『どうして』4
「は?」
耳を疑う。
「これのどこが――」
次に目を疑った。
(嘘でしょ!?)
零さんが、私のショルダーバックを拾い上げ、中を物色している。
パスケースとスマホが地面に落ちても、彼は気にもせずバックの中をかき混ぜた。
お財布、スケジュール帳とポーチ、家の鍵……入っているのはもうそれだけだ。見れば分かるのに、零さんは手を止めない。
「零さん、何やってんの……」
「ナニってそりゃあ…………お! いたいた」
「!」
人のバッグを荒らすだけ荒らし、挙句ポイ捨てする人を初めて見た。
まるで泥棒や引ったくりの再現ドラマだ。目当ての品を手中にし舌なめずりする男。
そこまで完璧。
しかし、彼は“ありきたりなドラマ”を否定する。
「そんな石まで持たせてんじゃ、こういう小細工もするよな。オッサンまで使うとは思わなかったぜ」
バッグから出て来たものに、私と優海さんは「あ」と固まった。
「大福……!」
「だい……ふく……?」
そう。零さんが摘んでいるのは自治会長の大福(多分肩に乗ってたコ)で、いけすから引き揚げられた魚の如く跳ねている。
「動いてる……」優海さんの呟きが落ちてきた。訝しげな表情。
そりゃあ、カバンの中から無包装で大福が出て来て、しかも生き物みたいに動いてたら、誰だってそうなるよな……。
「GPS的な? それとも盗聴? どっちでもいっか」
知らぬ間に大福が入っていた……自治会長と別れてから何か背後が気になって仕方がなかったのは、これのせいか。大福が一個くっついて来ていたのだ。
「お前も悲運だったねぇ~。いっぱいいる中から選ばれちゃって」
零さんは逃げ出そうとムニムニ動いている大福に、さも気の毒そうに言った。そんな気は全く無いくせに。
「俺さ、大福、昔っから大っ嫌いなんだよ」
捕まってるコが急に大人しくなり、零さんが口角を釣り上げる。
眼鏡の奥の目がギラついた。
――まさか……。まさか、まさか……
「零さんやめて!」
「バイバイ」
柔らかな餅が、ゆっくり二つに裂けていく。
圧し潰され歪んだ白の中にチラッと見えた黒色は餡子だ。
どう見ても普通の餡。私が今見ているのは、和菓子の大福。
――だけど。
隣人の世界では、あれはただのお菓子ではない。
恐らく自我があり、魂か、それに準ずる何かがあって。
(だからあのコも“隣人”なんだ……。零さんならよく分かっているはずなのに……)
彼は千切った大福を捨てた。
そして、思い切り踏んで、何度も踏んで、踏みつけて――。
「……ざまあみろ……」
見開いた目を血走らせて、零さんは狂気に笑う。
「こんなの……まともじゃない」
悪魔の所業だ。
「あ? 路地裏にはマトモな奴は居ねぇって前に言ったろ?」
――大福の姿形はもうどこにもなかった。
砂利と土に混じり消えてしまうまで、零さんが攻撃したからだ。
「あの人、大福に恨みでもあるの?」と、優海さんが呆れた声で言った。何も知らない彼女の素朴な疑問だ。
「…………」
もし彼が答えるとしたら、それはイエスでもノーでもないのだと思う。
結城さん達が零さんを嫌悪する理由が、彼の残忍さを目の当たりにしてようやく分かった――。
「……悪魔……」
「あっ……」
優海さんが独りごとを言いながら立ち上がる。目が合うと、優海さんは無言でパッと視線を外した。
(あれ……?)
私は優海さんに無視された事より、彼女の呟きの方が引っかかる。
悪魔。悪魔の所業。
自分もそっと呟いてみる。
(零さんは悪魔の様な人だ……)
――違う。
様な、ではない……?
自分の考えに全身が粟立った。
(ああ……。どうして思い至らなかったんだろう)
それは、考える機会はあったのに、零さんは結城さんと同じ“死神”だと思い込んでいたからだ。だから私は気付けなかった。
――彼は死神じゃないかもしれない。
病院で結城さんが教えてくれた話を反芻すれば、今まであった出来事……零さんと一緒にいた時の事が脳内にフラッシュバックする。
『低級の悪魔達は、ああやって人間の気を引き存在をアピールすることで、やっと人間界に留まっていられる。人間に認識されなければ、人の姿を保てず地獄に追い返されるからです』
大学の食堂に現れ、周りの目を惹いていた。
夜道でおかしな歌を歌い、通行人に笑われて。
駅では、わざと大きな声で喋るから、周りに修羅場かと誤解される羽目に。
そして、あのジャズ喫茶。
零さんは、空いている時間を狙って現れる常連客だった――。




