『貴女は透明』6
――長い一日だったな。
実際は、数時間飛ばされているので時間的には短い。でも、体感でいうと倍くらい動いた気がする、主に精神が。
自分の家に戻った事で気が緩んだのか、玄関の僅かな段差につまづき、転びかけた。
勢いでローヒールの靴とスニーカーが散らばったけど、置き直す気力はどこにも無く、そのままフラフラとリビングに。
リビング以外にも、洗面所とキッチンの電気、普段は使わない廊下の間接照明まで点けた。……朝の怖い体験を忘れたかったから。なるべく明るい部屋にいたい。
緑茶のティーパックをマグカップに用意して、らしくもなく鼻歌なんか歌いながら、努めて“普段通り”を演じる。「緑茶って、ぬるめで淹れるんだっけ?」
――演劇部だったくせに、酷いものだ。
濃い目の緑茶が出来上がる頃には、「白々しい演技だな」とガッカリした。
三年間頑張っても、脇役しか貰えなかったわけだ。
演劇サークル――今年、高校の先輩が旗揚げした小劇団に入らなくて良かった……。
多分……いや、きっと、あの勧誘は役者としてではなく小道具係の勧誘だったのだ。先輩には、脇役の演技より手先の器用さを褒められる方が多かったもの。
自負するほど、他人には、認められても求められてもいないのだなと、三年間の部活動で知った。入部してすぐ、準主人公に選ばれた後輩がキラキラして見えた。羨ましかった……。
それでも、三年間の部活動は楽しく、その為に学校に行っていたと言っても過言ではない。脇役も、道具係も、演劇部には必要だ。
緞帳が上がる時の緊張感、ラストの台詞後に湧き上がる拍手を聞いた時の達成感。
一度味わったら、忘れられない感動――。
だけど、私は続けられなかった。
終演後の感動よりも、演りたい役を貰えなかった悔しさと、ずるずると引きずってしまう嫉妬心を、これ以上思い知りたくなかったから……。
なんで、私にはあの後輩の様な才能がなかったんだろう。努力は沢山したけど、彼女には遠く及ばなかった――。
熱湯で入れたお茶を、ちびちびと飲む。
ふぅ……と一息ついて目を閉じ、「やっぱり、入団は断って正解だったな」と思った。
自分の“性質”を聞いて、良かった点を無理矢理上げるならば、それしかない。
『キラキラした舞台の袖で唇を噛み、心に立つ輝きを消さずに済んだ』
そう。これで良かったんだ……。
テーブルの上で倒れているシロップの瓶を、もとに戻した。
(これ……どこに飾ろうかな)
――見渡しても、良い場所が無い。
雑貨でごった返しているこの部屋では、瓶の魅力が埋もれてしまう。シンプルな場所にこれだけを置く。その方が、上品さと可愛らしさの両方が引き立つ気がした。
(我が家でシンプルなトコといえば、玄関の鍵置き場くらいか……)
――と、言うくらい私の部屋には雑貨が溢れている。
お店で一目惚れしたものは、一期一会! と思って買ってしまう。
これあそこに飾ったら……とか、並べて置いてみたら……など考え始めたらテンションが上がり、衝動買いしちゃう事も。
大きな物や高価な物は買わないけど、塵も積もれば山となる。
いつの間にか私の部屋は、それなりには統一性があるものの、棚の上・窓際・壁――雑多な小物でいっぱいになった。
朋絵はよく「数百円の商品を一つ二つ買うだけでも、かなりストレス解消になるよね~」と言う。私はそれに毎回頷いていた。
例えば、百均の商品三つ。五百円の品を一つ買うより、あまり罪悪感が無く、得した気分になる――気がする。
そんなこんなで、罪悪感無く欲求を満たしてくれる雑貨屋巡りは、私の一番のストレス解消法だ。
でも今は……。
何気なくそうして過ごして来た事が、少し怖い。
(雑貨を買う様に誰かの魂を集めていたら、どうしよう)
「…………」
いや、と、頭を振って考えを飛ばした。
ネガティブ思考の迷路は危険。
――花音さんは、良くも悪くも振り幅が大きいので……私は心配ですよ。
脳内で結城さんの声が再生された。
「あ~もう……。言われたそばからコレだもんな」
――一分でも早く貴女を眠らせてあげたかったのでしょう。
――その“誰か”は、花音さんに無茶はさせたくないようですね。
目を瞑り、天を仰ぐ。
疲労困憊の夜。
死神さんと“誰か”さんに、こうも言われているのだ。
『かみさまのいうとおり』
今日はもう、寝たほうが良い……。




