11章 全ての始まりは
「……こんな狂った世界を変えられるなら、……明星に入ります」
熱の籠った声でそう呟いた。
アルビレオが満足そうな顔で頷く。
歓迎の表情ではない、思い描いていた計画が上手くいっているかのような小狡い顔で。
「歓迎するよ、水城君。守りたいものは己の手で守るしかない、君の理想とする未来を得たいならその選択肢以外ありえないからね……さてこれで水城君も晴れて我々の仲間だ。じゃあまずは、どうしてこの世界が異世界に侵されてしまったのかという話をしようか」
事の始まりは四百年前――と、アルビレオは切り出した。
ある大天才――皇紅葉が独自の研究により、異世界の存在を確たるものにした。
……だが現世の人類より遥かに秀でた異世界人の存在は、現世の世上に動揺を与えるとして各国の王族のみが知る機密事項となった。
「……でもね、それから数年後、皇紅葉は人類の終焉を予測してしまったんだ」
「さっき言っていた、生存資源の枯渇ですね」
「そう。そして人類の滅びを恐れた王族たちは、異世界人の力を借りることで延命を図ろうとしたんだ」
王族に命じられた皇紅葉は、長年の研究によって異世界とコンタクトを取ることを可能とした。
そして二つの世界は合意の上、世界を繋ぐ扉を開き、交流を始めるようになる。
異世界人は人類を求めていたので、王族は民を供物に捧げ、その対価として様々な技術を得ることができた。
そこから現世は目覚ましく発展していくことになる――。
「でも異世界と現世を移動させるのは中々手間でね、効率的な輸出方法が必要だったんだ。だから皇紅葉は、肉体そのものではなく死後の魂を送る方法を提案した。……でもそれを実現するには、異世界と現世の両方で長い時間をかけて研究をしなければならなかったんだ」
だから異世界は皇紅葉を異世界に招き、不老不死の施術を行って、現世で研究を続けさせた。
だが単独での研究ではどうにも手が足りず、彼女は不老不死者を寄越すよう異世界に呼びかけを行う。
それにより総勢百名ほどの不老不死者が現世へ訪れ、研究は二次関数的に捗っていく。
「それが僕たちさ。明星上層部は全員不老不死者、そして国家の上層部も同様だね。時々異世界人は人類を攫って不老不死にして色々なことに活用していたから元々結構な人数がいたんだ」
そして異世界転生の技術は確立し、王宮の地下に転生のプログラムが置かれ、稼働し始めた。
それと同時に転生者を増やすため、死を歓待するデザイナーベビーの研究も始まっていく――。
「そして今に至る。異世界人は現世に環境プログラムを渡し、それを盾に供物の要求を増やし続けているんだ。……それがこの世界と異世界転生の真実だよ」
「……………………」
真実を知った水城は、信じがたき物語を嚥下するために少しだけ黙りこくる。
大天才と呼ばれた皇紅葉が、異世界の存在を察知したのが全ての原因なのだろうか。
……だがそれがなければ、人類は滅亡以外の未来を切り開けなかっただろう。
それでも、それによって若者が自殺をする世界が完成してしまった。
その事実だけは変えようがない。
誰が悪なのか、誰が原因なのか。
……水城には、分からなかった。
「さて、歴史のお勉強はこれくらいにして……転生を止める方法について話そう」
アルビレオが合図すると、ハルが投影された画面を切り替える。
それは武具を持つ人々の姿、しかし彼らが身に纏っている軍服は未だ見た事のないものだった。
「彼らが明星の構成員、人数は約二百五十万人だ。世界人口と比較したら少なく見えるけど、軍事勢力としてはこの世界最高峰だよ。……そんな我々が知る事実を話してあげよう」
アルビレオの合図を受けて、映写された画面が朝瀬川駅周辺の地図に変わる。
「まず……この街に、異世界転生のシステムを管理している機械がある。それは条件を満たした死者の魂を物質化する機能と、現世と異世界の転送を担うものだ。それを破壊することが我々の使命、具体的にどこにあるのかと言うと……」
彼がモニター上に表示された地図のある場所を指さす。
それは日本国民の誰もが知る場所。
ニュースでも授業でも度々見てきた、……この日本で一番偉い人物が住む場所。
「日本宮殿。……国王サマが住む場所だねー。現国王は誰だっけ、橘樹衛ってやつ?」
四百年前に日本も王権を取り入れ、国家の長は国王に変更された。
……丁度異世界との邂逅を果たしたのも同時期だ。
元々橘樹衛国王は異世界研究者の第一人者で、異世界との交流を行い現世を発展させた名誉で国王になったのだ。
異世界によって不老不死技術を施術された者としても有名だ。
