10章 玩ばれた生命
施設の奥へ向かえば向かうほど人の数は少なくなっていき……気づけば人造の人間も研究員もいなくなる。
代わりに関係者以外を跳ね除けるような厳重セキュリティの扉が幾つも面並ぶ。
三人は幾つもの扉のパスを解除しながら進んでいき……最奥へ辿り着いた。
皇紅葉という名前が掘られたその部屋は、質素な机が一つと、いくつかの椅子が置かれているだけの質素なものだった。
先程みたいな胸糞悪くなる光景が広がっているわけではないが、居心地の悪さだけは変わらなかった。
アルビレオは椅子を指さし、ハルに通話を繋げて何かを話しかけているようだった。
準備があるからそこに座って待っていろということなのだろう。
椅子に座った水城は、俯いて自分の膝を見ていた。
……その顔色は悪い、船酔いでもしたかのような様相だ。
「さーて早速だけど、柊君はこの人物に見覚えはないかな?」
アルビレオが取り出したのは何枚かの写真だった。
どの写真に写っているのもまだ成年に満ちていない子供ばかりで、今の水城と大体同じくらいの年齢だ。
揃いも揃って笑顔を浮かべ、何一つ懸念がなさそうな能天気さが感じられる。
見覚えがあるかと言われれば――あり過ぎる。
だってそこに写る人々は、今二人が通う高校にいた先輩たちなのだから。
彼らが在校していた頃は水城も大層世話になっていた。
今はもう皆転生してこの世にはいないが。
「……高坂先輩に、青山先輩、間庭先輩、東松山先輩……去年に転生した先輩たちですね。皆良い人たちでした、死んだのが惜しいくらいに……」
「知っているようで上々。さて、そんな彼らだけど、勿論自殺を図ったのだから異世界に飛ばされてしまったわけでねー。……じゃ、彼らが死後どうなったかを抜粋して見てみようか」
「死後どうなったかって……まさか……」
ハルがバングルのプロジェクターモードを起動し、壁に動画を流し始める。
……映し出されたのは先輩たちの姿。
その顔も雰囲気も、何もかもが現世にいた頃と同じ。
まるで死ぬ前に撮った映像のようにも思える程だった。
でも……そう思えなかった理由がある。
……こんな場所がこの世にあるなんて信じられなかったから。
……そこは養豚場のような場所、違う点があるとするなら過密飼いされているのは人間だということだ。
服すら着ていない人間が、人口に対してあまりに狭いスペース内で犇めいている。
そこで飼われている人間は部位を欠損していた。
両手首と両足首から先と、歯と舌、男性は性器もだ。
……事故で失ったわけではないことは、傷口の様子を見て一目で分かった。
人間が飼育されている傍で、作業服を着た人……いや、人じゃない。
七つの眼球を持ち、全身に赤黒いイボを浮かばせる四足歩行の生物が……刃毀れした斧のようなもので拘束された人間の両手両足を切り落とし、熱止血している。
それが終わると数人がその飼育場所から連れ出された。
彼らは達磨と化した人間を吊るし、頸動脈を切って放血している。
人間は遮二無二暴れるが叫び声を出さない。
……声帯なんてもの、きっと既に破壊されているのだろう。
そして……吊るされた人間は、皮を剥がれていく。
全身の皮を剥がされたら頭部を切断され、腹を裂かれて内臓を摘出されて……人間だった存在は、ただの吊るされた肉となる。
「これが食肉工場。君たちは異世界人にとって家畜と同じ扱いでしかない」
……映像が切り替わり、赤い土で覆われた畑のようなものが映し出された。
人間たちが素手で農作業をしている。
その中には見知った先輩が何人もいた。
爪の剥がれた血だらけの両手で作っているのは、看板からして現世にもよく輸出されている野菜の一種だ。
何の道具も使えず、土壌を耕し、畝を作り、種を植え付けている。
