『だから、駄目だと言ったのに』2
エスカレーターで一階まで戻り、外来受付、入院相談窓口を通り過ぎると、三階ほどの高さまである吹き抜けの広場に着いた。
外来側とは雰囲気がガラリと変わり、ガラス張りの壁からは光が射し込み、外には沢山の緑。散歩道と人工的な小川が見える。
「あの……ここ、病院なんですよね?」
大学の食堂よりお洒落なレストランが、目の前にあった。
それだけではない。レストランの他にも、コンビニと小さな本屋、花屋にコーヒーショップまで並んでいる。
どこかのショッピングモールの一部分を借りてきたんじゃないか? と言いたくなる光景に、私はポカンと口を開いたまま、しばらく突っ立っていた。
「花音さん、あれを」
結城さんが案内板を指差す。
「コミュニティーストリート……」
案内板に書かれているのはこの場の名称だ。私は「ストリート……」と繰り返した。
確かに、これだけ店が並んでいれば、コミュニティーし放題だよなぁと思う。
「ここはショートケーキが美味しいです。スポンジはしっとり、クリームは甘過ぎず……」
「結城さん、この間の零さんに対抗してません? 昨日行ったお店では、チーズケーキ推してきたし」
「私が? 零に? やめてくださいよ、花音さん」
「……」
結城さんは「ご冗談を」とクスクス笑っているけど、本心はどうなのか……。私的には、零さんが推したミルフィーユをかぶせてこない辺りが、いかにも結城さんっぽい感じがするのだけど。
どちらにしろ、美味しいケーキが連日食べられるのは嬉しいから、まぁいっか――。
私達は、なるべく店全体を見渡せる窓際の席に座った。ケーキセットはあくまでオマケで、本命は谷口優海さん。うん、忘れてない。
午前中から優雅にケーキを食べつつ、出入りする人達をチェックする。
お昼を過ぎると、白衣姿の人も加わり人が増えてきた。とはいえ、病院の周辺に飲食店が多いからか思っていたほど店内は混雑せず、人探しを諦めるほどではない。
ショートカットの女性が見える度にガン見しそうになるのを我慢する私。逆に、結城さんは涼しい顔で紅茶を飲んでいる。
優海さんは幽霊、魂だけの存在だ。死神からすれば、姿形は関係なく気配で分かるのかもしれない。
――うーん……。じゃあ、私がここにいる意味とは……?
「ねぇ、結城さん」
美麗な紳士が院内のレストランでお茶を飲んでいる姿に、席を探す事務員の女性達が二度見していく。
コソコソ「ほら、外科病棟の」「噂通りカッコイイ……」と話しているのを確認してから、私は結城さんに聞いた。
「ずっと気になってたんですけど」
「?」
「結城さん、なんでレストランで医者の格好してるんです? コスプレ?」
「遊んでいる訳じゃないですよ? 趣味でもありません」
苦笑して、結城さんがネームホルダーをつまんだ。
『美咲中央総合病院 結城 紡』という文字。偽物だと分かっていても、結城さんが白衣を着て持っているだけで説得力があるので、一瞬困惑する。
神の手を持つ天才外科医、の二つ名が似合いそうだ。正体は患者を救わない死神なのに。
「レストラン内では医者の姿の方が馴染むので」
「馴染むってより、ちょっと目立ってますよ」
「そのくらいが丁度良いんです」
「え~……」
どういう事でしょう?
「あと、これも不思議でしょうがないんですが……。あの女性達、外科の……と言ってたんです。でも私には、」
「違って見える?」
結城さんは再びネームホルダーをつまんだ。
「花音さんには、私がどの科の医師に見えているのでしょう」
「…………。小児科」
そう。『小児科 結城 紡』
何度見ても、小児科。外科じゃない。
「……小児科、ですか。それはそれは」
目を丸くした結城さんだったけど、でもすぐに笑い出す。吹き出しそうになるのを必死にこらえているのか、俯いて、肩を震わせて……。
「そんなに笑います!? 変ですか!?」
「ナユタとセツナのイメージが強いのでしょうか。なるほど、子供を世話してますしねぇ」
「笑いすぎ! ちゃんと説明してください」
結城さんが笑っている間に通り過ぎた男女二人組は、「あっ、形成外科の先生だ」と言い残して言った。
みんな外科! 私だけ小児科って――何故だ!
「ヒトのフリをする時によく使う手なんです。私は場の雰囲気に合わせそれらしく居るだけ。“何者であるか”は、人間が勝手に想像で埋めてくれる。ここで白衣を着ていれば、外科医や内科医、薬剤師、小児科医、何にでもなりますよ」
「つまり私は、結城さんに白衣=小児科医だと考えた……という事か」
「そのとおり」
「でも、その手でいくとしても、やっぱり目立つ行動は避けた方がよくありません? 面倒なことになったら……」
椅子を引き長い脚を組んで座り直す結城さんは、やはり女性の目を引く。
あちらこちらでウットリとした溜息が聞こえてきそうだ。
白衣のイケメンがどれだけ女性の心を鷲掴みにするか、結城さん……分かっているのかいないのか。
「死神は人間の記憶に残りにくい質なので……。そうでもしないと、周りの人間に花音さんの恋人は私だとアピール出来ないでしょう。問題が起きた時は、その都度何とかすればいい」
「…………」
そんなことをちょっと拗ねた感じで言われたら、照れる以外にどうしろと――。
しばらくの間、人探しに来たことを忘れたのは言うまでもない。




