第6話 卵
悪魔!?何を言ってるんだ。悪魔!?
狼狽えてフリーズする俺を無視して、説明を続けるメフィストフェレス
「悪魔ってのは内的空間支配が出来る。体の内側を自由に支配できる。
そこは物理法則も時間も無視して思うまま法則を書き換えられる。
こいつにオレの力を注ぎ、内的空間支配が出来るようになることで、
自ら正常な状態に書き換えることが出来る。」
待て、待て、それで病気じゃ無くなることが出来るとして、
なったとして、
「人間には戻れるのか。」
そこだ。そこが問題だ。
「戻れない。永遠の命。永遠の孤独。人間には過ぎた力。悪魔という忌み嫌われる存在になる。」
言葉が出ない。つまり、俺は、娘の命を救うため、娘を悪魔にするのか、そこまでするべきか、
人間には寿命がある。命がある。それは、事故、病気、事件で失われることもある。
それは普通のことだ。今ここにいる病院で、一体何人の子供が死んでいった?それは普通のことだ。
自分の娘が不治の病で死ぬ。よくある話だ。たとえ奇妙な病だったとしても、
死ぬ事は奇妙じゃない。日常だ。世界の日常。
それを捻じ曲げて、悪魔に堕としてまで、娘を活かす事は、正しいのか、善い事なのか?
私は今、完全に停止している。思考も、体の動きも。
妻はこの子を産んですぐに死んだ。彼女の生きた証はこの娘なんだ。
じゃあそれを助けるために、悪魔にしていいのか、良いのか本当に。
ぐるぐると頭の中で問答が続く。
メフィストフェレスは何も言わない。 ただ厳しい目で私を見つめている。
深く深呼吸をする。心を落ち着けようと。ゆっくり。
娘の手を握る。小さい。小さいんだ。
死ぬのなんて、認められない。許すことができない。
「わかった。病に苦しまないなら、悪魔でも良い。」
メフィストフェレスは何も言わず、指をくるりと回し、俺たち親子を、穴に落とす。
一瞬で、最初に出会った場所、あの黒板空間に移動する。
娘を地面に下ろし、メフィストフェレスはチョークで何かを書き始める。
「それ、何の意味があるんだ?」
あまりにも気になるので聞いてしまった。
「おまじないだよ。」
いや、それはそうなんだが。
二時間は経っただろうか、気が付くと、メフィストが四人に増えていた。
四人のメフィストはカリカリとチョークで地面に文字のようなものを描き続けている。
その模様がついにつながり、四人になっていたメフィストフェレスは一人に戻る。
「本来悪魔を産み出すのは禁忌なんだ。バレたら確実に消滅させられるから、覚えとけよ。」
ここに来て急に重要な情報を言い出すメフィストフェレス。
それを今聞かされても、もう遅くないか。どうしろというんだ。
「行くぞ。」
メフィストフェレスが箒を取り出し、柄の部分で地面を強く突き刺した。
すると、チョークで書いた部分が、ボロボロと崩れ落ち、それが地面に穴になった。
その文様型の穴から、響く音がする。
フルートのような、管楽器のような響く音。
その振動はどんどん大きくなり、自分の地面を伝わり、自分自身の体まで響いている。
「なっ・・・なんだっ・・・どうなっている。」
これはキツいぞ。頭の中で轟音がなっているようだ。
メフィストフェレスを見ると、何かに集中しているようで、こちらに注意を全く向けない。
もう無理だ、意識を失う、と思った瞬間、振動が止まる。
止まると同時に、空中に太陽だ。小さな太陽が現れた。強く輝いて、燃えている。
メフィストフェレスは何も説明しない。集中しているようだ。
太陽がどんどん小さくなる。そして、点になった。光を出さない真っ黒な点。
その点が、私の娘の胸にゆっくりと入っていく。
これが、悪魔誕生の儀式なのか、なにか、聖なる雰囲気を感じる。と思った。
何が起きるか全くわからない、どうなる。と固唾をのんで見守っていると、
娘の肌から飛び出た棘が、パキパキと崩れていく。
そして、何年かぶりに、娘の体はキレイな、普通の肌に戻った。
成功だ!治ったんだ!!俺はうれしさにあふれ、娘を抱きしめようと、思わず走り出す。
やった!やったんだ!!
しかし、メフィストがそれを遮る。
娘を凝視したまま、片手で俺を止める。
「何をする。なんだ。なにがだ。」
「わからない。人間を悪魔にするなんで自分以外でやるのは初めてだ。だがこれは・・・」
娘が目を覚ます。
ガバっと、九十度直角に体を起こし、首だけこちらを見る。
何かがおかしい。
「パパ」
いや、俺の娘は、俺を、おとうさんと、呼ぶはずだ。いや絶対にパパと言わないわけではないが・・・
「あはははははははははははははははははははは」
突然笑いだす。狂気。狂った笑い。
俺は一瞬で全身に汗を濡らし、恐怖に支配される。
「メフィストフェレス!何をした!!」
怒りで恐怖をごまかす。
「わからない。」
「ふざけるな、わからないってなんだ。」
「わからねぇ。ありえねぇ。なんだこいつは。」
メフィストフェレスも冷や汗を顔につけている。
この悪魔にも想定外の事態。
一体何なんだ俺の娘は。どうなっているんだ。
固まる二人をよそに、けたたましく笑い続ける娘。
それが突然。ぴたりと止まる。
止まったと思った瞬間、どろりと、溶けた。娘が。娘の全身。全部が。
真っ白な液体。
これは悪魔になるためには普通のことなのか?いや、メフィストフェレスも固まっている。普通じゃない。
呆然としていると、その液体は渦を巻き、球形になっていく。
そして球が楕円になり、見覚えのある形になる。
卵だ。卵の殻だ。卵型の楕円。
その卵は突然真っ赤に色が変わった。
それを見た時、これは自分の娘のはずなのに、おぞましいと思った。
根源的な恐怖、嫌悪感。蛇を見た時のような、本能的な天敵のような・・・
その真っ赤な卵は、静かにその場に佇んでいた。




