3 恋愛考
今日は何をしても眠い。
花の手入れをしようと温室に来たが、籐椅子に腰を下ろした途端にもう寝てしまった。
誰かが自分を呼んでいる。ルーデシアは返事をしようと目を見開くと、そこには長身の若者が自分を見下ろしていた。
若者は驚いたように後ずさる。
「あ、あの」
どなたと言いかけて思い出した。
「エラム・・・様?」
「ルー」
そう呼び合うことで、お互いが間違いなく昨夜娼館で出会った二人だとわかった。
『身元が知られてしまった』
ルーデシアの顔色が悪くなるのをエラムはすぐに察した。
「ご無礼をお許しください。自分は庭師のエラム・フォングレイと申します。人がいるとは思わずに入り込んでしまいました」
丁寧に挨拶するエラムにルーデシアは気づかれていないのでは? と一瞬期待したが、さっき彼は自分をルーと呼んだのだからそれはないと思いなおす。
「ルーデシア・ジャンクロフと申します。この屋敷の娘です」
ルー、デシア・・・。
昨夜、名前を言いかけた時、彼女は本当の名前を言おうとしていたようだった。不用心だなと思いつつも、エラムは嬉しかった。
「それで、あの、フォングレイ様」
「エラムとお呼びください」
「エラム様」
「様もいりません」
いっそ旦那さまと呼んでほしかったが、さすがにそれは、もう二度と叶わない夢なのだろう。
「エラム、昨夜のことですが」
エラムは人差し指を口元に当てる。
「誰が聞いているかわかりませんよ」
穏やかな笑みを浮かべるエラムに、これが昨日「おっぱい」を連呼した人物だろうかと疑いたくなる。
だが、柔らかな日差しの中、黒髪と瑠璃色の瞳が気品を漂わせていた。父親が貴族だというのも納得できる。
エラムは首をかしげてルーデシアを見た。
「昨日何かあったのですか? ゆっくりと聞きたい所ですが、まだ今日の仕事が残っているものですから。明日でもよろしいでしょうか」
ルーデシアがこくんと頷くのを確認すると「ではこれで」と言ってエラムは温室を出た。
振り返りたいのを必死で我慢しながら、エラムは我ながら紳士だと感心せずにはいられない。
『俺だって、やればできる子なんだ』
そして明日の約束を取り付けたことに有頂天になった。
◇-◇-◇
いつもの居酒屋に行くと、幼馴染のヨハンが手を挙げて招く。二人は仕事帰りにここで夕飯を食べるのが日課だった。
「よう、エラム。今日は稼げたか?」
それがヨハンの口癖だ。
「まあな」
エラムも短い定型文で返す。
だがそこは幼馴染のヨハンだ。すぐさまエラムの身に何かあったのを察知する。
「どうした? 彼女でもできたか? 」
「ヨハン、お前、運命って信じるか?」
想定外のエラムの告白に、ヨハンは返す言葉が見つからず、思わず「運命、ですか?」と敬語になってしまった。
「一度目は偶然、それっきりもう二度と会う事もない、住む世界も違うと諦めてたのに、次の日に再会するなんて、これはもう運命だよな。俺達結ばれるって信じてもいいかな?」
ヨハンは頭をかきながら考えをまとめる。
「なあエラム。俺達って同じ保護施設で育ったよな」
「ああ、町はずれの『羊の家』だよな」
「で、俺が先に施設から町の中央に出てきて働いた」
「ああ、いい棟梁に拾われたんだよな」
「そのあとエラムが施設を出てこの居酒屋で再会した。これって運命だよな。俺達結ばれるって信じてもいいんだよな?」
「気持ち悪い事言ってんなよ」
「その言葉そっくりお前に返すわ! こんな小さい町なんだから、どいつもこいつもそこらじゅうで運命の再会しとるわ」
「俺と彼女は違う。本当にあり得ない場所で出会ってるんだ」
エラムは食い下がるようにヨハンに言う。ヨハンも少し突き放した言い方だったと反省してエラムに向き直った。
「じゃあ、その人とはどこで出会ったんだ?」
「娼館」
「・・・」
『なんてことだ。俺の親友は娼婦との出会いにまで運命感じるヤバい奴だったのか』
やはり言葉が出ない。だがふと思い出す。
「お前、商売女は抱けないんじゃなかったのか」
エラムは女を買ったことが無い。一度ヨハンに連れられて行ったことがあるが、どうしても彼女たちに母親の姿を見てしまい、その気になれなかった。
「彼女はそんなんじゃない。きっと何かわけがあったんだ」
「へえー、わけありねえ。商売女の常套句だよな」
ヨハンはエールのお替りを頼んだ。
「まあ、でも、アザミラ以来、女っ気が無かったから良かったよ。彼女にフラれたときのお前、俺もかける言葉が無かったからな」
重いのよ――
そう言って交際3日目で彼女は去っていった。
「お前の恋愛観はいちいち面倒くせえからな。デート一回目で結婚後の人生設計語ってんじゃねえよ」
「交際ってその先に結婚があって当然だろ」
