十品目
ゴールデンウィーク前の高揚感漂う放課後。和影は学校で「二人の春歌」を目撃し、困惑の渦に呑まれる。一方、バイト先のファミレス「はいから亭」でも、新人の春歌を巡る違和感が静かに広がり始めていた。
「最近は昼間が暖かくなりましたね」とでも言われそうなゴールデンウィーク前、とある高校の昼休み。
屋上に続く外階段の踊り場で、和影はクラスメートと弁当を食べていた。見上げれば雲一つない青い空。陽射しは少しばかり暑くなったものの、日陰は涼しく、時折吹き抜ける風が心地よく感じられた。
「椎茸が入ってる……」
和影は弁当箱をじっと見つめ、硬直した。その呟きをクラスメートは聞き逃さなかった。
「入ってねぇじゃん」
和影の弁当箱を覗き込んで言う。
「入れてないけど、煮物に椎茸が使われている匂いがするんだよ」
「鋭い嗅覚だな」
クラスメートは感心する。
「食うか?」
「食わねぇならもらう」
和影が箸で器用に煮物をクラスメートの弁当箱に入れる。
「代わりにフライ食うか?」
クラスメートがフライを箸で指した。
「白身魚のフライか? お前好きだろ」
「好きだけどさあ、昼に三つはちょっと重いんだよ」
「じゃあもらうわ」
クラスメートのフライが和影の弁当箱に納まった。
「お前、バイトどうする気?」
唐突に同級生が問いかけた。
「これから少しずつシフトを減らそうかと思っているよ。予備校の予定も見ながらね」
「そうなんだ」
聞いた割にはそっけない返事のクラスメート。
その時、外階段を駆け上がる音が二人の耳に入った。
「誰だ?」
登ってきたのは長い髪をサイドテールで右側にまとめた女子生徒だった。息を切らせながら、和影を見て笑顔になる。
「あ、上総先輩! こんにちわ!」
「ああ」
右側に結ったサイドテール、クリッとした目、小顔の生徒は春歌だった。和影はそっけなく返事をする。
「急いでいますので失礼します!」
春歌はそのまま階段を駆け上がっていく。
「今の誰?」とクラスメート。
「バイト先の後輩」と和影。
その時、再び外階段を下の方から駆け上がってくる足音が聞こえてきた。
「今度は誰だ?」
和影が下の方を向いた時――
「あ、上総先輩! ここでお昼食べているんですね!」
「別にどこで食おうが俺の勝手だ」
長髪をサイドテールで左に束ねた女子生徒が上がってきた。サイドテール、クリッとした目、小顔の生徒は、またしても春歌だった。和影はそっけなく答える。
「それ、副店長がいつも店長に言うセリフじゃないですか」
春歌は笑いながら、二段飛ばしで太腿だけではなく下着まで見せそうな勢いで階段を駆け上がっていった。
「どした?」
唖然として春歌の後ろ姿を見送るクラスメートに、和影が声をかける。
「見えたのか?」
「もう少しだった……じゃなくて!」
クラスメートはハッとしたように和影の肩を叩いた。
「今さっき、後輩の子が上がってきただろ? 今上がったのは誰なんだよ?」
和影も狐につままれたような顔になった。
「誰って……」
夕方の「はいから亭」。
充が裏口から大きなゴミ袋を持って出てきた。陽が傾き始めると、心なしか少しばかり涼しく感じられ、吹く風が冷たかった。湖畔の道路は帰宅する自家用車が車列を作っている。
裏口のすぐ横のゴミ庫にゴミ袋を放り込んで、少し背伸びをしてから、ポケットから時計を出して時間を確認する。
「そろそろ来るな……」
それとなしに独り言を呟いていると、渋滞から抜けるように貨物トラックが駐車場に滑り込んできた。運転手が窓から手を出して軽く挨拶する。
「副店長! 定期便が来ました!」
充は裏口の扉を開けて叫んだ。
「あぁ?」
扉を入ってすぐの、消耗品が収められている棚で在庫チェックをしていたのは、金髪、褐色肌の絵恋だった。ギャルの格好で振袖袴のウェイトレス制服という出で立ちはいつ見てもミスマッチだが、さらに完全に不意を突かれたかのように眉間に皺を寄せ、不機嫌な声をあげる。
「怒鳴らなくても聞こえてるよ。殴られたいか?」
「あ……いつの間に?」
充は蛇に睨まれたカエルのように固まった。
「男ども全員で搬入させな」
棚にバインダーを戻しながら、固まっている充に指示を出す。
その間にもドライバーは保温台車を下ろし始めていた。
「あ、手伝います!」
休憩室から飛び出した春歌が搬入作業に加わろうとしたが、
「待て!」
絵恋の手が春歌の襟を掴んだ。
「搬入作業は男の仕事だ。ウェイトレスは制服が台車に巻き込まれる危険があるからするな」
「そうなんですか?」
「昨日も言ったはずだぞ」
「すいません!」
「時間になったらホールに行ってくれ。それまでは休憩室で休んでろ」
返事をして休憩室に入る春歌の背中を見ながら、絵恋は首を傾げる。
(別人みたいだな……)
絵恋の抱いた疑問は、他のバイトたちが抱いている疑念を少し理解できたような気がした。
一定の温度に保たれている保冷コンテナの中には、セントラルキッチンで製造された食材が詰まっている。林太郎が検品しながら店の冷蔵庫に詰め込んでいく。
「林太郎! ごめん! サラダバー用のレタスサラダ出しといて!」
ナポリタンを作りながら悠太が声をかけると、林太郎は検品の手を一旦止めて、サラダのパックを作業台の上に置いた。
「六卓さんのナポリタン上がったよ!」
悠太が熱々のナポリタンをトレイの上に置く。
「持っていきます!」
和影が声をかけて、伝票を確認する。素早くタバスコとパルメザンチーズ、サラダバー用の皿をトレイに追加で載せてホールへ戻っていく。
充が熱々のステーキ皿に焼き上がったステーキを乗せ、トレイに置いた。
「二卓さんのサーロインステーキセット上がったよ」
「持っていきます!」
食器を下げてきた春歌がトレイを持ち上げようとする。
「ちょっと待った」
ホールから戻ってきた和影が慌てて止める。
「伝票よく確認して。ご飯セットだから、ご飯と味噌汁とお新香をつけてね」
「すいません」
春歌は素直に返事をして、自動ライスサーバーにお茶碗をセットする。
「大盛りっと……」
伝票を確認して大盛りボタンを押す。自動ライスサーバーが稼働したのを見て、お椀を味噌汁のサーバーにセットし、味噌汁を入れる。冷蔵庫から出したお新香を添えて、トレイにお茶碗とお椀を置いた。
「落ち着いてね」
「はい! 運びます!」
仕事に慣れたとはいえ、まだまだたどたどしい仕草で春歌がホールに出ていく。和影の視線がその後ろ姿を追う。
「上総君、一卓さんのハンバーグ、上がったよ」
そんな和影に充が声を掛ける。和影が伝票を確認して、皿にライスを盛り、スープを用意する。
「月見里さんのこと見てたね。心配なの?」と充が言い出す。
「なんでもないです」
そっけなく返事をして、和影はホールに出て行った。
「何? なんだろ」
充は気にしないように作業に戻る。
その光景を悠馬が静かに見ていた。




