16 ダンスレッスン
何故、こんな貧乏くじを引かなくてはならないのか。ルーデシアはすっかり過去の恋を吹っ切っているようだし、未練を引きずっているこっちは、恋敵の手助けをさせられている。
「いいか、たかがダンス、されどダンスだ。もう一度行くぞ」
「はい、師匠」
エラムはすっかりケントに従順になっている。
今日は朝からずっと魔法理論と、歴代魔導士たちの偉業についての勉強、そして午後からはダンスレッスンを始めている。男同士で。
「そんなに近寄ったらルーデシアのドレスの裾を踏むぞ」
「あ、いけね」
やはり感覚が掴めない。男同士だから。
「一休みしよう」
「俺はまだまだいけるけど」
「僕が疲れたんだよ」
解呪魔法の依頼がない時はヨハンの所で力仕事もしている。そんなエラムは陰キャなケントから見れば、まるで体力オバケだ。
ケントはテーブルの水差しを取る。二人が疲れるのを見越したリーゼルが、水の中にはレモンの輪切りをたっぷりと入れてくれている。それをコップに注ぎ、一気に飲んで息を吐いた。エラムはまだ一人でステップの確認をしている。
「熱心なんだな」
ケントが呆れたような、感心したような声で言う。
ルーデシアの事となると、見境がなくなり、土下座までするエラム。プライドはないのだろうか。ふと、そんな疑問が浮かぶ。
「聞いていいか」
ケントの声にエラムはステップをやめて振り返る。
「ルーデシアが好きだからこんなに一生懸命になれるのか?」
「当たり前だろ」
「だけど、彼女は君ほどには想っていないかもしれない。それでもいいのか?」
「そんなの最初からわかってるよ」
自嘲気味に笑いながら、エラムも水を飲みにテーブルへ来る。
「もしかしたら、からかってそんな素振りをしたとは考えないのか」
「え?」
水差しを持つ手に力が入り、エラムの表情が険しくなった。
「あ、いや、例えばの話だよ。ウチの学園にさ、そういう悪ふざけをする女子生徒たちがいるんだよ」
ケントは昔の自分を思い出す。
ケント――
声に振り返ると、図書室の入り口にルーデシアが立っている。朝の柔らかい光が、彼女の髪を銀色に輝かせていた。
「美人の女子生徒が、モテない男子生徒に嘘の告白をして、その反応を女子たちが覗き見て楽しむんだ」
白バラを持つルーデシア。どこからともなく笑い声が聞こえた。その瞬間、ケントは敵意をこめた目でルーデシアに背を向ける。
「もしそうだとしても、俺は喜んでその嘘に乗るよ」
エラムはそう言うとごくごくと水を飲む。
――は? 何を言っているんだ?
「どうして? からかわれてんだぞ」
「大好きな人の告白だろ? それが聞けるんだろ? 幸せじゃねえか」
エラムの理屈がまるで理解できないケントは頭を押さえる。
「なんだよ嬉しくないのかよ」
「馬鹿にされて嬉しいわけないじゃないか。君にはプライドは無いのか?」
「無いよ」
エラムは即答した。
「プライドなんて、恋愛成就のクソの役にも立たねえ。一瞬でも好きだって言葉が聞けるんなら、俺はその言葉のために全てを捨てたっていいよ」
確かエラムは、娼館で売り飛ばされそうになったルーデシアのために全財産を投げ売ったと聞いた。
『この馬鹿なら、そういう脳内構造をしていてもおかしくないのか』
身分の違う者が貴族令嬢に振り向いてもらうには、全てを失う覚悟がいるのを、エラムは知っている。それが彼の必死さの原動力なのかもしれない。
「だけど、それ以前に、ルーデシアをそんな奴らと一緒にするなよ」
ケントはドキリとした。
その通りだ――
ルーデシアを置いて図書室を出て行ったあの日も――
冷静に考えればわかる事だった。そして、その冷静さを曇らせたのは誰でもない、自身のつまらないプライドだ。
あの時、どんなに思い違いをしていても、エラムならきっと迷わず白バラを受け取っただろう。
何故、今のルーデシアの横にエラムが立っているのか、その理由にようやくケントは気づき始めた。
『馬鹿は僕か・・・』
「さ、続きを始めようか」
ケントはコップを置くとホールの中央に向かって歩く。
「おう、頼む、師匠」
「師匠はやめてくれ。第一助手は君なんだから」
◇-◇-◇
ルーデシアはリーゼルとドレスを仕立てに出かけている。経費は全てダグラントの財布から出るというのでリーゼルは嬉々としていた。
「一番いい布を見せてくださる?」
「先生、あまり目立ちたくないんです」
次々と出される生地やデザインカタログにルーデシアは尻込みする。
「大丈夫、デザインはシンプルに、でも品よくゴージャスに仕上げるから」
「だからそのゴージャスがいらないんです」
「遠慮しないの」
遠慮ではないのだが全く伝わっていない。
「私、社交界に一度も出たことがないんですよ。所作もろくに分からないんですから悪目立ちしたくないんです」
ルーデシアは懇願するように言った。
「大丈夫そこはダグラントもいるし、ケントだって、あ」
何かに気づくリーゼル。
「まずいわ、あの二人ったら大の社交界嫌いだったわ」
「ええ、知ってます」
今頃それに気づいたのか。
「ふう」と、ため息をつくルーデシア。あらためて店内を見回し、トルソーに着せられた数々の衣装を眺める。
こんなにフリルやリボンも付いていない、もっとシンプルなのはないのかしら
そう思いながらぐるりと見回した時、一つの紳士服に目が止まった。学園の制服に似ている。
学園に行ったとき、エラムは周囲との違いに居心地悪そうにしながらもそばにいてくれた。
父親がわからなくても、貴族の血が入っていることはその魔力が証明している。なのに彼があの制服を着ることは許されない。背が高く、黒髪に怜悧な眼差しのエラムなら、誰よりも着こなせたはずなのに。
「先生、私、これにしたいです」
ルーデシアは紳士服のトルソーを指さす。




