『だから、駄目だと言ったのに』1
美咲中央総合病院は、救命救急センターがある、市内一の大病院だ。
近所の個人病院にしかお世話になったことがない私には、未知の世界。
出入り口やエレベーターの前に立つ警備員や、ズラッと並ぶ自動受付機、自動精算機に思わず「すごい」「広い」と呟きが出てしまう。
「こんなに大きい病院で予約制でも、やっぱり月曜日は普段より混むのかな……」
「毎日毎日よく集まりますよねぇ」
病院と結城さんは縁が深い。しょっちゅう通っていると聞いても、理由が分かるので「ああ……」と頷くだけだ。
「優海さん、いるといいですね」
昨日は、大通りのカフェテラスから道行く人の中に彼女がいないか探した。でも、彼女は発見できず……。
捜索二日目の今日は、彼女が入院していた此処を選んだ。
大通りと病院――どちらも優海さんに関係した場所。
死後動き回っている霊を探すのに、関係のある所は重要なのだと結城さんは言う。
彷徨う人達はどこにでも自由に行ける訳ではない。死んだ場所、未練が残っている場所へしか行けない。
一つの場に留まる者もいれば、数カ所を延々と廻り続ける者もいるそうだ。
最期の場所から消えてしまった優海さんは、おそらく後者。だから私達は、彼女が現れそうな地点を推測しながら探していた。
「でも……。優海さんがぐるぐる回ってるなら、私達は同じ場所で待ち伏せしてればいいんじゃ……? これだと、追いかけっこか、すれ違いの可能性大ですよ。効率の良さより運任せとか……。いつもの結城さんらしくない気もしますが?」
「らしくない?」
結城さんは私を見て肩を竦めた。
「そう見えるなら、私は自分で思っている以上に焦っているのでしょうね。――ああ、花音さん。外来を一周したらレストランに行ってみましょうか。ここのレストラン広いんですよ」
「……。焦ってる様には見えない」
むしろ楽しんでる様に見えます――。
一周といっても診療科目の多い病院なので、人も多いし、まわって見るのも結構大変だ。
待合い席は、どの科もほぼ埋まっていた。
特に、内科と小児科は椅子が足りない上に、両科が並んでいるので、混雑が飛び抜けて酷くて。
おでこに熱さまシートを貼っている割に元気な子供が、目の前を走り抜けていく。背を丸めて独り言を繰り返す老人や、待ちくたびれたのか舟をこいでいる人、行き交う病院のスタッフ。
「総合病院って、いつもこんな感じなの? なんか……こう…………すごいですね」
何度目だ? すごい、って感想。語彙力が行方不明――
「ぅおっ!?」
「わ! おねえさん、ごめんね!」
「だ、大丈夫……」
「花音さん? こっちですよ」
子供に突撃されてフラフラしていたら、結城さんに呼ばれた。
彼はすでに小児科と内科の騒がしさから抜け出している。消化器科の前。
さすが。慣れている人は違う。
消化器科と内科の間には、ちょうどエスカレーターがあり、いい具合に隣との境界線が出来ていた。
こちらは子供がいないので静かだ。
――と思ったのも束の間、
「なんの為の予約だよ。受付してから、もう十五分だぞ? いつまで待たせる気だよ!」
「申し訳ございません……急患が入りま」
「だ、か、ら! そういうのと重ならない様にする為の予約なんじゃねぇの? 先生ひとりしかいない? こんなデケェ病院なのに?」
(うわ……。子供よりうるさい人、居た)
事務員の言葉を遮り詰め寄っている若い男性の後ろ姿が零さんに似ていたので、咄嗟に構えてしまったけれど、よく見たら眼鏡をしていない。
背も低い。落ち着きもない。
なんだ。全然似てないや。
大声は上げないものの、事務員の説明も聞かず言いたい放題のクレーマーヘ、他の患者がチラチラと視線を向ける。
でも皆、すぐに携帯や本に戻した。
関わりたくない。これが本音だ。下手に口を出して自分が絡まれるのは避けたいもの。
「昨日の晩からメシ食えねぇし、待たされるし、あ~最悪だわ」
男性は、イラつきからか身体を揺すり始めた。わざとらしい溜息の連続に、事務員の女性は困り果て立ち尽くしたまま。
(最悪はそっちじゃん……)
いやーな雰囲気で胃が痛くなりそうな消化器科を横目で通り過ぎようとした、その時だった。舌打ちが聞こえた。
「――またアイツか……」
(え!? 結城さん? 違うよね?)
今、すっごくドスの利いた低い声が聞こえたような……。
「一度痛い目に遭わないと分からないみたいだな」
(き、聞き間違いじゃなかった!)
そっと見上げれば、クレーマー男を睨みつけている結城さんがそこに。怖い、なんて軽いものじゃない。どう言えばいい? 戦慄……とか?
思い浮かばない。けど、私でも分かることが一つ。
あの男の人、結城さんの眼力だけで吹っ飛ぶに違いない――。
結城さんの存在に気付いた彼は、顔面蒼白になった。ついでに横にいる私を見て、目を丸くする。
「……」
そんな、「見えないはずのものを見てしまった!」という感じのリアクションをとられると、さすがにちょっと傷付くし困るんですけど……。
慌てて消化器科を去って行く男に、結城さんは溜息を吐いた。
「あの男、花音さんを見てすごい顔してましたね……。ヤバイものに会っちまった、みたいな」
「それ、八割方結城さんに対してだと思いますよ」
「ハァ……。仏の顔も三度。問題案件として上に報告しておきます」
「うん? 確かにクレーマーは迷惑ですけど、なんで結城さんが?」
「此処は死神の管轄内ですからね。取り決めは守っていただかないと、揉め事の原因になります」
「……そっちですか……病院じゃなくて」
結城さんのこの言い方。さっきの人は、人間でも死神でもなく――悪魔……なのか。
「行きましょう。あの男が今まで此処に居たなら、谷口優海はこのフロアーに居ない」
「そうなんですか?」
「クレーマーを演じるより、彼女と話をする方が手っ取り早いですから」
「?」
続きはレストランでお茶を飲みながら……と、結城さんはニッコリ笑う。
(やっぱり。あんまり焦っている様には見えないんだよなぁ……。あと、)
お茶するの好きだな、この人。
自分の店を作るくらいだから、相当なんだろう。




