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11 ダグラント


 王立学園は学生達の元気な声で溢れていた。懐かしい制服にルーデシアも当時を思い起こす。リエットにリボンの結び方を直され、鏡を見ながら、心をときめかせていたあの頃。


「俺、場違いだよな」


 いつもの庭師スタイルに戻ったエラムは、ルーデシアの後ろを歩きながら周りを見渡す。なんだか皆やたらとキラキラしているように見えた。


「居心地悪いわよね」

「いや、ついていくって言ったのは俺だから」


 そう言ってエラムはルーデシアの隣に並ぶ。


 エラムが解呪魔術師だと聞かされても、父と社交界との問題、つまり外の世界の話と思っていた。だがマーサの憎しみのこもった目が向けられた時、ルーデシアは、初めて自分もその中にいるのだと思い知った。


「知らないままでいるというのは、責任を放棄してるってことなのよね」


 そう言ってルーデシアは自分から行動を起こす決意をした。 そして思い浮かんだのが、懐かしい王立学園だった。


 学生の何人かがルーデシアをじろりと見る。やはり、学生服も職員のバッヂもつけていない自分は、エラム同様立派な不審者なのだろう。怯んでしまいそうになるのを、隣を歩くエラムに助けられる思いだった。


「エラムがいてくれて心強い」

「だろ?」


 ルーデシアのたった一言でエラムは上機嫌になる。


 受付に訪問理由を言って校舎に入ると、ルーデシアは思い出を交えながら案内する。


「ここは一般学生の図書室。魔法科の学生が使う図書室は別棟。ほら、あの出窓になっているところ、あそこが私たちの定位置。毎朝ケントが先に待っていて、あの場所から一日が始まるの」


 エラムの耳に聞き流せないワードが詰まる。


「ケント?」


 「あ」と思わずルーデシアは口を押える。


「ただのクラスメートよ」


 今度は『ただの』が詰まった。


「ルーは、俺の気持ち知ってるよね? だったら、俺が野郎の名前聞いてスルー出来ないのもわかるよね」


 優しく言ってはいるが、ダークマターを背負っているエラムの言葉は、ルーデシアにものすごい圧をかけてくる。


「正直に言うと、ケントは私の憧れだったわ。でも、それを伝えたら、ふざけるな、って」


 聖女の告白を断る人間が、この地上に存在するのか。


「その後、エーテライトを宿しているのを見出されて魔法科の特進クラスに行ったわ。それっきり、図書室の恋はそれで終わり」


 すっかり吹っ切れた様子に、エラムは安心した。むしろ、はっきり振ってくれたケントに感謝した。


「エーテライトなんて単語、久しぶりに聞いたよ。すごい奴がいたんだな。ルーが惚れるのもわかるよ」

「別に、私はケントの才能に惹かれたわけではないのよ」

「じゃあ、すごいイケメンだったとか?」

「うーん、どうかしら、ただ、一緒にいると、心が穏やかになる人だったわ」


 自分はそれをルーデシアに与えられるのだろうかとエラムは自問する。生活が脅かされない穏やかな環境。それは自分から一番遠い所にあるように思う。

 


