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紫蘭の閑話  作者: うめよろし


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2/6

映らない月

 こどものころ、よく近くの田んぼの泥をほじくって、友達とザリガニを探した。

 門限が厳しくて、どんなに友達との遊びが盛り上がっていても、時計塔をチラチラと確認するようにしていた。


 ある日、夕方に友達と別れ、木々がよく見えるバス停で、ショルダーバッグから本を取り出し、読んでバスを待っていた。いくら待てどバスが来なかった。


 1時間ほどバス停で右往左往していたけど、一向に来ない。


 あたりはどんどん暗くなっていく。バス停のランプに灯が灯った。

恐ろしくて、両親に電話をかけた。繋がらない。圏外になっている。

月を見るとホッとした。徒歩で帰ろうにも、道が枝分かれしていて、正しい道順を思い出せない。


 途方に暮れて、一度田んぼの方に戻ってみた。そして気づいた。


 月が、田んぼの水面に映らない。


 僕が見ているものは、現実で広く受け入れられている法則にあてはまらない。


 僕は現実を生きていない。


 この空間は誰が意図してつくったものなのか。

 なぜ僕は巻き込まれたのか?


 田んぼの奥の方に、女性がいた。白装飾の和装の綺麗な人。


 暗闇でも目立つ色だ。「話しかけろ」と言われているかのようだ。


 僕は女性のそばに駆け寄り、声をかけた。


 「あの、ここはどこでしょうか?」


 すると女性は、穏やかな瞳でこちらをみた。

 「貴方のいた世界とは、法則が違う場所」


 「空を見て」女性に促され、上を見上げると満点の星空があった。


 「星の数だけ、世界があるの。あなた、違う銀河に来てしまったの」


 そうだったのか。携帯電話が使えないなら、不便な世界だ。


 「ここは私が、自分のために作った場所」


 「私はいろんな銀河を、行き来することができない。

 私は、世界を作ることしかできない。

 私は、貴方のいた世界に焦がれて、できるだけ同じ世界を作った  

 つもり。でも、電波が通じないのね。この世界にはまだ欠陥がある 

 わ」


 女性は、世界を作ることができるらしい。


 「僕はどうしてこの世界に入り込んでしまったの?」


 「私の作った世界が、あまりに貴方の世界と似通っていたからよ。

  わずかな拍子で入り込めるなら、完成まで時間の問題ね。」


 女性は言う。

 「貴方の世界の法則を、私の世界に取り入れたい。

  会いたい人がいるの。そして、使ってみたいものがたくさんある

  の。たとえばそれとか。」


 女性は、少年の携帯電話を指差した。


 この女性の世界に、僕が生きた世界の要素を取り入れれば、

 この女性は、自分の作った世界と僕の世界を同期できる。


 「私が会いたい人も、同じ本を持っていたわ。ボロボロでよく読み込

 んでいることがわかった。」


「お願い、私の世界を、貴方の世界と同期させて。

 今のままだと、貴方、今日亡くなるの。

 徘徊する殺人犯に殺される。」


 息を呑んだ。このまま元の世界に戻れば、僕は今日死ぬ。

 僕は、白いキャップを女性に渡した。

 僕の世界にあるものを渡せば、

 僕の世界の法則が、彼女の世界に通う。

 女性は破顔し涙した。

「ありがとう、これで将来、貴方に出会える」といった。


 途端に、目の前の女性が少女に変わった。

 見覚えがある。学校へ向かう途中の張り紙で見かける、

 行方不明の少女だ。


 「この帽子、私の?」少女は問うた。

 「それは僕の帽子だよ、君にあげる。

 君と僕は、将来また出会える。

 それより、早く家に帰った方がいい。帰れるかい?」


 「うん、ここから近いよ。でも道が暗くて怖いから、

 一緒に着いてきて」


 少女は僕の手をとり、自宅への道のりを進んで行った。

 そして、二階建てのクリーム色の家の門前にきた。


 「ありがとう、お兄ちゃん。またね。」

 少女は門を開き、家に向かい走って向かった。


 少女が行方不明になる世界線、僕が殺される世界線

 これらを回避した。


 途端に、目の前の光景がぐにゃりとねじれ、世界が二重に見えた。

 立ちくらみをし、門の柱にしがみついた。


 そして、気づいた。僕は、今までいたどの世界線とも違う世界にいる。

 背後からエンジン音が近づいてきた。トラックだ。


 「坊主、こんな夜更けに出歩いたら危ないだろ。

  乗せていってやる。」

 Tシャツの日焼け顔のおじさんが窓から顔を覗かせた

 「…ありがとうございます。◯▲駅まで行きたいです。」


 僕はトラックに拾われ、最寄駅で降り、自宅にたどり着いた。

 呼び鈴を鳴らし、怒った父と母と対面した。


 バスがなかなか来ず、トラックに相席させてもらったと伝えた。


 翌朝のテレビで、刃物を持った男が徘徊しているところを警察に取り押さえられたと報道されていた。徘徊場所は、例の田んぼの近くだった。


こうして、僕が殺される世界は、死んでいった。


通学路の行方不明者の張り紙は、消えていた。


いつか、彼女に会える。





















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