『どうして』2
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自治会長と大福に出くわしたおかげで、待ち合わせ時間に五分ほど遅れてしまった。
公園手前でベンチに座っている人が見えて、そこからは全力疾走。自転車侵入防止柵、邪魔!
「あ……の……!」
日頃の運動不足のせいだ。ちょっと走っただけで息が上がり声が掠れる。
「谷口優海さん……ですよね」
細くて折れそうな女の子――パッと見たら中学生に間違われると思う、優海さんは写真から想像していたより、もっと小さな人だった。
「……」
声をかけても彼女は俯いたままだ。
無視されているのか?
彼女からは私が見えない状態なのか?
後者なら完全にお手上げだ。零さんが来てくれるまで何も出来ない――。
優海さん、と、もう一度声をかけてみた。
「……わた、しは……い、つか」
「……歌?」
「お、な、じ……」
――歌だ。
おもちゃのピアノの鍵盤で一つ一つ音を拾いながら、覚えたての曲を確かめる様に。
彼女はソプラノで口ずさんでいた。
「――……そ、らを」
「えっと……」
どうしよう。でも、ずっとこのままという訳にはいかないし……。
恐る恐る優海さんの肩に手を伸ばした。
指先に布の感触。
良かった、さわれる。私はゆっくりと優海さんの肩に手を置いた。
「っ!」
「ごめんなさい、遅れちゃいました。優海さんですよね?」
「あ…………。奥村、さん?」
「はい」
こちらを見上げる大きな瞳が、さらに大きくなる。
優音君は母親似なんだな……そっくりだ。
彼女が着ている黒いワンピースは、優音君が描いていたそれに見えた。
セツナちゃんのゴシックドレスから比べれば随分シンプルなものだけど、普段着というには派手。パーティードレスと言った感じ。
もしかして、これ衣装?
バンド活動ヘの思い入れが強いから、着ているものもそうなる……幽霊事情の一つかもしれない。
「優海さん……。私、聞きたい事があって。まずは零さんが言ってた、優」
「あんたの事は九条さんから聞いた!」
食い気味な彼女の勢いに負けた私は「そ、そっか」と引く。
なにこの迫力……。零さんは私の事どう話したんだろう――
「人の魂、余分に持ってんでしょ。人間のくせにそんなコト出来るんだ」
「えっ!?……いや、それは……」
「運転手のオジサンのはいらない。若い人いたよね? 女の人」
「は……?」
「だから聞いたんだって! あんたよりちょっと年上の! しらばっくれる気!?」
ついさっきまで、俯き歌を口ずさんでいた人とは思えない凄みだった。
止まりかけのオルゴールがギリギリまでネジを巻いてもらい、再び回転を始めた時の奇妙な早さ。まるでそれ。
早口でまくしたてる優海さんは私の袖口を掴む。爪で手首を引っかかれた。
「ちょっと待って。落ち着いて! 話がよく分からな――」
「全部自分のモノにしようって? さっすが……デキる人は違うね。底辺は黙ってろってやつ?」
「は!?」
刺々しく言われて、私もカチンときた。
(まだ何も話してないのにどうしてそうなるの?)
「順番ってものがあるでしょ……いきなりギャーギャー騒がれても困るだけなんだけど!」
優海さんの腕を振り払う。
彼女が怯んだ直後、私達の間を冷たい夜風が通っていった。しかし風は、気まずい空気まではさらってくれない。
私も彼女もしばらく動けなくなって、お互い目を合わせられず。
会って数分でこれでは、スムーズに話が進むと思えなかった。
「零さんが来てから話す……?」
場所をセッティングしたのは零さんだし、双方の事情を知っているのも零さん。あのチャラいキャラクターなら、ギスギスした雰囲気だって、壊してくれるはず。
私達には司会進行役が必要なのではないだろうか……。
「そもそも、九条さんって来るの?」
「……優海さん聞いてないの?」
「知らない」
おい九条! なんていい加減な!
「あ……でもさっき、大福が零さんを見たって言ってたから……来るか」
「だいふく?」
眉を顰めた優海さんに、和菓子の大福だと言うのはやめた。
おそらく彼女の頭の中には、真っ白なおまんじゅうが浮かんでいるはず。
(そう、その大福だよ!)
――言えない。
ふざけんなと怒られるのがオチだ……。ますます空気が悪くなる。
零さんはまだなのか……と辺りを見渡したが、人が来たような気配は無かった。




