十二品目
5月上旬、GW真っ只中のフードコートで勉強していた和影は、偶然にも新人・月見里春歌の「秘密」を目撃する。なんと彼女は一卵性双生児で、交互にバイトに出勤していたのだ。発覚した双子を連れ、和影は店へと向かう。
「最近は暑い日もありますね」という挨拶が、もはや「今日も暑いですね」に変わるほど、夏めいた日が増えてきた5月上旬。世間はゴールデンウィーク一色に染まっていた。
ショッピングモールの特設コーナーにはバーベキューセットが並び、その傍らでは売れ残った春物衣服がセール価格で投げ売りされている。
学校も連休に入り、昼前のフードコートの一角。二人用のテーブルを二つ繋げた席で、和影はSサイズのドリンク一杯で赤本、テキストを広げて二時間ほど粘っていた。
先ほどまでノートにペンを走らせていたが、今は進路希望調査のプリントを凝視したまま固まっている。進路の方向性は決まっているが、具体的に何をしたいかまでは定まっていない。
(考えてみたらこの三年間、学校とバイトの往復だったなぁ)
気が付けば三年生。否応なしに進路を決めなければならない時期だ。
(とりあえず、来月のテスト対策だ。また勉強を見てもらうか……)
テーブルに置いたスマホで時間を確認し、進路調査のプリントを畳んだ。
「すみません、テーブル動かしても構いませんか?」
不意に声をかけられた。
「ああ、構いませんよ」
和影はペンを止めることなく、顔も上げずに返事した。
隣で机を動かす音と、鞄が置かれる重い音がする。和影の鼻腔を微かな香水の匂いが刺激したが、構わずにノートへ意識を戻した。
「え? バレた?」
「昨日の店長の話、ヤバかったのよ。『今日はどちらが出勤していますか』って。あのガリヒョロ店長、意外に鋭くない?」
「完全にバレてない?」
「分からない。けど今日は桜花が出勤する日だけど、代わる?」
「その方がいいかもね……って、え?」
そこで会話が止まった。
声の主たちが顔を上げると、そこには狐につままれたような顔をした和影がいた。
「え? 月見里が二人?」
思わず声が漏れた。
瓜二つの春歌が、驚愕の表情を浮かべている。まるで鏡を置いたかのような二人の前で、和影は息を呑んだまま固まった。
「上総先輩……」
それは二人の春歌も同じだった。寝耳に水どころか、寝顔に冷水を浴びせられたような衝撃に、二人は言葉を失っていた。
「いや……え? お前たち……?」
和影が状況を飲み込めずにいると、二人の春歌は顔面蒼白になった。
「上総先輩!」
「上総先輩!」
二人が同時に叫んだため、騒がしいフードコートが一瞬、咳払い一つ聞こえないほど静まり返り、周囲の視線が三人に集中した。
「待て待て! とにかく落ち着け!」
和影は周りを気にしながら二人を宥めた。
「話を聞くから! まずは座れ」
和影はジェスチャーで促し、三人はテーブルを囲んで向き合った。
同じ顔の少女が二人。厳密に見れば、右側の春歌はサイドテールを右で結い、左側の春歌は左で結っている。それ以外は、まさに瓜二つだ。
「で、これはどういうことだ?」
和影が尋ねると、二人は一口ドリンクを飲んで落ち着きを取り戻し、顔を見合わせてから話し出した。
「私たち、一卵性双生児なんです」
左側の少女が答え、和影は「なるほど」と納得した。
「納得はしたけど、どっちがどっちなんだ?」
「えっと……」
困惑したように視線を泳がせながら、右側の少女が続けた。
「私が春歌です。いつも右側で髪を結っています。こっちの左結びが……」
「桜花です」
「二人で交互に出勤してたのか?」
和影が問い詰めると二人は黙り込み、和影はすべてを察した。
「黙っておいてくれませんか? 私たち、何でもしますから! お店には内緒にしてください!」
「何でも……ねぇ」
和影の頭に一瞬だけ、思春期の男子らしい良からぬ考えが浮かぶ。それが顔に出ていたのか、春歌と桜花は露骨に嫌な顔をした。
「けど……昨日の段階で、店長には核心を突かれたんだろ?」
「そうです」と、昨日出勤していた春歌が答える。
「なら、もう店長にはバレてるよ。あの人はああ見えて、人を見る目だけはあるんだ」
和影が告げると、二人は意外そうな表情を見せた。
「そうなんですか?」
「信じられない。あのガリヒョロ天然ボケが?」
「いつも副店長にカツアゲされてるのに」
「そしていつも一万円札渡して」
「常にヘラヘラ笑ってるだけなのに」
春歌と桜花の口から、悠馬への散々な評価が飛び出す。
「もういい、やめろ」
和影は手で制した。
「それ以上言ったら、店長が副店長の前でくしゃみをかましそうだ」
「そんなぁ」
春歌たちが笑う。和影は時計を確認し、鞄に荷物を詰め込んだ。
