『どうして』3
「ねぇ」
優海さんが、大きく丸い瞳で真正面から見上げてきた。
「人の魂を取って生き伸びるって、どういう気持ちになるの」
「……それは……」
ストレートな言葉が痛い。突き刺さる視線が痛い。
よりによって、自分が一番目を逸してきた事を聞かれるなんて……。
「良かった、なんて微塵も思わないよ……。返せるものなら返したい。取らなければ死んでたって言われても、そこが自分の寿命が尽きる時だったなら受け入れてたのに……。どうして私なのかな……そればっかり考えてる」
「……そっか」
俯いた優海さんが薄く微笑んだ様な気がした。
刹那、強い風が公園の植木を揺らしていく。
風がおさまり再び公園が静かになったところで、優海さんは言った。
「じゃあ、返したいって思ってる内の一個、私が貰ってあげるよ。さっきも言ったでしょ。オジサンじゃなくて女の人の方」
「なに……言ってるの?」
「だって若い方が良いじゃん。気分的に」
――気のせいじゃなかった。
顔を上げた優海さんは、まっすぐ私を見て、笑った。
「そ……ういう問題じゃないでしょ……」
「え?」
一気に喉が乾いていくのが分かる。
小さい声しか出なかったから、優海さんには届かなかったんだろう。
え? という短い言葉で、人はこんなにも苛立つ事が出来るんだ……と、私は他人事みたいに考えて。それから咳払いを一つ。
――水が飲みたいな。冷たい、氷がいっぱい入っている水を。
「人の魂だよ? ちょうだい、ハイあげる、そんなレベルの話じゃないよ」
「でもあんたは出来るじゃない。相手があげるよ~って言ってるかは別として」
「……。あのね優海さん、そもそも私は、あなたが欲しい人達の魂は持ってないの。バス事故と私は無関係だよ……」
無関係、とあしらうのはすごく抵抗があった。
しかし、言ってる場合じゃない。
事実、あの日の事故に私は居合わせていないし、亡くなった人達の魂を奪ったりしていない。
まぬがれた――運が良かっただけ……。
「私には必要なんだ…………鮮度とか性別とか言わないからさ。とにかく、あんたの中にあるのを分けてよ!」
泣きそうな顔ですがり付いてきた優海さんに私は呆然とした。言ってる事がメチャクチャだ。
勝手過ぎる。ワガママとか比じゃない。
「自分が何言ってるか分かってるの? 私から誰かの魂を取ってどうする気?」
「取り戻す……」
「取り戻す?」
「失くしたものを、取り戻すんだよっ!」
「!!」
背後で枝が折れる音がした。
優海さんの声が折ったのかと思うくらい。彼女の吐き出した音は激しかった。
「おおー、すっげぇ! ボイトレしてた人は違うねぇ」
「零さん!」
やっと来た――なぜ植木の隙間から出て来たのかはこの際どうでもいい。
それより何より、
「笑顔で拍手してる場合じゃないでしょ!」
「いやぁ、役者が揃いましたなぁ」
「ちょっと!」
呑気もいいところ。
ヘラヘラしてる顔を引っ叩いて正気に戻してやりたい。
だけど、私の腕は必死の形相の優海さんに再び掴まれ無理だった。
優海さんの力もさっきより強くなっていて、まるで「零さんには手を出さないで」と言わんばかりだ。
二対一の構図が完成した。
自分が考えていた“話し合いの場”のイメージは脆くも崩れた。
優音君に会いたくないという優海さんを説得する“話し合い”だと思っていたのに――。
「零さん、どんな話したんです? 彼女すごい誤解してる。キチンと説明してあげたんじゃなかったんですか? それに優音く――」
「話ならいっぱいしたよ~。理解した上で言ってんだろ。な?」
私の言葉を遮り、優海さんに笑いかける零さん。
「はい……」と優海さんは小声で頷いた。
(何を理解……? ……お願いすれば誰かの魂を取れるって事を?)
自分の望みを叶える為に?
「ところで優海チャン。あと少しでタイムリミットだけど、のんびりしてていいの?」
「ッ!」
「タイ……わっ!?」
小柄な女の子相手だし、そうはならないと決めつけていた私を見抜いたのか……いや、零さんの言葉がよほどの起爆剤となったのだろう。
体当たりしてきた優海さんにバランスを崩され、足がもつれた。
――転ぶ!
当然、体を支えるものなど無い。あったとしても、反射神経が鈍い私にはどうにも出来なかったと思う。
受け身の体勢をとろうとしたのは頭の中だけで、私は優海さんを道連れにして派手に地面にひっくり返った。
尻腰背中を強打、あちこち擦りむいたり、下手したら頭を打って脳しんとう、もしくはそれ以上……と、受け身無しでの転倒は怖い。
瞬きする間の事故。ところが、一瞬は一瞬で終わらなかった。
地面に羽毛のクッションを置かれた? と錯覚した程、背中がやんわりとした何かにぶつかる。
二秒。その二秒のおかげで私は痛みを感じず、優海さんと地面に転がった。
「!?」
――なに今の?
優海さんに馬乗りになられた驚きより、まずそちらが気になって。
零さんの「へぇ~」という声で状況に気付く。
「パワーストーン? そんなの持ってたのかよ、花音ちゃん。しかも特別製じゃん」
「あ」
これが守ってくれたのか……。
「特別――? なんで、なんであんたばっかり……」
「……」
私を見下ろす優海さんの目は潤んでいた。
薄い膜状の涙には、悲しみではなく、嫉妬や怒りがとけこんでいる。
同じように他人を見つめてきたから何となく分かる。彼女の瞳の中にいる自分も、今の優海さんみたいに静かに、激しく、心の中で「何故だ」と叫んできたのだ。
恵まれている人が憎らしいほど羨ましい。入れ替わってくれないか、と、どれだけ思ってきたことか――。
「あなたが取り戻したいのは何? まさか他人の魂で生き返りたいとか言わないよね?」
「……聞いてどうするのよ。関係ないでしょ!」
「あるよ! 馬乗りで今にも首絞めてきそうな勢いで睨んでくる相手に、黙ってられるかっ!」
胸ぐらまで掴まれて、こっちは身動きも取れない。
絡まれてる意味も分からず埒が明かない状態に、私も段々とイライラが増してきた。
「面白くなってきたな~」
――優海さんが下唇を噛み、手に力を込めた時だ。
零さんが愉快そうに喉を鳴らして笑った。




