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隣人は甘く囁く~透明な魂と祈りのうた~  作者: 奏 みくみ
『必然に決まっているでしょう』
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『必然に決まっているでしょう』7



帰り道は、時間も遅いので車の往来が少なくなり、歩行者もあまりいなかった。


 一人で歩くとなると結構心細いと思う。不審者という文字も浮かんだ。


 反対車線を走る車のヘッドライトが、結城さんの綺麗な顔をパッと照らしていった。そこで私はやっと気付いたのだ。


 あのまま走って帰っていたら、家に着く頃にはかなり濡れていたはず。一人で時間を潰していたら、この、寂しくて背後が怖い道を背を丸めて歩いていただろう。


 結城さんに会え、彼がお茶に誘ってくれたから、私はこうして背筋を伸ばして歩けている……。


「結城さんとバッタリ会うと、いつも救われるというか……。なんかありがとうございます」

「どうしたんです、急に」

「色んな人と縁が繋がっていくし。不思議」

「――それは良かった。種族が違うと考え方も違いますしね。人生観も変わるかもしれません」

「種族って……。結城さん、時々もの凄いこと言いますよねぇ」

「えっ、そうですか?」


 結城さんは苦笑いしながら首を傾げる。


「……そういうものなんでしょうか?」


 これには笑ってしまった。結城さんって、やっぱり不思議な人だ――。



 マンションのエントランスと廊下は、静まり返っていた。


 鍵に付けたキーホルダーがシャラっと鳴る音が、一番端の家まで聞こえてるんじゃないかと思う位に。


 だから、結城さんの私を呼び止める声も普段より大きく聞こえた。


「今日、例の抱えていた案件が片付きまして」

「そうなんだ! それはお疲れ様でした」

「正確に言うとあと一つ残っているんですけどね。まぁ、そちらも数日でどうにかなるでしょう」

「おお~……」


 ぱちぱちと手を叩くフリをしたら、結城さんはニッコリと頷く。


「やっと花音さんにもお話出来ます」

「……お仕事の件ですね」

「ええ。それから、私のことも」


 ゴクリと喉がなってしまった。


 別れ際のこのタイミングで言うなんて、結城さんも人が悪い。


 カフェや帰り道でも話せたのに……。


「まさか、今ここで……とか言いませんよね?」

「さすがにそれは。話したいことは山ほどあります。ナユタ達の店で、ゆっくり落ち着いて話したいです」

「の、のぞむところですっ! 覚悟は出来てます!」

「はは……。そこまで言われてしまうと、自分のことを打ち明けるだけなのに緊張してしまいますねぇ。受け入れてもらえるのか……という不安もありますし」


(完璧超人な結城さんでも、緊張したり不安になったりするんだ……。って、そりゃあするか! 人間だもの!)


「と、いうことで」

「ん? どういうことです?」

「これを花音さんに」


 結城さんはスーツの胸ポケットから何かを取り出し、私の掌に乗せた。


 親指より少し小さな、とても凝った作りのお洒落な瓶だ。


 それに半分ほど入った薄いピンクの液体は……


「香水ですか? アロマオイル? 可愛い~」

「甘いシロップみたいなものです。私の周りではお酒に入れて嗜む者が多いですが……。花音さんは、お酒飲めませんからねぇ」

「……」


 苦笑いしかない。


「そうだ……紅茶に淹れてみては? 香りもいいので、いつもとは違った味が楽しめると思いますよ」

「紅茶! 美味しそうですね。……いただいていいんですか?」

「勿論。貴女に贈りたくて取り寄せた品です」

「えっ……。そんな、わざわざ……?」

「ハイ」


 瓶ごと私の手を握り、結城さんが笑う。


 その表情にドキッとした。ときめいたからじゃない。貼り付けた様な笑顔を見てしまったからだ。


 私の一瞬の動揺は、すぐにバレたに違いない。結城さんの指先に力が入った。


「あ……ありがとうございます。嬉しい」

「いえいえ。コレで私という存在を理解していただくのも、良いかなと――」

「これで? ですか?」

「……」


 結城さんから笑顔の仮面が消えた。瞬きしてる間に、いつもの妖艶な微笑みに変わる。


 すると、綺麗な顔をスイッと私の耳元へ近付けて、結城さんは囁いた。


「それだけじゃ、全ては分かりませんけどね」


 低く甘い声に背中がゾクッとした――。

 

 

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