15 食事会
リーゼル夫人宅へ滞在するという話にはなっているが、そこはケントの自宅でもある。未婚女性が未婚男性の家に、しばらく身を寄せるというのは風聞が悪い。そこでケントは姉に事情を伝えて、来月予定していた里帰りを、急遽早めてもらったのだった。
「ルーデシア!」
二年ぶりに会う恩師は笑顔で抱きしめてきた。
「先生、お久しぶりです」
「ええ本当にね。さあ、早く入って。聞きたいことがたくさんあるのよ。あ、そこの荷物は二階に運んで頂戴」
「かしこまりました」
エラムは答える。リーゼルはエラムを従者だと思ったようだ。
「いいのか?」
同情のまなざしで聞くケント。
「慣れてるよ」
エラムは気に留める様子もなく答えると、ルーデシアの少ない荷物をひょいひょいと抱えていく。
「あいつ、どんな仕事でもやっていけるな」
後ろ姿を見送りながらケントはつぶやいた。
◇-◇-◇
夕食にはケントの母、ロラン未亡人も顔を出した。テーブルには柔らかく煮込まれた塊肉のシチューが各席に置かれている。
「派手な料理ではないけど、赴任先で覚えた、お気に入りの郷土料理なの」
リーゼルは自ら調理場に立ってこれを作ったのだという。
「美味しい。フルーティーな甘味とコクがありますね」
ルーデシアの感想に我が意を得たりと言った顔で、にっこり微笑むリーゼル。
「これがモレーベリーの特徴よ。肉を柔らかくして風味と深みをつけるの」
「モレーと言えばお砂糖も特徴があるとか」
先日アザミラの言っていた事を思い出す。
「ええ、そうよ。よく知っているわねルーデシア」
まるで満点を取った生徒をたたえるようにリーゼルは褒めた。
「モレーに行って、こんなにおいしい料理と素敵な夫を見つけて、これも神のご加護ね」
ロランは目を細めてそう言った。
リーゼルを王立学園から追いやったのはルーデシアの父、フォングレイ伯爵の策略だというのは周知の事実だ。だが、この家の人達はルーデシアに余計な罪悪感を抱かせないように配慮している。
「夫に、王都に行ったらぜひ買ってきて欲しいってリストを渡されたんだけど、これが細かくて困ってしまうわ」
「まあ、どんな? 買い物なら私も付き合うわよ」
リーゼルの買い物の話に花が咲いている間、ルーデシアは料理に目を落としている。それを見たケントが尋ねる。
「どうしたの? 食事が進んでいないようだけど」
「そんなことないわ。とても美味しいお料理よ。でも、私だけいただいていると思うと」
ケントはすぐにわかった。
「大丈夫だよ。エラムにも同じ食事を出すように言ってあるから」
ルーデシアの顔がパッと輝く。
「ありがとう。気遣ってくれたのね、ケント」
「僕はフェアプレー精神があるからね」
そうは言ったものの、ルーデシアがエラムを思う様子に、複雑な気分になるケントだった。
食事を終えると、サロンで作戦会議が行われた。そこにはエラムも呼ばれていた。
ジャンクロフ伯爵に個人的な恨みのあるリーゼルは、ケントの説明に目を輝かせた。
「つまり、呪詛をかけた相手を見つければ、フォングレイ伯の裏の顔が暴けるかもしれないという事ね?」
リーゼルは大乗り気だった。
「信心深くて善良なお母様の前だから我慢していたけど、いつかはギャフンと言わせてやりたかったのよ。あの狡猾な狐」
教育者らしからぬ物言いをする。
「姉上、ルーデシアはそのご令嬢なんですよ」
ケントはルーデシアの方をチラチラ見ながら言った。
「あら、彼女だって立派な被害者だわ」
そこでエラムはダグラントの言葉を思い出す。
「そういえば、どうして伯爵は学園を辞めさせたんだ」
ルーデシアは首を振って「わからない」とだけ言った。
「私もその事は何度も問い詰めたのだけど、とうとう答えなかったわ」
リーゼルが言う。
「あの蘭」
エラムが独り言のように呟く。
「蘭がどうしたの」
ルーデシアが聞く。
「ああ、いいや、ただ、伯爵はやけに蘭にこだわっているように見える。それなのに世話はルーに丸投げだ」
「それと退学がどう関係するんだよ」
ケントは呆れたように言う。エラムの推測が的外れだとでも言いたげだった。
「関係するかどうかまでは」
そこでエラムは言葉を辞めてしまう。
「あなた、面白いわね」
リーゼルはケントとは別の見方をしている。
「エラムは魔術師をやってるんですよ。マナの強さについてはダグラント教授の折り紙つきです」
ケントはそう言ってエラムを紹介する。ギルドに属さない魔術師とは言わなかった。
