『貴女は透明』8
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――天気が良くてつい……。っていう理由で授業休んだら、怒られるのかな。
――小学生じゃないんだから、理由なんていちいち聞かれないよ~! 花音は真面目すぎなんだよ。たまには自分を甘やかしてあげないと、疲れちゃうよ?
一時間前に朋絵に送ったライン。返事を読んで、私は学食でのんびりとアイスコーヒーを飲んでいた。
否定されなかった事にホッとして、学生が少ない中でも堂々としていられる。
いつもの私だったら、人の目が気になって居づらいのに――。
窓際は日差しが当たって、とても暖かかった。自然と欠伸が出てくる。
散々寝たクセに眠たいってどういう事だろうか。まだまだ疲れが取れていない? それとも寝過ぎて疲れてる?
スマホの画面がぼんやりしてきた。これはダメだ。コーヒー、おかわりしよう。
そう思った時だった。目の前にドサッとビニール袋が落ちてきて。
そして、真正面の椅子に滑り込むように現れる男の人。
「花音ちゃん! 良かった!」
まさかの人物に、私も声が大きくなってしまう。
「た、田所さんが大学にいるっ!?」
「そりゃ、いるよ! ここの学生だよ俺!?」
「だってそれ忘れるくらい、田所さんと大学で会った事無いから……」
「言い返せない自分がツラい……!」
田所さんは、掌で顔をおおった。
でも、すぐにそのコミカルさを仕舞って、ふにゃりと、人の良さ全開の笑顔になる。
「留守電ありがとう」
「いえ! 家まで来てくれたそうで……お騒がせしました」
「爆睡してたんだって? 朋絵っち怒ってただろ」
「それはもう……。猛省中です……」
「昨日はパニクっちゃって大変だったんだよ。女の子に泣かれると、男はどうにも駄目だね。何言ってあげればいいのか、何してあげればいいのか」
「朋絵、そこまで……」
「夜中に“花音の家行く!”とか言い始めちゃうから、俺が代わりに出動した訳さ。女の子の夜外出、ダメ! 絶対!」
腕で大きくバツを作った田所さんは、苦笑いした。
「とは言っても、夜中に女の子の部屋訪ねる男もマズイと思うけど」
「いや、それ私の爆睡が無かったら、起こらなかった事態ですから」
「だよな! 花音ちゃんの冬眠のせいだよな!」
「冬眠……」
「せめて生存確認アプリさえ動いてればなぁ」
「うっ……。すみません」
田所さんもそういう認識でしたか……。
実家で親がポットを使うと、遠く離れた子供の携帯にメールが届くというCMを思い出した。二人に「これを使いなさい」と言われる日が来るかもしれない……と、こっそり思う。
(でも、そこまで心配してくれるのは有り難いよね……)
保護者という保護者もいない、独り暮らしの身には心強い。
「にしても、二十四時間以上の睡眠ってすごいよな~。――あ、コレ一緒に食べよう! バイト先で買ってきた昼メシ」
どっしりしていたビニール袋の謎が解けた。
袋をひっくり返すと、沢山のパンがテーブルに。
昼メシ……。田所さん、この量全部食べるつもりだったの!?