早送りで作業の様子が映し出され……五十時間分が経過しても、彼らが作業を止めることはなかった。
限界に達し、その場に倒れる者もいた。
彼らは機械によって回収され、……巨大なミキサーに投入される。
全身の骨が砕ける音、臓器が潰れる音、刃で切り刻まれる激痛の絶叫。
最終的に彼らは粉状になり、肥料として畑に撒かれていく。
そんな声を聞いて、倒れかけていた者たちは歯を食いしばる。
倒れたら次は自分の番だと震えながら、人肉と人骨の欠片が撒かれた地面を耕し続けるしかなかった。
でも……休憩や終わりなどない。
倒れるまで使い続け、倒れたら肥料になる。
彼らは逃れられない死の末路から、一秒でも長く生き延びようとすることしかできないのだ……。
「これが畑の光景。機械化するより、大量にいて使い潰せる人間を使った方が安価なんだ」
再び映像が切り替わり、食肉工場から社交場のようなものが映る。
社交場と言っても映るのは先ほど見た化物連中で、何の威厳も荘厳さも感じられない。
「最後に見せるのは会員制のクラブだ。人間への虐待を見て喝采するショーがよく開かれてる。ほらこっちの世界にもあるでしょ、動物をどれだけ惨たらしく虐待するかを披露し合う会合とか。それに準ずるものだと思ってもらっていい。ただ一点違うのは、異世界では不老不死の技術なんてとっくに一般流通されている。だから観賞用として輸入された皆は生きているよ。……どんな肉片になっても肉体が再生して、永遠に死ねなくて、永遠に苦しみ続けるんだ」
ある先輩は体中に釣り針のようなものを突き刺されていた。
その釣り針は糸でネズミと繋がっている。
……釣り針一つを肌に突き刺して引っ掛けるのにも激痛が走るのに、それが全身に何百個も。
気絶する度電気を流されて意識を覚醒させられている。
そして司会が手を打ち鳴らすと、釣り針と糸で繋がっているネズミが解き放たれた。
……目の前には積み上げられた残飯。
食事制限をされたであろうネズミは一目散にそこへ走り――周囲の皮膚を巻き込みながら、釣り針が一斉に引き抜かれる。
まるでそれは打ち上がる花火のようだった。
全身の皮膚を一気に剥がされ、眼球にも針は付いていたので眼球すら引っこ抜かれ、全身から血が噴き出し、観客たちは大いに喜んでいる。
隣では生きたまま人を白骨にさせる試みが行われていた。
頭部を開いて脳を生命維持装置に繋ぎ、不老不死による肉体再生が行われないよう制御してから、磔にされた人間の肉を工具で削いでいく。
どんな異世界的技術を使っているのか分からないが血はほとんど噴出さない。
指先から少しずつ肉を削いでいく、ものの数分で人としての腕はただの白骨に変わる。
……両手両足の肉を削いだら、今度は男性器を削り取る。
骨のない部分なのにわざとゆっくり、優しく、じっくりと……小刀で余った皮を削いで、亀頭と陰茎の間の括れた部分に刀を宛がい、円を描くようにして切り取り……筋に沿って中を抉じ開ける……。
途中一度、まるで首を絞められたような声を上げながら射精をしていた。
きっとそれが最後の吐精、だって男性器はもう解体しつくされているのだから。
そんな光景を、解体される男は見続けていた。
瞼を器具で無理矢理開かれ、天井一面に貼られた鏡で己の体が壊れていくのをずっと見ていた。
だから――きっと彼は不思議な気持ちだったに違いない。
生きたまま自分の顔面の半分が削ぎ落され、骨と化していくのを見ていたのだから。
右側の眼球も――口も鼻も――削り削られ、白骨化していく。
人が人でなくなる一部始終を、彼は眺め続けることしかできない。
そんな光景は全て……かつての先輩たちの末路。
あの時浮かべていた笑顔は、きっと二度と見られない。
