『貴女は透明』3
結城さんは一瞬で雰囲気を変える人だ。柔らかな物腰で喋っていたかと思えば、冷ややかに笑う。心地よい甘い低音は、時に苦い重低音になり私を縛る。
「花音さん」
結城さんがちょっと目を細め口元を引き上げただけで、明るい中庭が監獄に見え始めた。
――縛られた。逃げ場が無い。
これから私は尋問されて追い詰められていくのだろうか。逃げて逃げて、とうとう捕まった犯人みたいに。
(私の考え……間違ってるんだ……)
「思い上がりもいいところですね」とハッキリ言われるんじゃないかと思うと、怖くて、結城さんの顔が見れなくなった。
「人間の魂を形にすると、心臓より少し小さな青い炎――当然ご存知でしょう?」
「え?」
「思い出してない、と?」
「いえ……青い炎は……」
怪訝そうに言われ、俯いたまま口ごもる。
確かに見た。しかもその炎を私は掴んでいる。
でもそれって――。
「待ってください……。じゃあ、私はあの時、お父さんの……」
「掠め取った。肉体から離れる直前の魂を」
「とっ……た?」
結城さんは席を立ち、薔薇の木に歩み寄ると、萎れかけた白い花を手折った。
「そう。こんな風に」
掌に白い薔薇。結城さんは、横に咲く赤い薔薇も手折る。彼の両手は赤と白の花で塞がった。
「二人分」
「二人分って……」
(お父さんと、お母さん……)
「あの日は二十名分回収のはずだったのに、掬えたのは十七。いくら実習中とはいえ、三つも数が合わないとなれば大目玉ですよ。だけど花音さんを見付けて、その理由が分かりました」
「私が、原因なんですね……。私が取った……から」
「そうです」
どうしてそんなこと。
思っても、口に出せなかった。
自分のことなのに全く分からない――。
ピリピリとした痛みが再び指先に現れ、あの時の倦怠感や空気の熱さなど、感覚が全身に蘇ってくる。
「寒い」とお父さんは言っていた。私が炎を取ってあげたら「もう寒くない」とも。
お父さんの眠った顔に私は安心したのだ。だから、ホッとした分、身体もチョットだけ楽になって……。
「花音さんは、お父様の魂を使ったんです。――自分が助かる為に」
「はっ!?」
結城さんは、白い薔薇をぐしゃっと握りつぶした。
そして、私の頭上から花弁を雪の様に降らせ、硬直した私の顔を覗き込んでくる。
「自分の炎に他人の炎を加えて、消えかかっていた灯を取り戻したのでしょう?」
「そ、そんなの……出来る訳、ない」
「出来るから、花音さんはこうして生きているのでは?」
「でも」
私は恐る恐る結城さんを見上げた。
「本当に何も分からないんです! 私はただ助けたいって思ったから――」
「『助けたい』ではなく『助かりたい』と思ったのですよ、貴女は」
「ッ!」
結城さんは淡々とした口調で言い放った。
「ところで花音さん。お母様の魂はどうしました? まだ隠し持って?」
「どういう意味……ですか」
「それとも、もう使ってしまった?」
くしゃり。
握り潰されるもう一つの薔薇。
今度は赤い花弁が降ってくる。
深紅の薔薇はまるで血液の様で、崩れ落ちる鉄くずの光景と重なると、お母さんの最期を無理矢理に連想させられた。
(私……が? この手で……?)
「結城さんが、連れて行ってくれた……んじゃないんですか?」
「花音さんが取ったと言ったばかりでしょう」
「……」
膝の震えが止まらない。
(――違う。私じゃない)
動揺を隠そうと紅茶に手を伸ばしたけれど、逆効果だった。カチャカチャと音を立てるカップとソーサー。
腕は金縛りにあった様に動かなくなった。
「死にかけのボロボロ状態なのに生気溢れる目をした、死んでいるはずだった子供。近くには空っぽの死体が二体」
結城さんが溜息を吐く。そして苦笑した。
「あれは、貴女にしか出来ませんよ。だって――」
「じゃあ私を殺せば良かったじゃないっ!」
「ッ!?」
我慢していた。
我慢していたのに――!
結城さんの言葉は、私の感情を激しく揺さぶる。
「私が取った……って言うなら……私から取り戻せばいいでしょ! お父さんの魂もお母さんの魂も! 私のもっ!!」
「花音さん……」
「私にしか出来ないって、なに? 親の命を奪って生きる事ですか? 自分の為なら他はどうでもいいって考える事ですか?」
胸ぐらをつかんで怒鳴った。これでもかって位に拳を叩きつけても、結城さんはびくともしない。
「そんなことしてまで……生きたくない!」
激昂して人に噛み付いた経験はこれまで無かった。
そういう相手がいなかったのもあるけど、その前に他人と深く関わらない様にしてきたからだ。一番傷付かずにいられる、自衛策。
でも、私という存在が誰かを脅かすものならば、全ては覆る。
私が居なければ、自分も他人も、誰も傷付かないで済むのだ――。