 教員棟に行き、ダグラントのいる部屋を探す。空中廊下を渡った所にその部屋はあった。

 ダグラントは薬品棚を見ながら書類に書き込んでいた。


「お久しぶりです。ダグラント教授」


 声に振り返ったダグラントは驚いた顔をする。


「二年前まで、ここの学園にいたルーデシア・ジャンクロフです。覚えていらっしゃらないでしょうね。私、魔法科ではないですから」


 ダグラントは大袈裟なくらい首を振ってルーデシアの手を取った。


「覚えていないわけないだろう。我が王立学園の白バラの聖女を」


 やっぱりここでも聖女だったか。とエラムは思った。


「なんですかそれ、初めて聞きましたけど」

「そりゃ当人に面と向かって言えるわけないだろう。待ってろ、今お茶を淹れるから」


 ダグラントは見た目こそ麗しい美青年だが、その実、屈託のない教授としても知られていた。そのギャップがまた女学生に人気があった。


「それにしても、突然だな。学園を辞めたのも突然だったが」

「辞めた?」


 エラムがルーデシアを見る。


 ルーデシアは少し気まずそうに頷いた。


「あの時は、挨拶もせずにすみませんでした」

「いいや、こうしてまた元気な姿が見られて良かったよ。あの時以上に綺麗になったな」


 お茶を淹れたポットを持ってきて休憩用の小さなテーブルに置く。その時になって初めてエラムの存在にダグラントは気づいた。


「おや? 君は?」


 やっと気づいたのかよ。とエラムは内心毒づいた。


「エラム・フォングレイと言います。庭師などをしています」


 二客しか用意されていないティーカップを見ながら、エラムは丁寧に挨拶する。


「ほう、なるほど」


さっきまで眼中にも入らなかったのに、ダグラントは今度は注意深く上から下までエラムを観察する。


「君のマナは、中々興味深いね」


 ダグラントはティーセットをもう一つ戸棚から取り出そうとして手を止める。


「・・・エラム・フォングレイ?」


 ダグラントの顔に疑問符が浮かんでいる。


「どうかしたんですか?」


 ルーデシアが聞く。


「どこかで会った事があるか?」

「俺がですか? まさか」

「そうだよな。うーん、名前かなあ? どこかで聞いたか見たかしたような気がしたんだが」


 気を取り直してダグラントはティーカップをエラムの前に置いた。


「俺に王立魔法士の知り合いなんていません」

「エラム、もしかして」


 ルーデシアは何かひらめいたように、エラムの手に自分の手を乗せる。そしてダグラントを見た。


「彼の父は貴族なのだそうです」


 そして今度はエラムを見る。


「もしかしたら、フォングレイという名前は、お母様がお父様の名前を名乗っていたのではないかしら」

「どうだろうな」


 もう今さら当人に確かめようがない。


「うーん」


 ダグラントはしばらく考え込んでいた。


「あ、お土産にもらった焼き菓子があったんだ。待っててくれ、ルーデシア、お茶を頼む」


 そう言って奥へ引っ込んで綺麗な絵柄の缶の箱を取って来た。


「懐かしい。ヘーゼルの焼き菓子ですね」

「君はこれが好きだったらしいね」


ルーデシアはダグラントの後を引き継いでお茶を注ぎながら「よくご存知ですね」と不思議そうな顔をする。


 ダグラントは缶の蓋を取ると、そのまま皿にも出さずにテーブルに置いた。


「やっぱり思い過ごしかな。フォングレイという名前に心当たりはないな」

「そうですか」


 気落ちするルーデシアをエラムが慰めた。


「いいんだ。知った所でどうなるって話だしさ」

 

 だが昨日のエラムの心の吐露を聞いたあとでは、出来る事なら力になりたいと思った。


「それより」


 エラムはベルト鞄を開いてガラス瓶をテーブルに置く。中には魔法呪の書かれた木札が入っていた。


「こりゃまた、物騒なものを持って来たね。あ、でも、ほとんど解呪されているのか」


 文字を見てダグラントは言う。


「これは、ジャンクロフ家の庭に埋められていたものです」

「ほう、それを『庭師』の君が見つけた。と」

 

 ダグラントはエラムをじっと見つめた。


「君、ただの庭師じゃないね」

「俺は、解呪魔術師をやっています。昨日まで彼女の所で雇われていました」

「雇われ人にしては、随分とルーデシアと距離が近いじゃないか」


 やや皮肉めいた言い方をしながらダグラントは瓶を手に取り、目を閉じて人差し指と中指を立てて短く詠唱する。


 呪符は一瞬光ったかと思うと書かれていた文字が消えていった。


「これでいい。君はわざと完全には解呪せずに持って来たね。何故だ」


 ダグラントの言う通りだった。これは最後の呪術で、一番強力な呪詛だった。それを、持ち出せるまでに力をそいで持って来た。


 エラムに代わってルーデシアが答える。


「痕跡をたどりたかったんです。いったい誰が私の家を呪っているのか、先生ならその方法をご存知なのではと思って」


「知ってどうするんだ? 『もう呪うな』とでも言うつもりか?」


 ダグラントが冷たく言う。


「呪いは、それをする側にもそれなりの正当な理由がある。たとえどんなに歪んでいても、当人にしてみれば正義なんだ。辞めろと言ったところで素直に『はい、わかりました』とはいかんだろ?」


 淡々と言うが、その通りだとエラムは思った。さっきルーデシアの手を握った時には張り倒してやろうかと思ったが、呪符を安全に文字だけ消去するところを見てもただ者ではないことが分かった。

 

 正統魔法士は呪詛に関しては専門外と思われているが、それは関わらないというだけで、知識も技術もないというわけではない。いや、むしろエラム以上に知識はあるのだろう。


「もし、呪詛を避けたければ、あの家を出るべきだ。この忠告は二度目だと思うが?」


 エラムは驚いてダグラントとルーデシアを交互に見た。そんな忠告をするほど、ダグラントはルーデシアの家の事情を知っているのか。


「何か、知っているのか?」


 エラムはダグラントへ向かって言う。もはや敬語で話すことも忘れていた。


 ダグラントは紅茶を飲むと、ゆっくりとソーサーに戻しながらエラムを見た。


「ジャンクロフ家の噂なら君でも知っているのではないか? 解呪魔術師君」


 確かに、エラムはここの解呪の依頼を何度も断って来た。それは、この家に関わった解呪魔術師が、過去に何度も命を狙われてきたからだ。そこまで呪いの成就に執念を燃やす、強い恨みを持つものたちがいる。そんな家だから、エラムも関わり合いになるのを避けてきた。


「私が一度目の忠告をしたのは、彼女が学園を辞めると聞いた時だ。あれはジャンクロフ伯爵が勝手に決めてしまった。私にはあの父親が本当に娘の将来を考えているとは到底思えなかったんだ」


「私、てっきり冗談で言ってるのだとばかり。だって、家を出るなんて無理な話ですから」

「方法ならいくらでもあったさ。例えば、私と結婚するとか」

「はあああ?!」


 エラムは椅子を倒す勢いで立ち上がった。


「このエロ教師野郎!」

 

 手のひらをダグラントに向け、攻撃姿勢を取る。すでに宙には魔法陣が発動していた。


「エラム!」

「驚いたな、無詠唱で炎の魔法が出せるのか」


 ルーデシアとダグラントが同時に言う。


「やめて、エラム。先生も変な冗談やめてください。だいいち私、先生とは数えるほどしか話してないじゃないですか」


 ルーデシアはエラムにも説明するようにそう言った。


「悪い悪い、私は少々空想癖があってね。その中じゃ、君は今では私の嫁で子供もいるんだ」

「よ、嫁? 子供? じゃあ、あんたの妄想の中じゃ彼女と、その、毎晩」

「エラム、そこは『エロ教師野郎』でしょ」


 ルーデシアの声に静かに怒気が広がる。


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