「これはまた大漁ですね」
「バイトの特権で型崩れ品を安く分けて貰えるからね。晩飯と朝飯にもなる。節約節約」
「節約は分かりますけど……。ちゃんと栄養取ってくださいね。栄養失調で倒れますよ?」
「それについては問題無し!」
「どこから来るんですか、その自信は……」
マヨコーンのパンが二つあったので一つ貰った。田所さんは「もっと取りなよ」と言う。
こういう時、私は迷ってしまう。
全部違う種類。先に好きなもの選んでいいよ、と譲られると、何を取れば良いのか悩むのだ。
相手が欲しかったのを取っちゃったらどうしようかな、みんなが好きそうなやつは遠慮しとく方が無難かも……といった具合に。
他人が絡んでくると、まずは好みを捨てる。
「花音ちゃんってさ。遠慮がちだよね」
「え?」
「そんなに気遣わなくて良いよ。嫌だったら、先にどうぞなんて言わないから。この間メシ行った時もそうだったじゃん? 好きなの何でもどうぞって言ってるのに、値段もメニューも無難なの選んでた」
「それは……」
「朋絵っちなんて『高くて普段食べられないからコレ食べたい!』『スイーツ二品でいこう。豪華な方は、はんぶんこしましょ!』だよ。あの子ほど天真爛漫でいろとは言わないけどさ、そんな感じで良くないか?」
ブルーベリーとクリームチーズのサンド、クロワッサン、林檎のデニッシュパン。これを右側に。
田所さんは喋りながら分けていく。
「友人同士で遠慮はいらないよ。喧嘩すんのもバカ騒ぎすんのも、友達だから出来るんだろ? 波風立てない様に付き合うのは、ご近所と職場で十分でしょ」
メロンパンに生塩パン、ウインナーロール。それから、ピザトースト。これは左側。
さあ、どうぞ! と両手を広げられ、私は「じゃあ、こっちを」とブルーベリー組を選んだ。
そして、
「えっと……。生塩パン、この間も気になったんですよね……。クロワッサンと交換して貰えますか……?」
思い切って聞いてみる。
「OK! そうこなくっちゃ! 実はこれ、一番のオススメで食べて貰いたかったやつ。塩加減絶妙なんだよね」
「すみません……ありがとうございます」
「“すみません”は、いらないぞ」
田所さんは「うーん」と唸り、腕を組んだ。
「花音ちゃん。謝り癖で自分の価値を下げちゃダメだよ」
「……えっ」
胸に刺さる言葉に、何も返せなかった。
癖と言われるほど、私は「すみません」「ごめんなさい」と口にしていたのか、どうか……。自覚はあまり無い。
「ネガティブだなとは思ってるんですけどね……」
「否定ばっかしてると、悪いものしか見えなくなるんじゃないか? 明るくて良いもの見ようよ、お互い。な!」
豪快にピザトーストにかぶりつく田所さん。
まったくもって、前向きで正直な人だ。
「そうですね……。あ、私コーヒーおかわりするんですけど、田所さん何か飲みます? 買ってきますよ」
「じゃ、俺もコーヒー。あと、コーラ!」
「振り幅が大きい……」
私と全く違う意味で振り幅の大きい田所さんは、あっと言う間にピザトーストを平らげてしまった。
生塩パンは、塩っ気が強めで生地はもちもち。掌と同じ位の大きさなので、一個食べたらお腹いっぱいになりそうだった。
でも、いける。これならもう一個食べれる。オススメされる理由が分かった。
「よっぽど疲れる事でもあったの?」
クロワッサンの生地をポロポロとテーブルにこぼしながら、田所さんが言う。口のまわりには、細かく薄い生地が沢山くっついていた。
「爆睡の原因さ」
「知恵熱が出なかったのが不思議なくらい、精神的に疲れまして」
「へぇ~。そんなに」
「彼の話を色々教えて貰えたんですよ。仕事の事とか、彼自身の事」
落としたパン屑を集める田所さんの手が、止まった。
「聞けたんだ」
「はい。なんで中々話してくれなかったのか、ちょっと納得で」
「そうなの?」
彼、実は死神で、人間じゃなかったんです。
――そんなの言える訳ない。
まだ寝ぼけてるんじゃないの? と笑われるのがオチだ。ミス研(幽霊部員)相手だし、ネタと思われるに決まってる。
「住む世界が違う感じの人というか、仕事も尊すぎるというか……。とにかく、とんでもないエリートさんでした」
嘘は言ってないぞ。嘘は。
田所さんの顔は、絵に描いたような呆気顔だ。
「なるほど」
でも何故か、納得した様に頷いた。
「聞けば聞くほど、私ここに居て良いのかな? って思うばかりで。いえ、まだ全部は聞けてないんですけどね。とにかく情報量が多過ぎてついてけない……」
「そりゃあ、混乱するよねぇ」
するわよねぇ、と言ったのかと思った。
頬に手を当てて少し首を傾げた姿は、ゴミの日の朝に、マンションのエントランスで井戸端会議してるオバサンみたいだったから。
「花音ちゃんの彼は、丁寧に説明してくれてるんだ」
「いっぺんに詰め込んじゃ駄目だ、と」
「ふーん。なるほど」
さっきの「なるほど」と違い、急に冷めた口調になった田所さんは、メロンパンにかぶりつく。
「ね、前にさ、朋絵っちと言ってた“良いイケメン”と“悪いイケメ――」
「結城さんは時々意地悪だけど、悪い人じゃないですよ」
「なんだよ、最後まで言わせてよ~言いたいんだよ~」
「ていうか、その、金の斧銀の斧的なヤツ何なんですか」
「あなたが落としたのは、どちらのイケメンですか? って? ハハッ、面白いね」
田所さんはニヤリと笑った。