そのおかげで今も生き永らえ、現在は数値上四百歳を超えているはず。
「国王の住む場所なんだから日本で一番警備が厳重な場所だ。隠し場所としては最適だろう?」
話を整理する為、アルビレオは空間ディスプレイにペンタブで作戦概要を書き出していく。
「まずね、目当ての機械自体は宮殿地下の核シェルター内にあるんだけどこれが曲者で、国王の指紋、耳介、網膜、虹彩、静脈認証、そしてパスワードが必要なんだ。しかも異世界人の技術で作られているから、現世のありとあらゆるものでは破壊できない。つまり国王が中に入ってしまえば絶対に誰にも開けられない」
「それじゃあ我々にはどうしようもないのでは……」
「と思うでしょ? 実は我々異世界から来た組もシェルターに入れるんだなこれが」
「えッ!?」
とんでもない事実に、水城は見ていて胸がすくほどの驚愕を露わにする。
「現世側が契約不履行で貿易断絶した場合、機械を破壊しないと長い時間をかけて技術流用されるかもしれないでしょ。だから異世界は、現世の兵器では決して壊せないシェルターを自ら提供した。機械と国王を守る為じゃない、認証システムに我々のデータを入れる為にね」
技術流出はビジネスチャンスを破壊する。
元々銃だってそうだ、技術が露呈したせいで諸外国の計算は一気に狂っただろう。
「だから僕がシェルターまで辿り着ければいいの。で、辿り着いたらあとは機械の自壊機能を使って転生が起こらないようにすればOK。これで世界はあるべき姿に戻る寸法だよ」
「……うーん……」
確かにそれなら異世界転生を止められる。
……全てが本当で、全てが上手くいけばだが。
ただ不透明な部分も多い。
本当にアルビレオはシェルターを開けられるのか?
辿り着くまでの作戦はあるのか?
自壊機能など本当に存在するのか?
……確かめたい気持ちはある。
でも確かめてどうなる?
それを確かめるすべはないし、アルビレオに聞いたとしても肯定するばかりだろう。
「分かりました……協力します。でも環境システムの件はそれだけだと解決しないですよね」
異世界との関係性がなくなっても環境システムはそのままだ、いずれ故障を起こして大災害が世界を破壊するだろう。
それは人々の望むハッピーエンドなんかではないはずだ。
「異世界側から提供された環境システムに不具合が起こった場合を想定してみてよ。早急に修理しないとこの世界は滅びてしまう。ただ異世界と現世を繋げるのにも手間がかかってね、その度に修理屋を迅速に派遣することなんてできない。じゃあどうする?」
「それは……こちらの世界に、整備できる人物を常駐させておくとか」
「ご名答、我々明星上層部は異世界からの特務派遣員兼整備屋だ。誰か一人でもこの世界にいれば問題ない」
「いや、でも……寿命を迎えるまでの短い間じゃ……」
と、そこまで口にして閉口した。
これ以上は言葉にする必要なんてない。
不老不死が実用化された異世界、そこからやって来た人間なら……自ずと答えは分かる。
異世界から来た人類は、押し並べて不老不死の施術を為されているのだ。
……元々それは、死なずして永遠の苦痛を与えるためのものだったのだろう。
あの地獄の中にアルビレオもいたというのならば、その結論に至るまでは容易だった。
「……それで、明星は俺に何をさせたいんですか」
水城が核心を問う。
……とはいえ内容は大体予測できていた。
彼みたいな新米工作員に重大な役割をやらせるわけもないのだから。
「具体的な指令はまだ無いね。適性を見ないと仕事の振り様もない。……だから今の君にできることはたった一つだ」
勿体ぶるように言葉を切って、アルビレオは告げる。
誰よりも軽い口調で、何よりも重い言葉を。
「どんな未来でも受け入れられるよう、覚悟をしておくことだよ」
国際的テロリストの迎える末路は、念願の達成か凄惨な死のどちらかしかない。
無論、水城が死ぬ未来もあるだろう。
楓が死ぬ未来も、クラスメートが死ぬ未来も。
……全てがハッピーエンドになる確証は、この世のどこにもありはしない。
「仲間たちの死に本気で抗いたいなら、努々忘れないことだね」
「……はい」
水城は首肯し――アルビレオは笑う。
本当にその覚悟ができているのか、疑うように。
「今日言えることはここまでだよ、何か指令があれば連絡するから待機しておいてね。……じゃあ、最後に改めて一つだけ挨拶をしようか」
作り物のような笑顔を浮かべて、アルビレオは右手を差し出す。
「明星にようこそ柊水城君、君の平穏は今日で終わりだよ」
その言葉の意味を水城が思い知るのは、翌日のことだった――。




