『必然に決まっているでしょう』5
◆another side◆
美咲が丘駅を出たところで着信音にしている黒電話のベルが聞こえ、田所は足を止めた。
カバンの中は窮屈で嫌だ、早く出せ、と喚くものを探り取り出す。
液晶画面には受話器のマークと「着信中」とだけで、相手の電話番号や公衆電話の文字はどこにも無い――。
田所は慌てて電話に出た。
「ハ、ハイッ!」
『お元気そうで何よりです』
クスクスと相手が笑う。
「……ありがとうございます」
聞きなれた口調だが声が違った。成人男性ではなく何故か少年の声。田所はキョロキョロと辺りを見渡した。
『君はいつも通話相手を探すのですか? そばにいるとは限らないのに?』
「あなたなら近くにいると思ったんですよ。ていうか、その声……」
『ああ、今日は“借りてる”ので。そこから少し左を……そうです』
言われるまま視線を移動する。と、美咲が丘駅前のシンボル――花時計が目に入った。
待ち合わせ場所の定番となっている花時計の前には、今日も多くの人がスマホ片手に立っている。行き交う人達に視線を何度か遮られながらも、田所は彼を探した。
数秒後、フッと人の波が途切れた時だった。視線の先に少年がひとり。……スマホを持つ手に思わず力が入る。
『こんにちは』
花時計の前に立つ可愛らしい少年の唇の動きが、耳に響く声とシンクロする。
『田所君は相変わらず働き者ですねぇ』
戸惑う田所に、少年はニッコリと笑った。
(私立小学校の制服……? でも、この辺じゃ見たことない制服だよな……ランドセルも背負ってないし……それに)
少年の後ろにある大きな時計の短針は一を、長針は三を指している。制服姿の小学生がウロウロするような時間ではない。
明らかに、ここでは浮いた存在だ。
それなのに周りの大人達は、鞄も背負わず電話をしている少年を気にも止めていない。
(借りてるって……)
――田所はそこで気が付いた。そうか。彼は見えない存在なのか……。
『バイトが終わった後ですが』
「えっ? ……あ、はい」
『奥村花音と折原朋絵、二人を誘って食事にでも行ってください』
彼の用件は、いつも前置き無く唐突に始まる。
今回もそうだった。
「はっ!?」
『たまには君も休んだ方が良いですよ?』
「いや、待ってください……だからといってなんで二人を……!」
通行人の隙間から見える少年の笑みが、急に恐ろしくなってきた。
後輩の彼女達を彼が知っているのは、何も不思議ではないと思う。
――あの人は“そういう人”なのだ。大抵の事は、自分が説明するまでもなく知られている。
不思議なのは、知っていても干渉してこなかった彼が動いた事だ。……いや、ここはあえて不気味と言わせてもらおう――。
田所の額にじわりと汗が滲む。
『そんな怖い顔をしなくても。二人をどうこうしようって話じゃありませんよ。少し時間稼ぎをしてもらいたいんです』
「時間稼ぎ……」
『ええ。抱えている仕事をこれから一気に片付ける予定なのですが、その最中に二人に再チャレンジされると困るもので』
「再チャレンジって……。もしかしてあの店に行きたいって言ってた朋絵っちの……」
『場所も近いですしね。危ないでしょう?』
肩を竦める少年が見えた。
「時間稼ぎじゃなくて厄介払いみたいに聞こえます」
『おや。怒っているのですか? 珍しい』
「怒ってはいませんけど……」
『朋絵さんは案内されていないので、路地裏には入れない。自治会長も彼女を招き入れなかった』
(あなたがそうさせたんじゃないですか……?)
田所はグッと言葉を飲み込んだ。
彼の低い声が圧をかけてきたからだ。
『あなたが朋絵さんを招き入れたいと言うなら、私も一考しますが』
「……いえ。彼女達は――」
言いかけてハッとする。
そういえば、さっきから朋絵の名は出てきているのに花音の名が――。
(朋絵っち“は”、案内されてないって……)
「仕事と言いましたよね……? 危ないとか、店に近いとか――それもしかして」
『バス事故』
「――ッ!」
返ってきたのは一言だけ。
だが、田所にはそれだけで十分だった。
脳内に花音とのやり取りが蘇る。パン屋で偶然会った時に打ち明けられた、隣人の彼氏の話――花音の悩み。教えてもらえない彼の“仕事”について。
「花音ちゃんの彼氏ってまさか……!」
『……』
「一体何するつもりなんですか!? なんで彼女を巻き込んで――」
『田所君』
再び低い声が田所を押さえつけた。
『人聞きの悪い事を言わないでください。事故に関しては、私も巻き込まれた側ですよ……』
「……え?」
『君には関係ない事です』
行き交う人々が鉄格子の様だった。田所と少年を分断する冷たい壁。
隙間から手を伸ばせば触れ合う事が出来るのに、相手が拒否するので叶わない。
牢獄の囚人みたいだ……と田所は思った。
『田所君も働いてばかりいないで、もっと若者らしく過ごせば良いと私は思うんですけどねぇ……。勉強、恋愛、沢山あるでしょう?』
細くなる大きな瞳。
愛らしい顔の少年が、不気味に笑う。
「あ……の……俺は……」
固まって動けなくなった田所を満足そうに見つめながら、
『では、また』
彼――結城は電話を切った。




