『どうして』1
とおりゃんせの曲が止まりハッとした。
青色の点滅に急かされ、小走りで信号を渡りきる。
心臓が早鐘を打っていた。走ったせいだけじゃない、田所さんから聞いた話が頭の中でぐるぐる回っているからだ。
――優音君は亡くなっている。
「…………」
百歩譲って、それはアリだと考えよう。
路地裏は、人ならざる者達と生きた人間が混在する世界。
藤本さんと優音君は自分と同じだと思っていたけど、それは証明されていたか?
……いいや。私は、本人の口からも、結城さんや零さんからも、ハッキリと聞いていないのだ。
(……そうだよ。あんなに色々教えてくれたけど、聞いた事すべてが返ってきた訳じゃない)
――上手くはぐらかされた?
「噂が本当なら三年前って……。優音君、一歳じゃん」
でも私が会った子、四歳くらいだったよ?
それともあの子は人違い?
「いやいやいや……。それはないわ」
独り言が勝手に出てくる。路地裏に着くまで、私はずっと一人で喋っていた――。
そうして路地裏入り口。六時二十五分。約束の時間ピッタリに公園に行けるだろう。
一歩を踏み出すのは勇気がいった。
狭い小路は電灯が無く薄暗い。“あちら側”から弱い風が吹いてきて、私の頬を触っていく。
何度深呼吸しても、鼓動はうるさいままだ。ちっとも言うことを聞いてくれない。
だけど、
(行くしかない)
ショルダーバッグのストラップを握りしめる手に力を込めた。
――淡い期待を抱きつつメールを確認した。零さんからの着信は……ない。
もっと早く路地裏に来ておけば良かったと思った。
だってよく考えて? カフェにはナユタ君達がいるんじゃ?
「あああ……そうだよ、なんでそこを忘れるかなぁ! 私は!」
零さんからのラインがあまりにも衝撃的だったからすっぽり抜けていた……。
でも、間抜けな行動で遠回りしたおかげで聞けた話もある。ここは切り替えよう。早く公園に――。
「どうした、嬢ちゃん。まぁたこんな時間にウロウロして」
「ひぇ!?」
突然後ろから肩を叩かれるって、本当恐怖しかない。
しかも、白い小さな塊が数個、足首を一周して消えた。柔らかくて冷たいもの。幻覚にしては生々しかった。
「夜は駄目だって言っただろうよ」
「うっ……こ、こんばんはっ、自治会長さん」
「お。聞いたのか」
ニヤリと自治会長さんは笑う。……と、彼の肩にさっき見た白い塊が現れて。
小鳥? え、違う。生き物じゃない。
「結城の旦那に会いに来たのかい?」
だいふく…………っぽい…………
「嬢ちゃん?」
「ヘ!? あ、はい……」
白いのが気になって話が入ってこない。つい勢いだけで返事をしてしまう。
駄目だ。気になる……ぷよぷよ動いてるし……
「ああ、こいつが気になるのかい? うちの組の若いもん、えにし堂の大福だ。よく働く」
「だいふく……なんですか、やっぱり」
自治会長さんがセカンドバッグを開くと、大福はそこにもぐっていった。
待って! こっちの世界の大福って自走するの!?
あと、うちの組の若いもんというのは一体。その言い方、私は任侠映画しか思い浮かばないんだけど……。
「えにし堂って、」
「芋羊羹が美味い」
「いもようかんも自走するんですか?」
「する訳ないだろ。芋羊羹だぞ?」
「……はぁ」
――解せぬ。
大福と芋ようかん、何がどう違うんだ。
「俺は結城の旦那や藤本みてぇな洒落たもてなし方は知らないからな……。まぁ、えにし堂で良けりゃ、今度連れてってやるぞ。あやかしがやってる店だけどな」
不審者相手でなければ、自治会長さんは案外気さくで面白い人みたいだ。
私は「行きたいです。楽しそう」と返事をした。本心だ。メニューに大福があるのが非常に気になるし。
「じゃあ急いでるので……失礼します」
「嬢ちゃん」
後ろから声。振り向くと自治会長さんが肩に大福を乗っけていた。
「コイツが零を見たらしい。気をつけな」
「零さんを?」
「ロクな事になんねぇぞ」
「……」
待ち合わせしてますとは言えない雰囲気だ――。
「みんな……零さんが嫌いなんですか?」
「そりゃあそうさ。あの男は神様に喧嘩売ってんだからな。恩を仇で返すようなもんだ」
ハンチング帽を深く被り直して、自治会長さんは苦々しい顔を隠した。
神様って死神の結城さんの事?
恩を仇で返す……?
疑問はどんどん湧いてくる。
けれど、これ以上寄り道はしていられない。
自治会長さんにもう一度挨拶をし、私は後ろを気にしながら公園ヘ向かった。




