心奪われる光景だろうが、今では隠れ場所のない狭い通路なので最悪の場所と言えるだろう。
その時、……海中トンネルの奥から足音がした。
それと同時に四人程の軍人が軍用銃を構えながらトンネルの行く先を塞ぐ。
「くそッ!」
先へは進めない、さりとて引き返すこともできない。
海中トンネルなので出入口を塞がれてしまえば逃げ道などなくなってしまう。
……ブルカ二等陸尉が余裕綽々だったのは、例え逃げられても挟撃できることを分かっていたからだろう。
唯一水城の持つアドバンテージは、敵が銃を使えないこと。
……それは同時に敵が、使うことのできない棒っきれを持っているせいで両手が塞がっていることを示している。
『楓、俺が合図したら俺にしがみつけ。いいな!』
『えっ、え……!?』
敵に聞こえないよう緊急用回線で指示し、水城は速度を緩めることなく通路を進んでいく。
そして敵との距離が近づいていき――。
『今!』
合図をしながら、水城は腕を伸ばして楓の体を抱き上げた。
……楓も一瞬の逡巡を見せたが、すぐに水城の体にしがみつく。
楓を担いだ水城は、その足で思いっきり車椅子を蹴り飛ばした。
加えられた勢いそのままに、車椅子が敵の群れに向かって突っ込んでいく。
もしも空手なら受け止めることができただろう。
だが銃を携えていたせいでその初動が遅れ、構えるまでのタイムラグがあった。
その結果、敵は車椅子と真正面から衝突する。
非常事態に備えて電動式の機構を備えている為、車椅子の重量は通常より重い。
軽い事故と呼べるほどの衝撃が敵を襲っただろう。
車椅子を回収している暇は無い、薙ぎ倒された軍人たちを踏みつけながら水城は突破していく。
その時敵の手から吹っ飛んでいったアサルトライフルと無線機を回収しながら――。
「なにやってんのバカタレ共! クソガキにそんなもん持たせたら――」
後方からブルカ二等陸尉の怒号が聞こえてきた。
そう、彼だって一個小隊を束ねる隊長なのだから理解している。
窮鼠に銃火器を鹵獲されることがどれほど危険かを知っていた。
片手で楓を抱えながら、水城はもう片手を後ろの軍人たちに向けた。
その手にはアサルトライフル、無論安全装置を外された状態で握られている。
己の中の常識と倫理観が指を止める。
だが水城の脳裏には、仲間たちの顔が浮かんでいた。
仲間たちと会えなくなるくらいなら、彼らの転生が止められなくなるくらいならば――。
「……!」
水城は引き金を引いた。
……瞬間、咆哮のような銃声が館内に木霊する。
発砲の瞬間、銃口を敵から逸らしていたので、ただ壁に弾痕が残っただけだった。
しかし威嚇射撃で十分、素人が引き金を引く勇気を、いや蛮勇を持っていると知らしめるだけで十二分。
実戦経験に長けた軍人たちは、一本道の水中トンネルを下手に突っ切れば順々に殺されていることを予見できている。
だから一時撤退して物陰に潜むことしかできない。
その隙を突いて、水城は水族館の奥へと走る。
何度か壁に発砲し、銃声によって敵の動きを止めながら。
しかし手詰まりなのは変わりなかった。
どうせ上の階にも敵はいる、見張り役とかち合うハメになるだろう。
水城側だけが銃を使える状態なので切り抜けられる可能性はあるが――それは水城が『発砲できれば』の話だ。
一階にはクラスメートたちがいる。
……そんな中では、例え威嚇射撃であっても発砲などできるわけがない。
だから正当な出口から脱出することはできないだろう。
「……あったっ!」
だから水城は探していた、そしてようやく発見した。
彼が見つめる先は壁、いや、そこに隠されたスタッフ専用の通路。
景観を保つため扉の色が壁とほぼ同化しているので、小さな取手に気づかなければそこに通路があるなんて見極められないだろう。
迷っている暇は無い。
即座に扉を開けて、薄暗い通路への道を開通する。
来場者用の館内とは違い、関係者用の通路は簡素で質素な作りだった。
ただ真っ白な壁が続く狭い廊下を駆けていく。
通路の先には再び扉があり、備品倉庫へと繋がっていた。
餌が入っている冷凍庫、水槽掃除用の清掃用具とシュノーケルセット、ショーで使うであろう遊具が乱雑に保管されている。
奥には大型の荷物用エレベーターがあるが、どうせ上に行けば国衛隊と鉢合わせるので使えないだろう。
そう思った水城は、ここから敵が来ないようにエレベーターを開き、扉の間に適当なものを挟んでこの階に固定した。
「……とりあえず鍵をかけたからすぐには突破されないだろう。マスターキーを持っていても開錠する時に音が鳴る、その瞬間撃たれるって分かってるだろうからな」
そう呟いて、水城は敵から奪い取った無線機の電源を入れる。
『標的は従業員通路へと侵入。見取り図上だと鍵付きの備品倉庫があるのでそこに籠城していると考えられます。……無傷束縛が条件となるとこちらとしても迂闊に手が出せません。せめてある程度の武力行使は寛恕頂けないと……』
『んー、ダメダメ。武力はNOで。だって橘樹衛国王の勅命なんだから仕方ないでしょ、他のテロリストと違ってあの二人は無傷捕獲以外認めないの。……そうだな、たまには頭を使って策を弄しましょうかねぇ……』
……無傷捕獲を、国王がわざわざ?
なんでそんなことをする必要がある。
何故自分たちだけそんな扱いを受けなきゃならない?
そう深く考え込む水城の手を、楓が握った。
……その手は少しだけ震えている。
「ねぇ、水城……逃げるなんて無理だよ、どうしようもないよ……」
「……諦めても、どうしようもない結末を迎えるだけだ。なら足掻けるだけ足掻くしかない」
不安げな顔をする楓の頭を撫でて、水城は強がるように笑った。
「心配するな。命に代えても守ってやる」
その瞬間。
「……!?」
爆音と衝撃が世界を揺らす。
その音は爆発音、その衝撃は爆発時の衝撃波によるもの。
「何を始めやがった……ッ」
その後数度の爆発音が轟き、……出入口の扉の下から、水が流れてくる。
水道から出るような透明度の高い水ではなく、数多のプランクトンが浮く生命維持の為の液体だ。
『二等陸尉殿、C四での起爆処置完了致しました』
『うーん、まだまだ行ってみましょうねェー。一個破壊しただけじゃ水没させるには足りなさそうだものねぇ、なんなら景気よくパーッと全爆破いってみよっかァ!』
無線機の向こうからは、ブルカ二等陸尉の上機嫌な声が聞こえてきていた。
「ばッ……か野郎……!」
地下一階を水没させる冠水の計略。
袋に閉じこもった鼠を炙り出すには悪くない手だった。
扉の向こうへは戻れない、水に埋められて溺死するだろう。
だから水城たちはエレベーターで上に逃げるしかない、例えそこで敵が張っていると分かっていながらも……。




