第一章:世界情勢
遠い遠い昔、人類史において千年程前、この世界は神々に見守られていた世界であった。その信仰は天上に居る神々に届き、天翼馬や狼男、人魚や風精霊といった高位存在に、天使といった人間を守護する存在たちに見守られて生活していた。
加護や祝福を受けた者は降媒と呼ばれる高位存在たちの能力を借りて、使役し、異形の化け物であるボーダー相手に絶大な力を振るうことが出来た。空を飛ぶための翼、燃やし尽くす為の炎、動きを減衰させる氷に、俊敏性が増す、単純な力の増幅なども加護として我々人間たちは守られていたとされている。
そんな降媒を使える人間、天上から遣わされし選ばれた人間という尊敬の念を込めて、使徒と呼ばれた。彼らは大戦乱時代、人類全体を先導したとされる英傑であった。
だが、そんな人類を守るために戦い抜いた英傑たちは、人間という括りで見た場合彼らは、等しく異端であった。尊敬の念も、感謝も次第に忘れていき、言葉の刃は次第に力を振るう暴力として街の一部に広がり、市街地全体に、国に、そして世界中に止めることの出来ない波となって広がっていく。
結果、彼らは使徒という高貴で尊厳ある名前ではなく、異端者。堕ちた者、という蔑称を含み、堕落者と読み方はそのままで呼ばれ続けることとなった。
次第に堕落者は異端者として狩られ、迫害され続けた結果、彼らは殆ど見ることが無くなってしまった。
堕落者たちが守り、人類の先導を行った結果、三十年という長きに渡る大戦乱を、先祖たちが耐え抜き、勝利したというのが今語り継がれている史実であり、物語とされている。
「だ、そうだが本当はどうなんだろうな?」
「……」
「……」
周囲の状況はこれから夜に移り変わる時間。黄昏時と言えばいいだろうか。今いる場所は、最も栄え、他国に対して最も権力が振りかざせる国、帝国オヴェールの街外れに位置する大衆酒場である。一日の終わりだからか、普段は街一帯が鉄を打つ甲高い音、鎧を着込んだ王国軍の衛兵たちが街を闊歩し、国内の平和を守っているのが、日中の日常である。
今はそんな日中の任務や仕事が終わった衛兵たちが、我先にと店に飛び込む、これから子供たちにご飯を食べさせる主婦といった買い物をするために飛び込む、店員、市街地を賑やかにする出し物を出している遊び人たちと、市場は祭りでもないのに人が溢れんばかりの状況になっていた。
酒場では昼間から酒を飲み、気分良く歌うおっさんに、愛想の良い笑顔を振りまく若いウェイトレス、奥では戦場と化したキッチンで、汗を垂らしながら料理人たちがそれぞれ活気の良い雰囲気を作りながら、夜の時間にと向かっていく。
「おい、何か話したらどうだ?いつもは任務中俺に何か話せ話せって言っているだろ」
そんな中、酒場の隅の方に座って酒や食べ物を飲み食いする一組の男女の姿があった。
一人は金髪で、肩まで掛かるくらいのやや無造作に切り揃えたショートカット。目鼻が整った少し幼げな顔立ちである、酒場の雰囲気には些か似合わない女性であった。
「おい、クリミナ……」
「ヴァイスは変な所でよく喋るわよね。本当、雰囲気を読んで欲しいわ」
軽く身動ぎするたびにそれこそが象徴、とでも言うように柔らかな双丘が旅装束と簡素な鎧からはみ出るように主張し、その度に男は釘付けになり、女は溜息と悪態を漏らす。要するに良くも悪くも目立ちすぎる容姿なのだ。
そんな彼女はクリミナ・フリミオール。共に組織に入り、仕事をしている同僚である。
むっすりと、機嫌が悪そうに肘を付きながら、変わらずに出入り口の監視を続けているが、出入りするのは誰もがこの酒場に来た客であるというのが容易に見て取れた。
「話をするべき場面、しない場面の違いだ。今は黙って周りの雰囲気に合わせ、違和感なく話すのが先決だ。分かっていることだろ?」
答える男性の特徴として、まず目に付くのは黒髪であった。大雑把に刈り上げた短髪、切れ長な黒い瞳、大人びた顔立ちに、無駄な肉が無い、引き締まった体であった。
ヴァイス・フォンブラウム。それが俺の名前だ。
「黙ってた方がいいのか、それともお話しするの、どっちがいいんですかね?」
「上げ足ばかり取るんじゃない」
溜息を吐きつつ、皿に盛られたチキンと野菜のソテーを口に運び、木製のゴブレットに注がれたワインを飲む彼女は、生真面目な表情から一転、笑みが零れ、緩み切った表情にと変わっていく。
酒を飲み、心赴くままに食べ、楽しそうにやっている彼女と俺、果たして緩んでいるのはどちらなのかと思わずにはいられないが、今回のような潜入・暗殺任務には彼女ほどの適任はいないので目は瞑り、こちらも麦の蒸留酒を口に運んでいく。
しばし食事を楽しみ、話していた時よりも人数が多くなり、徐々に熱気が高まっていく中、互いに緩めていた表情と雰囲気が一転。口調だけが柔らかなその場は、どこか異質な雰囲気にと変わっていった。
