13 焼き菓子
「悪かった。本当に俺、何しに来たんだろうな」
何度もエラムは謝る。学園を出た後も、街へ来た今も。
「エラムは何も悪くないわ。ダグラント先生に会おうと言い出したのは私なんだもの。むしろ、ごめんなさい。私のせいであんな目にあわせちゃって」
ルーデシアもそう言って何度も謝る。だが、娼館での出来事を二人に知られ、青ざめていたルーデシアをエラムは知っている。初恋のケントには特に知られたくなかったはずだ。
「ごめん」
それを思うたびにエラムは謝罪の言葉がとめどなく出てしまう。
ケントも、もっと早く気付くべきだったと言ってルーデシアに謝っていた。
「まさか、初見で薬を盛られるなんて、ヤツの目的は何だったんだ」
「ケントが言うには、ただ単に自分の作った薬を試したかっただけみたい」
そのせいでルーデシアの事を洗いざらい話してしまった。自分の初体験や、失恋話のほうがよっぽどましだった。
「二人の記憶を消せればよかったんだが、俺より魔力が高くて・・・肝心な時に役に立たないよな」
エラムは初めて敗北を認めた。その代わり炎滅であたりを焼き尽くしたが。
「ケントに、知られちまったな」
「ええ、でもケントは決して誰かに言ったりしない。そう言う人だもの」
白薔薇祭でルーデシアを振った事も、ケントは誰にも言わなかった。
「今でも信頼してるんだな」
「私が好きになった人よ」
過去の失恋相手を堂々と誇れるルーデシアを、エラムは強いと思った。
「焼きたてですよー」
店頭から声が聞こえた。見ると、女性店員がガラス扉をいっぱいに開けているところだった。
途端にバターと砂糖の溶けた良い香りが二人を包む。
「ヘーゼルの焼き菓子、結局食べ損なったわ」
それもエラムが焼き尽くしてしまった。
「ごめん」
エラムは何かを思い立ち、ルーデシアの手を引く。
「ルー、寄り道しよう」
大通りから路地に入ってしばらく行くと雰囲気はガラリと変わる。
露店がひしめき合う、前にヨハンと出会った町並みだった。
「こっちだよ」
思い出すように看板を確かめながら進んだ。その間もずっと手はつないだままのエラムに、ルーデシアは気恥ずかしいが、でも離したいとは思わない。
「ここだ」
そこは人が二人も入ればいっぱいの小さな菓子店で、木の実をローストした香ばしい香りで満ちていた。
中に入っても誰もいない。エラムが呼び鈴を鳴らすと床下から「はーい」と女性の声が聞こえた。地下に厨房があるらしく、軽快な足音が上がってくる。
「いらっ・・・あら、エラム」
「やあ、久しぶり」
二人の間に気まずい空気が流れる。
「こちらは、この店をやってるアザミラで、俺の、知り合い、なんだ」
言葉を探しながらエラムは紹介する。
「まどろっこしいわね、元カノでいいじゃないの」
無愛想にそう言ってから、営業スマイルでルーデシアに「どうもー、菓子店アザミラへようこそ」と言った。
アザミラは栗色の髪に切れ長の目をした、ルーデシアよりもさらに年上の女性だった。
「ヘーゼルのお菓子なら知ってる。私もあの味を出したくて今挑戦中なんですよ」
エラムの話を聞いてアザミラは戸棚から箱を取り出して開ける。そこには焼き菓子が詰められていた。
「形は悪いけど味は負けてないと思うわ」
勧められるままにルーデシアは一つ食べてみた。途端に目を輝かせる。
「そう、この味だわ。美味しい」
「でしょう。モレー産の砂糖を使うのが決め手ですの。気づくまでが大変だったわ」
アザミラは得意げにツンととがった鼻をさらにとがらせて見せる。
「これ、買えるのかしら」
店内を見渡すが、商品として置いてはいないようだった。
「試作品ですけど、貴族のご令嬢が認めてくれたんですもの、差し上げますわ」
「何だよ、気取った話し方して」
エラムが口を挟む。
「あなたが失礼過ぎるのよ」
「悪いわ、ちゃんとお支払します」
「いや俺が払う、今日のお詫びに」
「まいどありがとうございます」
商魂逞しいアザミラにエラムは苦笑いした。
「今リボンをかけるわね。レディにプレゼントなんだから、可愛くしないと」
