『必然に決まっているでしょう』9
***
――バチバチバチッ!
つんざく様な爆音に、意識が浮上した。
真っ暗だった世界が徐々に明るくなる。
――気持ち悪い。めまいがする。口内いっぱいに溜まっていた鉄臭い液体を吐き出す。
むせると身体がギシギシと鳴り、呼吸がし辛くなった。酸素を求めて口を開けば、激痛に喉を一瞬塞がれる。
――苦しい。痛い。苦しい。
それでも、必死にもがいて、抗った。
だって、“本能”が「そうしろ」と言っている――。
いくらかまともに呼吸が出来るようになっても、激痛と苦しみはちっとも減らなかった。
(だれか……たすけて)
流れ続ける涙と一緒に、この身から出ていってくれればいいのに。
でも、「駄目だ」と言われた。
それらを全て流してしまえば、お前は死んでしまう。涙を枯らしてもその苦痛は枯らすな――と。
これも本能が言っているのだろうか……。
(ここ……どこ……?)
身体はまるで岩だった。自由がきかずびくともしない。だから、眼球だけ動かして周りを見た。
頬に触れる草、燃えている木、大きな鉄のかたまり。
焦げ臭い。吐き気をもよおす変な臭いも混ざってる。
なんだこれは。どうしてこんな所に、こんな酷い状態で放って置かれている……?
時々襲ってくる痛みに耐えながら、視界にある様々な物を見た。
草、木、鉄のかたまり……嫌な臭い。
探しても、それしか見えなかった。
諦めて目を瞑る。
……もう疲れた。きっとこのまま、ゆっくりと終わっていくのかもしれない。
(おわる? なにが?)
わたし、死ぬの?
「……ガッ……のッ」
「ッ!?」
突然、足元から人の呻き声がした。
驚きと恐怖から、無理矢理首を動かして声のする方を見る。丸太だと思っていたのは人で、あちらも私を見て驚いている様だった。
「……か、のん……いきて……る」
生きてるのか? とその人は言う。目で返事をすると、その人はズルズルと這って近付いて来た。
頭と口から血を流し、全身傷だらけ。
土色の顔色が迫ってくる。まるでゾンビだ。
そういえば、お父さんが観ていた映画に、ゾンビに追われパニックになっている人間達の話があったっけ……。
(おとうさん……?)
――そうだ! お父さんだ。あの人は、さっきまで隣で笑っていた、お父さん!
「よか……っ、いき、て」
血塗れの手で頬を撫でられた。生暖かな大きな手は震えている。微笑むと、口から血が垂れて……。
家族だと分かっても、安心感より恐怖が勝り体が震え始める。
今まで一度も味わったことのない恐ろしさを、お父さんに感じてしまった。
「寒いのか……花、のん? ああ……お父さんもだよ、寒、い」
(寒くないよ。だって木が、燃えてるんだよ? 私は熱い)
首を振ったつもりでも、多分動かせていないのだろう。
お父さんはジッと私を見つめ、「そうか」と瞳を潤ませた。
「なんで……こん、な……。死にたく、ないな……」
バス――。
呟きが鉄の軋む音に重なる。
「旅行、なんかつれてこ……ば……。ごめんな、かの……」
「……?」
「さむ、い」
「おと……?」
お父さんが喋っている間、私の目は小さな青い炎に釘付けだった。
声を発するたびに上下する胸の所で、それがチラチラと光っているのだ。
(おとうさん寒いの、これのせい?)
だって青い火なんて見たことない。これ、絶対おかしいよ。
取ってあげなきゃ――私は自然とそう思った。
これは取れるものだ。お父さんから離せば、きっと寒いのもおさまるはずなんだ。
手を伸ばすと炎は簡単に掴めた。ちょっとだけ指先が痛いだけで、熱くない。
そのまま引き抜く。
「もう……さむくない?」
「ッ!?」
お父さんから離すと、あっという間に青い炎は消えた――。
「か……のん?」
「さむく……ないよね?」
私を見る血走った目から、ひと粒の涙が落ちる。
「……あぁ……」
お父さんは、いつもと同じ優しい微笑みを浮かべ、目を閉じた――。
そのまま眠ったようだ。
やっぱり青い炎の仕業だったんだ。あれが消えてから、私も少し楽になった気がする……?
肩と左足は、変わらずギシギシ、ズキズキと痛んで、痛みの波がやってくると「ぐっ……」と声が出た。
けれど、呼吸すると響く胸の痛みは、ほとんど無い。
そのおかげで余裕がうまれたのか、ぼんやりとしか見えなかった周りの状況が、少しずつ分かってきた……。
大きな鉄くずはバスだった。
窓ガラスはほとんど割れていて、窓枠部分が所々くの字に曲がっている。青い二人がけの座席がひっくり返っているのも見えた。
バスに乗っていた他の人達はどうなったんだろう……。
眠っているお父さんの顔と、カラフルな“バスだった塊”を、何度も見比べた。
まだ……あの中に――?
