『必然に決まっているでしょう』4
「田所さんってさ。なんでバイトばっかりしてるの? 大学本当に来てる?」
「えっ?」
「えぇっ!?」
食事が済んだ頃、再び田所さんの話題を引っ張り出したのは朋絵だった。
(とーもーえーッ!)
人が躊躇して自重すべきか悩んでいたのを! そういとも簡単に聞くか!
飲んでいたアイスティー吹くかと思ったよ!
「今日のお給料日って、コンビニとかビルの警備員とか夜勤のなんでしょ? 昼間は本屋以外でもバイトしてるみたいだし……。ちゃんと寝てる? 最近ちょっと顔色悪い時ない?」
「え……いや……」
ビルの警備員もやってるのか……夜の人気無いビルは怖そうだ……と、私は間抜けにもどうでもよさそうな事を考えていた。
テーブル越しの田所さんにズイッと詰め寄る朋絵と、背を反らし朋絵の童顔から逃げる田所さんの姿を見て、ようやく話に追い付く。
「寝不足ですか? 無茶する必要ないなら、一つくらい減らしても……。若くたって過労死ありますよ!」
「まさか凄い額の借金あって怖い人達から脅されてるの!? 毎晩ドア蹴って取り立てに来るとか……。私の叔父さん弁護士やってるから相談に乗ってもらう!?」
「ちょっとちょっと待ってよ、お二人さん」
居住まいを正した田所さんは、微苦笑を浮かべた。
「俺、別に借金抱えて生活に困ってる訳じゃないよ。大学もそれなりには行ってます!」
「それなりって……」
朋絵が眉を顰めた。不満そうに。
食器を下げに来た店員さんが「デザートお持ちしてよろしいですか?」と私達に言った。三人で同時に頷くと、鉄板やスープ皿を器用に持ち店員は厨房へ戻って行く。
奥に座る朋絵は、残った自分の分をテーブルの端へやり、食器を下げやすい位置に移動させた。
「俺さぁ、小学生の頃から野球やっててね」
朋絵の行動に手を貸しながら、田所さんが口を開いた。
「だけど高校で……。身体壊してリタイアする羽目になった。どうすれば良いのか分からなくてあの時はマジで泣いたよ」
「……」
「田所さん……」
「朝から晩まで野球ばっかりだったろ? そのせいか運動してねぇと不安で。しばらくはクラスメイトとバカやったりしたけど、まぁ……それだけじゃ鬱憤晴らすもなにも……」
店内は、いつの間にかほとんどの座席が埋まっていた。
あちこちで学生の楽しそうな笑い声。田所さんは彼らの声を目を閉じ聞いていた。
「バイトし始めてやっと楽になった。根っからの体育系ってこんなもん……っつうの? 大変だけど楽しいんだ、今の俺は。で、気付いたらバイトが趣味」
残っていたコーラをぐっと飲み干してから田所さんは頭を掻く。朋絵が俯いてしまった事に気付いたのだ。
「二人とも心配してくれてありがとうな。俺、運動バカだから全然大丈夫! ね?」
ね? は、朋絵に向けられた。
私も隣に座る朋絵の顔をチラッと覗く。ゆるくウェーブのかかった柔らかい髪の隙間から見えた表情は、明らかに安堵していた。朋絵は、私なんかよりずっと田所さんの事を心配していたのだ。
彼女の膝の上で震えていた小さな拳が少しづつ落ち着きを取り戻して……。ああ、良かった。良かったね、朋絵。
「……よかった……私これで安心できる」
朋絵の言葉に田所さんの耳が一瞬で赤くなった。今度は田所さんが俯いてしまう。
恋愛向きじゃない、俺じゃ駄目なんだ、と色々言ってた割に、初恋が実った初々しい少年みたいな反応。
(こっちが恥ずかしくなってきた……田所さん、やっぱり朋絵に気持ちを伝えていいと思うよ!)
そっと心の中でガッツポーズする私。
でも、
「いくら給料日でも、生活大変な人に奢って貰うなんて……って思ってたから。良かったぁ、ありがとう田所さん~」
のほほんとした朋絵の調子に、私の拳は行き場を無くし、俯いていた田所さんの顔はそのままテーブルに落ちた。
「朋絵っち……。……うん、いっぱい食べてね。田所さん今日は太っ腹だから、テイクアウト分もオッケーです……」
「ふふっ」
――ごめん、田所さん。朋絵ってたまに迷走するの忘れてたよ……。
二人がドリンクバーへ行った直後にデザートが来た。
チョコレートパフェ、チーズケーキ、フルーツタルト、モンブラン。この内の二つは絶対に朋絵だ。
あんな事言っておいて、ちゃっかり注文はしてたって……実に朋絵らしい。
フルーツタルトを取りドリンクバーに目を向けた。学生と子供でゴチャゴチャしている中、田所さんの頭がポンっと飛び出ている。
(野球部だったってのは意外だったかも。あの背の高さなら、バレーとかバスケでも活躍出来たんだろうなぁ……)
身体さえ壊さなければ。
田所さんも一度は思ったに違いない――。
「……はぁ……」
氷が全部溶けて色が薄くなった烏龍茶をストローでかき混ぜた。見た目通り味も薄い。
私はどうなんだろう?
こんな風に薄い人間性しか無い奴なのか……。
田所さんの話を聞いてる最中、彼と同じ様なやるせない顔をしていたのに、心の中の私は無表情だった。
聞きながら期待していた自分がいた。この人が私よりも辛い経験を味わった、悲しい人であれば……と。
自分の辛さを薄めたくて、誰かの苦しみを利用しようとしたのだ。
「私の方がマシ」「私の方が苦難を乗り越えてるからすごい」 と優劣をつけ、自分の気持ちを誤魔化す為に。
最低だ。酷い奴だ。そう自分で自分を罵って叱ってきたのに……。
まだ私、この最悪な自分を消せないでいる――。
後ろ向きな考え方で自分を奮い立たせる私と違って、田所さんはとても前向きな人だ。
憧れる。私もそういう人間になりたい――。
「花音も新しいの入れてくる?」
「うん。あったかい紅茶飲もうっと」
戻ってきた二人と交代で席を立った。
ドリンクバーから朋絵と田所さんを見たら、何故かチョコレートパフェを取り合ってて……笑ってしまう。
「何やってんだか……」
ちょっとだけ寂しさを感じたのは、きっと二人が羨ましいと思ったからだ――。