「そういうものなのか?」
「まったく、そういうところよ」
ラッピングされた焼菓子を持って、店を出ようとしたとき、アザミラが呼び止めた。
「エラム」
振り返るエラム。ルーデシアは気づかないふりをして先に店を出た。
「どうした」
アザミラは、さっきと違い 、少し余裕のない顔になっている。
「あの娘はだめよ」
「何だよいきなり」
「わかるのよ。あんたあの娘が好きなんでしょ?」
エラムは答えない。それが答えだった。
「ご令嬢相手に、どんなに想いを寄せて尽くしたところで、見返りなんて返ってこないわ。傷つくのがわかっていて応援なんかできないわよ。それに」
「アザミラ」
エラムはまだ言い終わりそうにないアザミラを止めた。
「君にとって、俺はずっと、頼りない弟だったんだな」
「え・・・」
アザミラにはエラムの言おうとすることがわからなかった。
「アザミラの言うことはいつも正しいよ。俺は、すぐのめりこんで、後で大ケガするんだろ?」
「その通りよ。いつも言ってるじゃない。なのにちっとも私の話を聞かないし」
「だから君にフラれたんだよな」
「それは・・・」
「でも、俺、後悔していないんだ。アザミラを好きになった事を」
「エラム・・・」
エラムは店を出る。そして店の外から「また買いにくるよ」と明るい声で言った。
「・・・後悔してるわよ」
誰もいない店で、アザミラはつぶやいた。
「エラムって、年上がタイプなのね」
ルーデシアはエラムの前を歩きながら言う。
「え?」
「アザミラさん。私よりも年上よね」
「ああ、そのことか」
エラムはルーデシアの腕をとって歩みを止めさせた。
「俺は、ルーを年上だなんて思ったことはない」
「それってどういう意味かしら」
「世間知らずで、危なっかしくて、放っておけないじゃないか。俺は今でも考えるよ。あの時、俺がドアーズ繁華街に行かなかったら、君を買ったのが俺じゃなかったら、君はどうなってたんだって」
ルーデシアはエラムから目をそらす。
「確かにそうよね、私、エラムにいつも頼ってばかりだわ」
恩の押し売りに聞こえたのかもしれないと思ったエラムは慌てて取り繕う。
「ああ、いや、そういうつもりで言ったんじゃない。思い出すたびに怖くなるって言いたかったんだ」
「怖い?」
「あの時、ルーと出会えなかった可能性を考えると怖くなる。俺は、きっと何度でも同じことをすると思う。俺以外の誰にも代わりはやらせたくない。どんなに聖人君子なやつだとしても」
アザミラの言葉が蘇る。
見返りなんて返ってこないわ――
『そんなの、最初から求めてねぇよ』
エラムは心の中でアザミラに言う。
「私もよ」
今度はエラムを真っすぐに見てルーデシアは言った。
「私も、たとえ王太子が来たとしても、エラム以外の人に買われたくないわ。でもそれは、エラムが私を守ってくれたからじゃないの」
ルーデシアは大きく一呼吸する。
「エラム、あなただからよ」
エラムは息を呑んだ。ルーデシアの目から涙がこぼれる。その涙は、『これ以上は言わなくてもわかるでしょ』と訴えていた。
エラムはゆっくりとルーデシアの肩に手をまわす。
「ありがとう、ルー」
エラムはそっとルーデシアを抱き寄せると、彼女の頭を自分の胸にあてた。
『想いって、返ってくる事もあるんだな』
今度は頭をなでる事はしなかった。ただ、ルーデシアを周囲の目から隠すように、その腕の中に抱いた。
◇-◇-◇
エラムがルーデシアを屋敷に送り届けると、ちょうどジャンクロフ伯爵の馬車が到着した。
「あれは誰だ」
馬車の窓からエラムの姿を見つけ、伯爵はロイドに尋ねる。
「例の庭師です。」
「あんなに若いのか」
「それでも腕は確かです。もうあらかた解呪を終えているようです」
ロイドは、エラムが既に解呪を完了している事を知らない。
「あの者の素性を調べろ」
「取るに足らない少年ですよ」
「だからだ。あんな若造が解呪魔法を使えるんだぞ。貴族の血をかすったくらいで出来る技ではないだろう」
「はっ」
それから三日後、ルーデシアの元をケントが訪ねてきた。




