『油断しないで』18
「ツムグはまだ帰ってないの? しょうがないわねぇ、今日は“コンソランテ”には寄らないって聞いたからコッチに来たのに。しかも、こんなカワイイ子を寒い中待たせるなんてっ」
「え? あ、あの……。なんでここに……」
「とにかく入りましょ? ハナシは中に入ってから!」
「っ!?」
ハンドバックから当たり前の様に出てきた鍵に、目を丸くした。
え? ちょ! なんで鍵……!?
ツムグ、って結城さんの名前……?
「か……ぎ! あのっ!」
「ほらほら! 早く」
強引に。押し込められる勢いで。
廊下に置きっぱなしになっていた袋もサッと取り、呆然としてる私も小さな荷物の如く軽々移動。
あれよあれよという間に、私は結城さん宅のリビング、ソファーに座らせられていて。
(この人何? ……合鍵って何??)
ちょこん、と端っこに座り、私は、いそいそキッチンで冷蔵庫を開けたり戸棚を見たりしてる美人の後ろ姿を、ただ見る事だけしか出来なくなった。
「相変わらず肝心なものは無いのねぇ。良かったわー、チーズとテイクアウトのアンティパスト買ってきて。あ! トマト発見~。これでカプレーゼも……ちょっと! バジリコもオレガノも無いじゃないのぉ」
(ぶ、物色してる……!?)
人様の家の冷蔵庫を勝手に見れるとなると、余程の図々しさを持ち合わせる人物か、その家の家主と相当親密な付き合いがあるか……。
彼女の場合、前者とは思えない。合鍵を持ってる事から、後者側であることは明白だ。
合鍵を持つことを許される異性……。イコール彼女。私の頭の中にはそんな単純な式が浮かんだ。
彼女も『彼女』? 私も『彼女』?
え。それとも私、まさかの……?
ぐるぐると巡る受け入れられない、受け入れたくない嫌な予感。ここでも私は頭を抱える。
「ツムグまだだけど、女子だけで勝手に始めちゃいましょ? えっと……あ!」
テーブルにはワイン数本とグラス。キチンとお皿に盛りつけされたアンティパスト数品。
更には、私が買ってきたパンの中からフランスパンがガーリックトーストになって出てきていた。
い……いつの間に!?
「ごめんなさいね。自己紹介がまだだったわねぇ。ワタシはミツキよ」
「……花音、です……」
「カノンちゃん! 字は?」
「花に、音です……」
「やんっ! イイ名前っ!」
テンションの高い美人さんだった。最初の印象と随分違う。あの一瞬では、とても知的に見えたから。
もしかして、もうワイン飲んでるんじゃ?
「ふふっ、アナタがツムグの彼女だったって訳ねぇ」
「え?」
「アラ、誤解させちゃった? ワタシは、ツムグとはただの幼馴染。第二のオンナじゃないから心配しないでね?」
「幼馴染……なんですか!」
二重三重にビックリだった。
そして、驚きの中すごくホッとしてる自分。
私、ちゃんと? 一応? 彼女の位置にいるらしい。
「腐れ縁ってやつよぉ。仕事こそちょっと方向性違うけど、時々持ちつ持たれつみたいな所もあるし? どういう訳か縁切れないっていうかぁ……」
「しごと……」
「もうもうっ! これでやっとツムグの彼女とお知り合いに! せっかくの縁よ、花音ちゃん。これからはあいつ以上に仲良くしましょうね? オンナ同士で~」
ウェーブの髪をふわふわ揺らして、ミツキさんはニコニコ笑ってる。隣に座る彼女の良い香りもふわふわ舞った。
「よろしくね」
優しく頭を撫でられて。
(幼馴染……。ミツキさんは、結城さんの事昔からよく知ってるんだ……)
そこで私の緊張は一気に解けた。
数時間前から零さんに乱されていた心と、最近感じていた寂しさと、彼女に再会してからの不安と。
ミツキさんが女性だったせいもあったんだろう。
彼女なら、私の今の気持ちを少しでも軽く、慰めてくれるかもしれない。
そう思ったら、涙が落ちた。
一粒二粒がすぐに連続する滴になって、恥ずかしいとかそういう気持ちはどこかへ行ってしまって……。
「えっ!? 花音ちゃん? どうしたのっ!?」
「ミ、ミツキ……さぁんっ……!」
出会って間もない人の前で、私はほぼ号泣に近い感じで泣いていた。
「ミツキさんっ……仕事、結城さんが仕事……っう……私、信頼無いのか……っ……そしたら零さんが、……っ」
「ちょっとちょっと!? 花音ちゃん? 落ち着いて! ね?」
「……わ、わたしっ……」
言いたい事が沢山あった。聞いてもらいたい事も。
順序立てて話さなくては……と頭では分かっているのに、口から出てくるのは単語に近い言葉の羅列。
おまけに、時々泣き過ぎてしゃくりあげてしまうものだから、相手に伝えるどころか、自分でもよく解らなくなってくる。
(どこまで話した? あの事は? さっきの事も、ちゃんと言わなきゃ……!)
どうしたものか。
掴みかけた言葉やまとまった文章が、掌から零れ落ちていく様だ。慌てても、一度落としたものを拾うのは至難の業で。
焦りが頭の中をかき混ぜてゴチャゴチャにしていく。ますますそれで解らなくなった。
「大丈夫だから、ホラ、ゆっくり息吸って……」
背中をさすってくれるミツキさんは、泣きじゃくる私のすぐそばに座ったまま、優しい声で何度も「大丈夫よ」となだめてくれた。
まるで保母さん。
「ちゃんと、ぜーんぶ聞いてあげるからね?」
シャボンの香りがするハンカチが頬に触れる。彼女の言う通りに深く息を吸えば、どこか懐かしい匂いに包まれた。