「今日はこれからバイトだろ? どうするんだ?」
二人はプツンと黙り込んだ。和影は肩をすくめる。
「今日は一緒に出勤しよう。店長が察しているなら、早いほうがいい」
「やっぱり、言わなきゃダメですか?」
「俺は一年からあの店にいるけど、あの店長に隠し事が通じた試しがない。後でバレると大変なことになる。自首を勧めるよ」
「そうには見えないけどなぁ」
桜花が疑わしげに呟く。
「この世で一番恐ろしいのは、店長のようなつかみどころのない人間なんだよ。とにかく、行くぞ」
和影が立ち上がると、不安を抱えながらも二人はそれに従った。
三人が出勤した「はいから亭」の休憩室は、奇妙な空気に包まれていた。
そこには、白いタンクトップ姿で、見事な肢体を惜しみなく披露している般若面の絵恋がいた。居合わせたパート従業員たちは、顔を真っ赤にして笑いを堪えるのに必死で、中には変顔のようになっている者もいる。
「おぅ……なんだ? 月見里が二人?」
絵恋の鋭い視線が二人を射抜く。春歌と桜花は悲鳴を飲み込み、和影の背後に隠れた。
「何かあったんですか?」
板挟み状態の和影が尋ねると、中年のパートがついに噴き出した。
「さっきね、店長がコーヒー飲みながら盛大にくしゃみしたのよ! しかも、口に含んでたコーヒーを副店長の顔面にぶちまけちゃって!」
笑い転げるパート、怒り狂う般若面の絵恋、和影は苦笑するしかなかった。
「で、店長は?」
「事務室で顔を冷やしてるわよ。見ものだったわー、見事な張り手が命中したんだから!」
その時、ドラッグストアの袋を振り回しながら渚が入ってきた。
「絵恋さーん!メェルにあったヤツ買ってきたよん!マジこれ、形よすぎじゃね?その胸の谷間に……って、え?月見里さんが二人いんだけど!?ヤバくない!?」
続いて入ってきた翠も、目を丸くして固まった。
「あー、ややこしいので、まずは店長に話します」
和影は二人を連れて事務室に入った。
「失礼します」
そこには、左頬に鮮やかな「紅葉(手形)」をつけた悠馬が座っていた。
「……ちょっと、ありましてね」
悠馬は苦笑いしながら、和影の後ろの二人を見て薄く笑った。
「やはり……そうでしたか」
しばらく宙を眺めていたが、やがて彼は口を開いた。
「上総君、佐伯さんを呼んできてください。私と彼女で話をします」
和影が事務室を出ていき、しばらくするときっちり化粧を直した絵恋が事務室に現れた。
しかし姿はタンクトップのまま。袴姿にタンクトップという異様な格好だが、その引き締まった肉体美に、悠馬は目のやりどころに困り、春歌と桜花はその威圧感に萎縮した。
「どんな格好をしようが私の勝手だ。大体、誰かさんがコーヒーをぶちまけたせいだろうが」
「ごめんなさい……」
「片方だけじゃバランスが悪いな。もう片方にも紅葉をつけるか?」
絵恋の怒りのオーラは収まらない。その鋭い目が双子に向いた。
「お前の睨んだ通りだな。代わりばんこに出勤してたのか?」
二人は黙って頷いた。
「バイトして稼ぎたい。でも進学校だから成績を落とせない。なら二人で交代すればバレない……といったところですか?」
悠馬の問いに、二人は再び頷く。
「交代で出勤して、精勤手当を山分け、ですか」
「社内規則に『双子が交代で出てはいけない』、なんて条文はなかったと思うが?」
絵恋が横から口を出す。
「ですが、『なりすまし就業』を禁止する条文はあります。被雇用者本人が働くのが原則ですからね」
「だが、見抜けなかったお前や私にも責任はあるぞ」
二人のやり取りを横に、春歌たちの頭には「クビ」の文字がよぎる。
「それも一理あります。今回は、GWの人手不足もありますので……ヘルプとして桜花さんを正式に雇用します」
二人は顔を上げた。
「急遽ヘルプで雇い、そのまま継続雇用。書類は事後承諾という形で学校側に説明すれば問題ないでしょう。……佐伯さん、学校への説明をお願いできますか?」
「私にやらせる気か? 店長は誰だ」
悠馬は苦笑し、「もちろん私が説明します」と引き取った。
「ということで、今日から二人でお願いできますか?制服は改めて貸与します」
悠馬が微笑むと、二人は目を輝かせた。
「はい! 頑張ります!」
「よろしくお願いします!」
二人が着替えに事務室を出ていくと、悠馬と絵恋が残された。
「まあ、今から新人を募集して教育する手間を考えれば……」
「私は何も言っていない。大体、こいつの面接をしたのは私だからな」
「そ、そうでしたね」
悠馬は苦笑いして、絵恋の前に立つと、まっすぐに見つめた。
「な、何だよ」
「絵恋さん、やっぱり綺麗ですよ」
その日一番の破裂音が轟き、悠馬の両頬には見事な紅葉が揃うこととなった。




