『油断しないで』20
彼女のその言葉は、自分を楽にしてくれた。……きっとどこかで、彼女が言う様な言葉を誰かから貰いたかったんだと思う。
お前だけのせいじゃないのだから仕方ないよ、という免罪符の言葉。もっとも、正当化、という言葉も脳をかすめたけれども。
ところがだ。楽になったのも束の間。
次に続くミツキさんのフォロー……いや、主張に、私は度肝を抜かれる事になった。
「悪いのは、その時欲をセーブしなかった零でしょうが! ヒトのものに手を出す時は礼儀をわきまえなきゃいけないの! コソコソしないで、堂々とツムグの前で欲を解放しなさいよ! 全く、小心もいいトコだわッ」
「……え」
ミツキさんが興奮しているのは口調ですぐ解った。
後ろに、バーン! という文字でも背負いそうな勢い。その勢いのままに凄い事を言われると、私の体も思考も、彼女に追いつけずに固まる。
「ミ、ミツキさ……ん?」
(今、なんと?)
「ひとりの女を取り合うのは結構だけど、片やガッツリ独占欲全開な割にモタモタままならない、片や横取り狙う腹黒なくせに小心捨てきれずままならない! 実際間に挟まれる女の身になれっての! オイシイとこ取りだけなコッチはどっちも魅力的だから決められないんじゃない、ねぇ花音ちゃん、そうでしょ!? 女ってそういうモンなのよね?」
「おいしいとこどり? 魅力的……? っ!? 違いますよっ!!」
「え!? 違うのっ!?」
(そんな「嘘でしょ!」みたいな顔されても!)
ままならない、ままならない、と悶絶の上にこの興奮具合とは……一体……。
座ったまま身体をジタバタさせてる姿からは、先程の官能的な妖艶さは全く消えてしまっていた。今度は一転、まるで女子高校生が弾けた恋バナしてるみたいなノリだ。……ん? それ以上?
いやいや。そんな事はともかく、ミツキさんはどうしてしまったのか。
ワイン一杯で、すっかり酔ってしまったのだろうか?
アルコール好きとアルコール耐性は必ずしも一致しない。ミツキさんってもしかして、お酒に弱いんじゃ……。
「ミツキさん、まず落ち着いて……」
――確か、こんな台詞を数分前、他ならぬこの人に言われた気がする。
「えっと水……。ってか、ワインいつの間に無いしっ!?」
――転がってるワインボトルに驚愕。いつそんなに飲んだの!?
まったくもって変わってしまった状況に、私はいつの間にか事態を収拾すべく冷静にならざるを得なくなった。
涙も後ろめたさも、どっかへ吹っ飛んだ。
「だって! 世に溢れる三角関係描いた漫画は、みーんなオンナが“どうしよう! どっちの彼も素敵だから選べないわ!”って悶えてるじゃない!?」
「どうしてそこで漫画参考なんですっ?」
「TL小説とかなんか、もっともっと色んな意味で楽しそうなのにッ!」
「っ!?」
まず彼女の中で繰り広げられている恋愛ドラマを停止させないと、私の方の話がややこしくなるばかりだ。
――だって私の相談は、そんなに華やかでスキャンダラスじゃ……ないっ!
「それにね? 花音ちゃん!」
「……ミツキさん……。いったん漫画と小説から離れて」
ハイテンションな大人に突っ込みを入れつつ、私は溜息まじりに転がってたワインボトルを起立させた。
中身を抜かれた焦げ茶の瓶は、隣の美人とは反対に……。
大人しく言う事を聞いてくれた。
話題の方向性を見失いかけてるのは危機だ。
(ミツキさん、恋愛話なんか特に頼りになると思ってたんだけど……)
女子でも、飲みながら相談し合うなんて割とよくあると思う。お酒が入ると、精神的な解放感が強まるからなのかな……?
普段口にしづらい話もしやすく、思い切って聞いてみちゃう……とか、よくある話じゃない?
うーん、でも。ミツキさん相手にそれはどうやら禁止事項だったらしい。初めからそれを知ってれば、話題の振り方も相談方法も熟考出来たのに!
私は「むぅ……」と唸りつつ、ピクルスをかじった。