「……まだまだあるよ。人間の活き造りで生きたまま腸を啜る場面とか、精巣を解体して管を子宮と繋げて繁殖を試みる工場とか。向こうの世界での繁殖は失敗してるらしいけどね」
水城は、……ただ、黙ってその画面を見ていた。
旧友の末路から目を逸らすこともなく、見開かれた目で狂った世界を見続けていた。
揺れる視界と劈くような耳鳴り、胃袋の脈動と共に襲う嘔吐感、末端の振戦、砂嵐のような雑音、爆発するような心臓の痛み、そして血走った眼球の血管が黒い線となって見えている。
それでも、彼は目を逸らさない。
……だってこれが転生の末路、クラスメートたちを待ち受ける未来の構図。
転生を止められなければ、仲間たちは地獄の艱苦を受け続ける。
……永遠に、終わることのない拷問が始まるだろう。
だから、冷静になる必要があった。
例えどんなに凄惨な光景を見たとしても、己が冷静にならなければ誰も助けられない。
……しかしきっと、本当に冷静でいることはできていなかったのだろう。
彼の隣で、楓が憤怒の表情を浮かべていることに気付かなかったのだから。
画面の向こうに映る化物共を睥睨し、今にも喰い殺さんばかりの形相で怒りを露わにしていることすら気取れなかったのだから。
「……ひと……っ」
言葉を発そうとして、思わず吐き掛けて言葉を止めた。
それでも胃液を臓器内に押し留め、口を抑えながらアルビレオに問う。
「一つ質問したいんですが……あの化物共は異世界の人間なんですか、異世界から来たって言う貴方とは随分見た目が違うみたいですけど……」
「アレこそが異世界人なんだよー。脳が発達し過ぎたせいで体が膨張して、脳のリソースが膨大だから眼球とかの感覚器も増加した生物さ。……僕は異世界にいたけど異世界人じゃない、異世界で生きていた人類なんだ」
「異世界でって……まさかアルビレオも、あんな扱いを……?」
「……あんまり思い出させないで欲しいかなー。君があの映像を二度と思い出したくないと思っているように、……僕も、異世界でのことは二度と思い出したくないんだから」
「……」
水城は、アルビレオが転生システムを破壊したい理由が理解できた気がした。
かつて彼を虐げし化物共、そしてそれに依存するしかない人類。
そんな狂った世界にピリオドを打ちたいと考えるのは、被害者にとって当然の感情なのだろう。
「若者が自殺したらね、魂が異世界に運ばれて、魂の情報を元に異世界の四Dプリンターで生前の体を再構築するんだ。それが転生の仕組み。ま、現世の人々は異世界転生とか言ってるけど、正式な呼び方は輸入だからねー」
何もかもが若者を騙す為の嘘。
死んだ先に幸せな未来などあるはずもない、そんなこと常識のはずなのに――その常識を覆し、自殺に踏み出させようとする大きな力があった。
死を乗り越えた先にあるのは、新たなる死だけだ。
それも……現世では味わうことのない極上の死、現世の悩みが軽いことに思えるような惨たらしい死、死が与えられない永遠の苦痛という本当の意味での『死』。
……今の映像を作りものだと思いたい気持ちが水城の中にあった。
でも見知った先輩の叫びも絶望の表情も、全てが作り物なんかではなく……彼らにとっての現実がそこにはあった。
「……俺の友人たちも……死んだ後、こんな地獄へ行くことになるんですか……?」
「なるよ。逃れようのない事実さ」
疑いようもない程、アルビレオは強く断言した。
水城の心臓が煩いくらいに鼓動を刻む。
脳裏に浮かぶのはつい数時間前まで共に居た友人たちの顔、そしてそこに異世界で苦しむ先輩達の姿が重なった。
異世界転生を止めなければならない。
……かつて誓ったその言葉は、ただの意志ではなくなっていた。
それは絶対の意志。
成し遂げる為にはどんな犠牲をも厭わないという決意の表れだ。