ゾクッと寒気がした。
だとしたら、あそこにお母さんがいる。いるかもしれない。
まだマシな右足と腕を動かして、草むらを這う。チクチクと頬を突いてくる草が鬱陶しかった。
「おかあさん、おかあさんっ」
呼ぶと、どこからか男の人の呻き声が聞こえて。
「うる……さい」
探しているのはお母さんだ。あの人は知らない。だから返事はしなくていい……。
私はもう一度呼んだ。泣きたくなる。お母さんどこ?
「花音ちゃん」
――かすれ声がバスの中から聞こえた。
すぐ目の前の隙間からだ。目をこらすと、奥の暗闇に白い手。小さな青色。
涙が一瞬で消える。
「またあれだ……」
「駄目よ。やめなさい!」
「でも……」
隙間に手を突っ込んだら怒られた。
「離れて……お願い……」
「おかあさん? ないてるの? いたいの?」
「ダメッ!」
お母さんが怒鳴るとバスが異様な音をたて始めた。
ギギ……ギギギ……
キーキーと耳が痛くなる甲高い音も。
「?」
さらに狭くなった隙間を覗く。
白い手は見えない。でも、青い炎はまだそこにあった。
「はやく、とらないと」
(おかあさんが……)
手を伸ばそうとした次の瞬間だった。バスが揺れる。
「え……?」
一際大きな音に襲われ、私の頭は真っ白になって――。
気が付いた時には、辺りはしんと静まり返っていた。
誰かの呻き声も消えた。
代わりに葉擦れの音と鳥の鳴き声。こんな状況になる前は、山道を行くバスに乗っていたと思い出す。――バスは……落ちたんだ。
やがて、遠くから救急車や消防車のサイレンが聞こえてきた。
山にこだまして、さらに、そのこだまも山に響き渡り、幾重にも幾重にも重なる。
甲高い輪唱を聞いていると、何故か「ああ……もう駄目だ」と追い詰められた。これで終わりなんだ。もうどこにも行けない――。
その途端、がくんと力が抜けて倒れ込んだ。身体の痛みを感じなくなり、視界が霞んでいく。
死にたくないな……。お父さんと同じく思った。
「ぴったり二十と聞いていたんだけど……。数が合わない」
サクサクと草を踏みしめる音。そして呟き。
誰か来た……。助けてくれる人?
閉じかけた目をゆっくり開けば、正面から黒い革靴が迫ってくる。でもそれは、大人の足には見えなかった――。
「ああ……! そういう事ですか」
と、少年の顔が忽然と目の前に現れる。しゃがんで私の顔を覗く彼は、ニッコリと笑った。
「君の仕業ですね。習ってはいたけど、実際に見るのは初めてです」
綺麗な顔に、汚れも破れも無い服装。
明らかに乗客じゃない。
「本当に透明だ。凄いですね、どうやって隠すんですか?」
(このひと、どこからきたんだろう)
「うーん……。説明するのはちょっと難しいかな」
(たすけてくれるひと?)
「でも君、助けなくても平気じゃないですか」
(ねぇ……なんでしゃべってないのに、わかるの……)
「そういう性質なので、としか……」
困った様に笑う少年は、ちょこんと首を傾げる。
「僕に文句を言っても無駄ですよ? たとえ他の手段を取っていたとしても、結果は同じだったでしょうね……。――あ、もう来ちゃいましたか。案外早いものなんですねぇ」
サイレンの音が止み、にわかに上が騒がしくなってきた。
少年は辺りを見渡すと溜息を吐く。
「はぁ~……光稀はまた暴走ですか……」
「……ミツ……?」
「もう少しお話したかったな、残念です」
この人は一体何者なんだろう?
どこから来て、どこへ行ってしまうのか……。
「偶然に感謝しましょう。どうやら僕は恵まれてる様だ」
惨状の中で嬉しそうに笑う顔。言っている事も相当おかしくて、酷い。
すぐ後ろに怪我をしてるお父さんが倒れていようが、バスの下敷きになったお母さんがいようが、関係無いらしい。
それでも、私はこの頭がおかしい人に縋っていた。
助けてくれる人達がもうじき来てくれる。
それなのに、助けてくれない彼が、大人達を避け居なくなってしまうのなら、いっそ死にかけのままでも構わないと思っている。
私も狂っていた――。
「大丈夫。僕が必ず探し出しますよ。だから君は、そのまま冷酷無残に生きていてくださいね」
額と額を合わせてから、彼は耳元で囁く。
ゆっくりとした口調と低い声。
急激な眠気に襲われた私は、彼が去っていく姿を見れなかった――。