「ところで、昼間古都に戻って聞いてきてくれたネイヴさんの報告によれば、やっぱり私たちの国に侵入し、色々な情報を帝国に売るつもりだったらしいわ」
「ああ、そのことか」
「何よ、気の無い返事をして。既に分かり切っていた、みたいな冷めた反応じゃない」
食べ物をつまみ、気を抜く程度に改めて今回の任務の確認、及び何故敵国である帝国に潜入しているのかを説明する。
「ジルヴァ師匠や王が言っていることだが、人って思っている以上に第一印象が大事なのはもちろん分かっているよな?」
「当然じゃない。だから組織に入ってから今まで、そしてこれからも復讐の刃を研ぎ続ける私たちは、他人からの印象は最悪だもんね」
「ハハ、全くだな。そんな些細なことは今はどうでもいい。話を戻すぞ」
懐から一枚の羊皮紙を取り出し、それを渡す。今回のターゲットの人相、特徴などが描かれている羊皮紙である。
「二週間程前、古都にやってきたフリーの行商隊。入国審査の時、偶然その場に居合わせた俺と師匠が終始観察していたが、言葉遣いや行動、基本的な部分は確かに商人のような立ち居振る舞いであった。だが、どこが不自然だったと思う?」
しばらく羊皮紙を食い入るように見ていたが、分からなかったのか、肩を竦めるジェスチャー付きで羊皮紙が返ってくる。
「……笑顔が気持ち悪かったんだ」
「あなたも少しばかり笑顔を練習した方がいいんじゃない?あ、すいません。ワインとカリカリベーコンのサラダの追加をお願いします」
それはお前にとっても皮肉になるだろうという言葉を飲み込みつつ、次の言葉を紡ぐ。
「笑顔というのは確かに人に付け入るには良い手段だ。だが、細かく彼らの言動を見ていくと城の前から拠点を動こうとしない、市街地で食物や雑貨など売っていると思えば、裏路地では俺たち組織の要注意リストに入っているアウトローたちとお喋りだ」
どこか納得がいかなかったのか、首を傾げてこちらを見やる。
「リスト入りしている奴らと喋っていようが、それはあまり関係が無いんじゃないの?グレーな行商隊ならばそういう人たちは何度も見てきたし」
「お待たせしました、追加のワインとカリカリベーコンのサラダです」
「ああ、それは私です。ありがとう、頂くわ」
話は追加オーダーの給仕に遮られるが、当の本人は気にもせずまたいつも通りに戻っていく。
「……いい性格してるよ、本当。続けてもいいか?」
「ええ、いいわよ。で、何でダメなの?」
零れていた微笑みは真顔にと変わり、鋭い視線は『続きを早く話せ』と、如実に訴えかけていた。
周りは変わらずに談笑をし続ける中、そこだけ鋭い刃物があり、背中から突きつけられているような緊張感。
「後は俺たち組織お得意の潜入捜査だ。顔馴染みの行商隊、キャラバン、フリーランスの奴らから名前、売っていた商品、性格や活動記録……ありとあらゆる調べられる部分は全て裏を取って割り出した結果、彼らは黒だった。ただそれだけのことだ」
目の前にあった料理は気付けば無くなっており、残りはゴブレットに注がれた蒸留酒とワインのみであった。それらを流し込むように飲み干し、受け取った羊皮紙を無造作に丸めてポケットに放り込む。
「さて、そろそろ行こうか。彼らも寄り道をしなかった今日辺りに着くと前々から情報があったことだ。早く終わらせて国外エリアで待ち惚けているレーベンとネイヴと合流して帰るとしよう」
そう言って、腰にぶら下げたベルトポーチの中身を見えないように手触りで確認をして、任務の為に立ち上がるのであった。
設定
堕落者(使徒)【アポストル】:昔この世界に存在していた高位存在たちの力をその身に宿し、戦える者の総称。現在は堕落者という意味合いである。
天上から遣われし神の使い魔、使徒という意味合いであり、世界中に蔓延るボーダーたちを駆逐することが出来る唯一の存在であった。
しかし、人類を守り通した彼らは人間という括りで見れば等しく異端であった。
人間によって狩られた彼らは、次第に数が減っていった。
特徴的なのは彼らの体に刻み込まれた呪印とも言える刻まれた紋章であった。
降媒【カタルシス】:昔この世界に存在していた高位存在(狼男“ウェアウルフ”風精霊“シルフ”人魚“マーメイド”)たちの力をその身に宿すことが出来る能力。今では先述の堕落者たちの存在が人間たちによって狩られてしまった為、この能力を使える人たちは殆ど残っていない。
ボーダー:世界中に蔓延る濃紫の異形の化け物。その昔人間たちをゴミのように屠って来た侵略者であり、その総称。
昔は堕落者たちの活躍によって、その堅すぎる外皮や内面すらも、ボーダーの弱点とも言える核晶ごと打ち破ることが出来ていたが、現在は技術の進歩によってダマスカス鋼によって鍛えられた武器でなら戦うことが出来る。
だが、結局のところボーダーとは化け物であり、訓練も何も積んでいない只人は無残にも殺されるだけなのだ。