リーゼルはそこで初めてエラムがただの従者ではないことを知った。とはいえ、従者が魔術師に変わったとしても、その地位は何も変わらない。むしろ従者の方が信用度が上だろう。
「それじゃあ、学校は?」
我が姉ながら怖いもの知らずだなとケントはひやりとする。
「修道院内の孤児院でしたから、勉強はそこでしたくらいです」
エラムも正直に答えた。ケントやルーデシアと比べると、学力では足元にも及ばないのはわかりきっている。
「勘違いしないでね。私はこれでも教職者として学生達を大勢見てきたわ。だから、二言三言、言葉を交わすだけでも、相手の技量を計ることができるの。身分や肩書きを取り除いてね」
「エラム。姉上は小難しい事を言っているが、要するに君の能力を認めているんだよ」
「ええ、その通りよ。だから頑張りましょうね」
「何を?」
言っている意味が分からずエラムはケントを見る。
ケントは咳払いをすると本題に入る。
「ここで夜会に出る時の役割を説明するよ。まず招待客はダグラント教授。その第一助手が僕、第二助手がエラムだ」
「第二助手ってなんだよ。わからないよ」
「だからそれをこれから覚えるんだよ」
まだ何か言いたげなエラムを制してケントは続ける。
「そしてルーデシアは」
ケントはここで一旦言葉を切る。
「僕のパートナーとして出てもらう」
予想した通り、エラムは椅子を蹴って立ち上がると、手のひらをケントに向ける。
「だからそれ、やめろって! なんか前より魔法陣でかくなってないか?! 姉上危険です。下がって」
ケントの脳裏にダグラント教員室での悪夢が蘇る。
「まあ、詠唱無しで魔法が出せるの?」
リーゼルは目を輝かせている。この姉は全く、人の潜在能力を見つけると恐怖より好奇心が勝つという、根っからの教育者だから困る。
「何でお前がパートナーなんだよ!」
「エラム、落ち着いて、お芝居よ」
隣でルーデシアもなだめるが全く耳に入っていない。
「仕方がないだろ、第一助手を差し置いて第二助手のお前がパートナーを連れてくるなんて不自然だろ。それとも」
そこでケントは少し意地の悪い顔をする。
「ダグラント教授にするか?」
途端にもう一つの魔法陣が現れる。
「ケント!」
ルーデシアは今度はケントを止める。
「まあ、ケント、この子、魔法陣が二つ同時に出せるわ」
「姉上は黙っていてください」
相変わらずのリーゼルの反応にケントも声が荒くなる。
「俺もダブルは初体験だ」
低い声で口の橋を上げて言うエラムは、さながら魔王だった。
「ならエラムが第一助手をやるのか?」
半ばやけになってケントは聞く。途端にエラムの怒りが消えた。
「そうだ、俺がやればいいのか。第一助手」
「いやいや、無理過ぎるだろ。第一助手ってのは教授の代わりに、無知で馬鹿な貴族様たちの愚劣な質問や、表と裏で全く違う事を言ってる面倒な奴らの相手をするんだぞ」
経験者のケントが言う。よっぽど嫌な目に遭っているのだろう。
「それをこれから特訓するんだろ」
「何年かかると思ってんだ」
「ケント」
さっきまでとは打って変わって、凛とした声でリーゼルが諫める。
「学ぼうとする気持ちを挫いてはいけないわ。あなただって王立魔法科で将来は教鞭を取るのでしょう?」
「あ、はい、姉上」
ケントはリーゼルに頭が上がらない。
父が亡くなり、ケントが成人するまで爵位は王室あずかりとなった。給付金は出るが高い学費を払い続けてきたのはリーゼルだったし、そのせいで彼女は婚期を逃している。モレーで良夫に出会えたとは言え、本来なら王都で良縁を結べるはずだったのだ。
「その最初の生徒に、こんなに優秀な彼がなってくれるというのよ。これは絶好のチャンスよ」
「え?」
今度はエラムが絶句する。
「それはいい考えだわ。ケントは教えるのがとっても上手なのよ」
ルーデシアが後押しする。
「い、いや、それこそベテラン教師の姉上が」
「私はルーデシアを社交界一のレディにしなくてはいけないのよ。忙しくてそれどころじゃないわ」
リーゼルとルーデシアは手を取り合って「ねー」と言っている。
「ケント」
エラムは神妙な顔をしてケントの前に来たかと思うとその場で土下座をした。
「お願いします! お願いします! お願いします!」
ケントはギョッとして見ている。
「おい、ちょっとやめろよ」
「俺を一人前の第一助手にしてください」
エラムの必死な懇願にケントは根負けした。
「わかったよ。その代わり僕がダメだと判断したら諦めろよ」
「ほんとか、ありがとう」
エラムは神様を見るようにケントを見上げる。
「良かったわね、エラム」
ルーデシアも祈るような仕草でエラムに微笑んだ。