「いや、交際というのは後先考えずに楽しむんだ」
「お前が無責任すぎるんだよ」
ヨハンは親友でも、恋愛に関する考えだけはソリが合わない。
「いいか、所詮、お前とは住む世界が違うんだ。のめりこむなよ」
ヨハンの言う通り、確かに住む世界が違う。ただしルーデシアの場合は娼婦ではなくて伯爵令嬢だったが。
「で、それで?」
ヨハンがゲスい顔でニヤつく。
「どうだったよ。お前が落ちるくらいなんだから、よっぽど良かったんだろ? 何なら俺もそっちの兄弟ってのになろうかな」
ああ、その事か、とエラムは冷めた目でヨハンを見る。
「そんなんじゃない」
「え?」
ルーデシアが昏倒する前に言った言葉が脳裏に蘇る。
どうぞ、お好きに――
「彼女、寝こけちまって・・・」
ヨハンが固まる。
「お前、まさか」
エラムの顔を覗きこんだ。
「まさか、娼館まで行って、手を出さなかったのか? 高かったんじゃねえのか?」
『ああ、高かったさ。夢のマイホームが消し飛ぶほどに・・・』
さすがにそこまでは言わないが、それでも十分ヨハンは信じられないものを見るようにエラムを見る。
「お前は聖女さまかよ」
「いや、それが」
エラムは言ってからもじもじとした。
「おかずにはした」
「はあ?」
「仕方ないだろ、目の前でほぼ裸の女が無防備に寝てるんだから。見るぐらいならいいだろ」
久々の体力、精力を消費したエラムは、明け方には疲れてマーサに踏まれても起きない程度には爆睡していた。
「どんなプレイだよ」
ヨハンは段々エラムが不憫に思えてきた。
◇-◇-◇
執事のロイドから、庭師が今日も来ると聞き、ルーデシアはそわそわと落ち着かなかった。
会うのが怖い。昨日は紳士的に接していたが、いつ豹変してあの事を元に脅迫するかわからない。だが、そう思う一方で、エラムはそんな事はしないとも思った。
どちらにせよ、あれだけの大金を奪ってしまったエラムとは、もう一度きちんと話しをするつもりだった。
朝支度にマーサが入ってくる。温室の掃除をする旨を告げて、服を簡素なブラウスと、裾の広がりを抑えたスカートに変更した。
ルーデシア以外に温室に入る事は許されていない上に、しかも温室を掃除する日は半日以上はかかる。マーサは顔を輝かせた。きっと街にでも行くつもりなのだろう。
ダイニングから外の様子を伺っていると、人の声がする。住み込みの庭師サラスの年取った声と若い張りのある声。
「エラムだわ」
ルーデシアはバスケットを持って裏口から出た。
一つを残して解呪はほぼ終えている。だから残りは代金のつり上げと時間稼ぎに使うつもりだった。
だがここにルーデシアがいると知った今は、さらにあと一週間は通いたい。何ならアフターサービスで月に一度点検に来てもいい。
そのとっかかりを探れないかと庭師のサラスに屋敷の事を聞いていると、サラスの背中越しに裏口のドアが開き、ルーデシアが顔を出した。軽装の彼女もまた家庭的でいい。
『若奥様、みたいだ』
ルーデシアはエラムに合図するようにカゴを目の高さに持ち上げると温室を指さした。
『あのかごは、もしかするとランチでは? ということは』
ピクニックデート――
アザミラに何度もねだったが、暑い、ダルい、疲れる、と言われて即却下された、あの、恋人たちの定番・・・。
エラムはサラスとの会話をきり上げると全力で解呪作業に取り掛かるフリをした。
テーブルのセッティングを済ませても、昼までにはまだだいぶ時間がある。
せっかく、掃除をすると言って来たのだからと、ルーデシアはまずは、割れた鉢などを片付け始めた。
片付けながらランチの内容について考える。
温室に籠る時間が長くなるときはいつも、バスケットにランチを用意してもらっている。泥だらけになるし、ダイニングに入るときにいちいち着替えるのが面倒だからだ。
今日もそれでランチを用意してもらったが、エラム用に二人分を作らせるわけにもいかない。そこで、片づけ作業でお腹がすくから、という言い訳をして多めに作ってもらった。
「足りるかしら」
ルーデシアは男子の食欲がどのくらいなのか計りかねていた。
◇-◇-◇
勝手に入っていいのだろうか。午後を待ちかまえてエラムは温室のドアをそっと開ける。
勢いよく葉を茂らせる植物の奥から声が聞こえた。
「こっちです」
その声に導かれるように昨日よりもさらに奥へ足を進めると、テーブルと椅子が二つ用意されていた。
テーブルの上には真っ白いクロスがかけられ、中央に邪魔にならない程度に小鉢に花が浮かべられている。
娼館とは全く違う、慣れた手つきでティーポットに茶葉を入れるルーデシアの姿があった。
明日も休みなので、もう2本UP出来ればと思っています。




