『だから、駄目だと言ったのに』10
◆ another side ◆
花音が「これから用事がある」と席を立った直後、田所の右隣に黒い影が現れた。
二つ目のバーガーの包み紙を開きながら、田所はその影を横目で見る。そして、重なるレタスとトマトを崩さぬ様にバーガーにかぶりついた。
「嗚呼……だから駄目だと言ったのに」
ふぅ、と溜息ながら頬杖をつき、窓の下を見つめる男。
後ろの女子高生達は「イケメンだ」なんだと騒いでおらず、さっきと変わらぬ様子で話に夢中である。
今回も“目立たず紛れ込む姿”でご登場か。
田所は瞬時に理解する。
これを間違うと、独り言が激しい変な男に見られるのだ。女子高生に「アイツやばくね?」と後ろ指を刺されたくはない。……モテない男心が情けなく働く。
「そうするようにあなた方が仕向けてるのでは?」
「たとえそうだとしても、私は彼女に言い聞かせているはずなんですがねぇ」
横断歩道を渡っていく花音が見えた。
誘導音がカッコウの鳴き声などに変わっていく中で、未だに《とおりゃんせ》の曲をながす信号は珍しい。
この童謡は怖いというイメージが田所の中にある。だから、表情を強張らせて出て行った花音がトボトボと渡っていくのを見ていると、心配でどうにも落ち着かない。
隣でそれっぽく溜息を吐いている男は、微塵も思っていない様だが……。
「九条って奴が来ましたよ。花音ちゃんに『この情報を流せ』って……チンピラみたいな奴だったな……。全部あなたの言ってた通りでしたけど、何なんですかコレ?」
「フフッ……それはいい」
九条 零をチンピラ扱いしたのが気に入ったらしい。結城は口元をおさえ肩を揺らす。
黒服、長身、威圧感、の三拍子が揃い、どっかの組の若頭みたいなあなたが笑うか……と言いそうになった田所は、ポテトを一掴み口に放り、飲み込んだ。
「渾身の荒業が失敗に終わりましたからね。……やるだけ無駄なのに、それでも足掻こうという根性だけは、まぁ良いんじゃあないですか。あなた方みたいで。――と最近思ったりもします」
「は?」
「……だがいい加減、己の無力さに気付いて貰わなければ私も困る――」
「えっと……?」
「ああ、君はそのままでもいいですよ」
「?」
こうやってまたはぐらかされるのか?
田所は思う。
自分はこの男の使える駒の一つだと重々分かっているから良しとしても、かわいい後輩が混沌に飲まれていくのをただ見ているのは、いかがなものか。
「九条を潰したいんですか? 花音ちゃんを使って」
「私はベストな方法を選んでいるだけですよ。……それに、彼女の力を試してみたい」
高校生の笑い声に消されそうになった結城の一言を、田所は聞き逃さなかった。
(花音ちゃんの……力?)
「もしかして、彼女は俺と同類……とか?」
「馬鹿言わないでください。君より数億倍貴重な力を持つ存在です。激レアなんてものじゃありません」
「うわぁ……即答」
苦笑した。だが、言われてみれば当然だ。そうじゃなかったら結城は自分にやらせている。
花音でなければ駄目なのだろう。
『使う』という部分が否定されなかったのが気になるところだ。
にしても……
――数億倍貴重、激レア、か。
(この人……前からこんな俗世的な言葉使う人だったっけ?)
「結城さん、花音ちゃんと付き合ってるんですよね」
「えぇ」
「ちゃんと恋愛してます?」
「えぇ?」
何言ってんだコイツ、という目をされた。
「彼女を好きだっていう割に、扱いが粗いな……と思って」
「失敬な」
結城は不機嫌を露わに席を立つと、冷ややかな目で田所を見下ろす。
「初めて会った時から花音さんは私のモノなのです。それを理解していない者が多過ぎる」
そう言い残すと、彼は刹那の間に消えた。
勿論、周囲の人間は誰も気付かない。
「はぁ……。やっぱり見守るしかねぇのか……。本っ当、理解に苦しむわ……」
カップを振ると氷が半分以上とけている。
薄くなったオレンジジュースを飲みながら、田所は『死神に恋愛感情があるのか』を真剣に考えてみた。
“使う”やら“モノ”やら、あまり気持ちのいい表現ではない。
恋愛をしているか? の問いに対するあの空虚な顔も気になる。
――が、
「はじめて会ったときから~……なんてのは、一目惚れしたって言ってるみたいに聞こえるよなぁ……」
ズゴゴゴ……とストローを鳴らし、田所は首を傾げた。




