『貴女は透明』10
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「いらっしゃい」
「ブレンドと紅茶。あと、ミルフィーユひとつ」
「はい」
ベルベット生地のふかふかソファーに「あ。これ、人をダメにする例のやつだ」と感想を抱いている間に、零さんは注文を済ましてしまう。
私に選ぶ権利は無いのか――。
「気に入った?」
「大人の隠れ家って感じですね」
店内に小音量でジャズが流れているのに気付いた。古いLPレコードも沢山飾ってある。ここって、前に一度だけテレビで見た、ジャズ喫茶……なのかな。
チャラい言動が多い零さんだけど、趣味は渋いらしく、ジャズに詳しかった。お気に入りの曲の歌詞やワンフレーズを教えてくれる。
早口の熱弁は、半分何を言っているか分からなかったけど……。
「いつ来ても客が少ないのがイイんだよね」
「繁盛してないって言いたいのかしら?」
エプロン姿の女性が飲み物を運んで来た。
見た感じ二十代後半。お団子ヘアーにつり目、白いシャツとスキニージーンズ。
宝塚の男役みたい。カッコイイ女性。
「やだなぁ……落ち着くって意味っすよ」
「それはどうも。――うちは夜の方がお客多いの」
彼女は私と目が合うとウインクし、ミルフィーユと紅茶、ブレンドを置いていった。
「零さん、いつも女の子をとっかえひっかえ連れて来てるんでしょ」
「なんで!?」
「慣れ過ぎ」
ケーキセットを指差す。店員さんは何も聞かずに、これを私の前に置いていったのだ。
「あぁ……それ」
零さんはニヤリと笑って「おすすめセットだから」と開き直った。このセット、一体何人の女性にオススメしたのやら……。
「そういえば! 零さんって……幽霊だから零って言うんですか?」
「そういえば! で、なんで俺の名前が出てくるかな~。あとそれ、ダジャレのつもり?」
「…………」
「そういう花音ちゃんはさ、“珍種”なんでしょ?」
「ひどい扱い」
「希少価値が高いって意味でさ。――で? いま何個持ってんの?」
「!」
いきなりド直球で聞かれる。
何個――何人分の魂?
それは、繰り返し考えても頭痛しか出てこない質問だ。
項垂れる私に、零さんが溜息を吐いた。
「えー……分かんないの?」
あからさまにガッカリされて。残念がられたことに腹が立つ。
おかしを何個持っているか、な軽いノリで聞くのは、あまりにも無神経じゃないか?
「ねぇ。花音ちゃんはさ、殺したいと思うくらい誰かを憎んだ事ある?」
「無いです」
「コイツさえ居なきゃなぁ……とか」
「……無い……です」
「じゃあ、死にそうな目にあった事は? 運良く災難を逃れた時は?」
零さんは私の過去を知らない。
結城さんと出会ったきっかけは、話したくないと思った。
話したらまた「偶然? 必然?」と茶化される気がした。
「“トウメイさん”の事、俺ら下っ端はよく知らないんだよね。アンタ達って厄介者だけど、その分利用価値もメッチャあるから、エリート野郎どもにすーぐ持ってかれちまうし」
「利用価値?」
カップに息を吹きかけてからコーヒーを飲んで、零さんは「あれ?」と顔を上げた。
「結城はそのコト言わなかったの?」
「…………」
零さんは人の神経を逆撫でするのが得意だ。
これ、私が聞いていないのを知っている上で言ってる。絶対。
だって口調がわざとらしい。
この台詞を言いたかった、と顔に書いてある。
「知らないです」
「聞きたい?」
「聞きたくないって言っても、零さんは喋るんでしょ」
(だから私をここまで連れて来たんですよね?)
「一つの個体に一つの魂。コレ基本中の基本ね。でも、トウメイさんはそれを無視して、人様のモノを取っちゃあ隠し、取っちゃあ隠し……」
背もたれに寄りかかり腕と足を組むと、零さんはニヤリと笑う。
「こっちの仕事は邪魔するし? たち悪いと思わね?」
「……」
「でも逆に考えると、自分の思う様にコントロール出来れば、トウメイさんはたちまち便利ツールになっちゃうんだよね~。はい! 社会貢献~!」
頬が引きつった私を見ながら、楽しそうに拍手する零さん。
合わせた様に、流れるBGMがさっき零さんがハミングしていた曲になった。
ここはもう彼の独壇場だ。
繁華街に隠れる様にある、薄暗い、探偵小説に登場しそうなジャズ喫茶。
しかし零さんは、事件を解決してくれる主人公の探偵ではない。敵か味方か明かされない、謎めいた情報屋。
私にはそう見えた。ドラマの見過ぎだろうか。
「アンタを所有してりゃ、数合わせも簡単だよ。花音ちゃんに取らせて花音ちゃんの中で保管しとく。必要な時に引き出す。面倒な辻褄合わせもやらなくて済むってワケ。魂バンクだよ、すごいね花音チャン!」
「取らせるって……他人の魂を? 私が?」
「条件整えばやれるでしょ」
「そ、そんなの無茶苦茶です! だったら厄介な私を消して仕事を減らすべきでしょ! それなら関係ない人が巻き込まれることも無い――」
「アンタひとりこの世から消して、世界の何が変わるんだよ」
「ッ!!」
零さんの表情が一変した。
怒りをあらわにして、フォークを私に突きつけてくる。
動けば刺される――そう思った私は、息まで止めた。
「排除するより利用だろ。その方がメリットがある」
「……」
フォークは私ではなく、ミルフィーユを刺した。
零さんがここまで怒る理由は、何なのだろう。
透明者に対する嫌悪? 恨み?
結城さんとは全然違う態度をとられ、私は店の奥で縮み上がった。この間みたいに勢いよく店を飛び出すなんて、無理だった。
「アイツだってそう思ってるかもよ~? 本当の目的は、花音ちゃんじゃなく、花音ちゃんのカラダでさぁ。……あ、この言い方ちょっとエッチだね」
ニヤニヤと零さんに笑われて。
自分の恋心を嘲笑われているみたいで、ムカムカしてくる。
結城さんはそんな下衆な人じゃない!
(ああ、でもこれ言い返したら、零さんの思うツボになりそうだよね……)
唇を噛み我慢する私に、零さんは面白くなさそうな顔。
判断は正しかった……ここは私の勝ちだ。鼻で笑って返す度胸があれば、もっと良かったと思うけど。
「自覚無しで非道を繰り返すだけなら、死神に利用されて消耗していくのもアリなのかもしれない……。結城さんは何も考えないで、適当に魂を扱う人じゃありませんしね。誰かと違って」
「いいね、花音ちゃん。必死に嫌味考えてるトコ、さすが! 惚れ直すわ」
「通じたなら良かったです」
一膳飯状態だったミルフィーユを崩して食べる。
しっとりとしたクレープ生地と甘過ぎないクリームのミルフィーユは、今まで食べたそれの中で一番だった。
「美味しい」
「でしょ? セツナちゃんといい勝負してる。メシも美味いぜ?」
「……今度は一人で来ます」
「つれないねぇ、花音ちゃんは」
コーヒーを飲み干した零さんが、メニューに手を伸ばす。
「次はカフェオレかなぁ……ミックスサンドも……」
「僕はクリームソーダでっ!」
「うわっ!?」
突如として加わった声に、私と零さんは同時に飛び上がった。




