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第二章:任務開始


潜入・暗殺任務ということで、いつも持ち歩く武器のフルコースではない。いざ無くなれば素手喧嘩ステゴロでの応戦となるが、その場合は前にいる彼女を遠慮なく頼らせてもらう。

 準備する物など何も無い。使うのは、今壁に立て掛けてある武器の槍と己の体術のみ。それだけで下手な十数人の兵士を軽々と伸してしまう、ある意味規格外の逸材。それが彼女だ。

「親父さん、今日も料理美味しかったよ。また明日仕事が入っていなかったらこっちに寄らせてもらうよ」

 肉の焼き加減や料理の下ごしらえ、未だに増え続けるオーダーの対応にてんてこ舞いな厨房の親父はこちらを見るなり、

「おう!!おめぇら若い癖に飲みっぷりも食いっぷりも気持ちいいからよ、また明日来てくれよな!!」

 豪快に笑いながら俺たちを見送る厨房の親父たちは、手元の速さは変わることなく流れるように作業が並行して行われていた。

「ありがとうございました~!!」

 任務に失敗しても、成功しても俺たちからこちらに赴くことはもう無いのだと、そう思いながら。

 扉を開いて外に出ると、酒場とは異なる高揚感が夜の帝国を彩るように包み込み、黄昏時の柔らかな夕日ではなく、凛として清楚な星空が人々の足元を優しく照らしていた。

 ガヤガヤと雑踏が絶えず響く市街地は、熱気が途切れずにそのまま大きな流れとなって支配しているように感じた。

 楽しげな流れに逆らうように、雑踏を見向きもせず一直線に俺たちは目的地にと向かっていく。住民たちが住む市街地の裏側、入り組んだ裏路地。酒に酔った荒くれ者や家無し、娼館、野良犬などと表世界では生きていけなくなった存在たち。そんな裏世界を何の迷いも無く突き進んでいく。入り組んだ路地を幾度となく進んだ結果、薄暗闇の中で幽かに浮かぶ人魂のような燭台が目についた。こここそが、俺たちの今回の目的地。擬装した行商隊の本部であった。

 お互いに無言。不意に彼女が歌うように問い掛けてきた。

「あの大戦乱に続く襲撃事件が帝国、古都、杜都もりと、他様々な場所で起こってから五年が経ち、私たちは今こうやって力を持ち、振るうことが出来ているわ」

「復讐の刃を研ぎ続け、まだ鋭さが足りない、もっともっと鋭くしようと思い続けてまだ五年なのか、それとももう五年なのか」

 裏路地に入ってから数分歩いただけであるのに、前も後ろも薄暗闇で、建物に飾られた燭台の怪しげな光と、月明りと星々の微かな光だけであった。

「あなたと私の立場は違うけど、確かに五年前に起こった再襲撃で運良く生き残って、今こうして生かされている。だけど、世界は昔から変わっていない……」

 そう言いつつ、武器袋に仕舞っていた槍がゆらりとした軌跡を描き、穂先が扉に対して真っ直ぐに向けられていた。

 暗闇でも黒光りするダマスカス鋼性の捻じれた穂先に、石突きにも同様の鋼を使った完全な個人注文オーダーメイドの槍。長さはおおよそ百五十センチ程と、槍にしては短めの部類であろう。

「私たちはボーダーをこの上なく憎んでいる。その為に、そしてこれからも生きていく!!全ては滅ぼすために……!!」

 答えず、一息吐く。夜の涼しげな空気が肺に入り、オフからオンにとスイッチが切り替わるのを客観的に感じていく。カチリと、頭の中で歯車が動き出した気がした。

「俺たちの行動理念は何も変わらない。ただ、それを実行するだけだ」

 左側に付けているベルトポーチから暗色の短剣を二本、ピッキング用の針金を取り出して軽快に、且つ音が出ないように慎重に開けていく。その間、クリミナが全力で警戒をして敵を近付かせないようにするのはいつもの連携である。

 程無くしてカチリという小気味のいい音、鉄製で出来た頑丈な扉を引いて、単独行動にと移る。

「油断はしない、するつもりも無いが、状況確認後、クリミナも建物に入り、待ち伏せ、油断したところをカウンターで全員処理だ。いいな?」

 返事は無言の首肯のみ。古都から帝国に馬車で寄り道せずに向かった場合、約四日間の時間、あちらが動くよりも先に動いて万全の状態での待ち伏せ。帝国側が何も感知せず、それ以上の人を動かしていないならば僥倖。

 裏方で俺たちが気付かない間に、組織や人を動かしているのが当然であると頭の中に叩き込んで行動する。

 大丈夫……いつも通りだ。

 不気味に静まり返った建物の内観は、外から見える上の部屋以外灯りを付けていないからか、窓から差し込む月明りがボンヤリと足元を照らし、静けさも相まってどこか冷めた印象であった。入ってすぐ右に位置する部屋は簡易的なキッチン、正面には上に向かう階段と、鍵穴が付いている部屋のみと、簡素な造りであった。

 油断なく、前後左右、上下にも気を配りながらキッチンにと足を踏み入れる。中を大雑把に確認すると夕方に食べたと思わしき食事の跡がそのまま残っている。綺麗に整頓されたガラス張りの食器棚、ナイフやフォーク入れ、備蓄されている干し肉や野菜の貯蔵庫がある。共通して言えることは、どれも見やすく、取りやすいように整頓されているという点であった。

「……ここの長は正確な仕事をするな。だとすると隣の部屋は恐らく擬装で使われていた行商用の物品、それもよく売れる薬やアクセサリの類だろうな」

 帝国に雇われたフリーの奴らだと聞かされていたが、入ってきた瞬間すぐにでも襲ってくるくらいの歓迎はあるのではないかと思っていたが、非常にシンプルであった。尻尾も出さずに、現に俺たち含めた戦闘部隊も動かされて帝国本土にいる始末だ。改めて、気を引き締めなければ。

 それは階段に足を掛けて、上り切ってからも何も変わらず、無事に灯りが漏れている部屋の前に辿り着く。だが、どこか拭えない違和感があるのも事実。一言で言えば拍子抜け、それがしっくり来る、というのが正直な感想だ。

 奴らから侵入することはあっても、逆に侵入されることは無いと油断しているのか?それとも何か別の手段があるから大丈夫だと高を括っているのか?いや、それであるとしても何も無さすぎるのがより一層不安と不信感を募らせるのだ。

 果たしてこいつらは本当に帝国に雇われ、今この状況になっているのかどうかという根本的な問題。

「いや、考えていても仕方ないな」

 見渡しても何も動きは無く、ただ停滞と無音だけが支配していた。

「……出る!!」


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