『油断しないで』17
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どの位その場に座っていたかは、自分でもよく分からなった。
多分、小一時間ほど……?
時々吹く風に身を縮めて膝を抱えて座る姿は、「鍵を忘れて入れない鍵っ子みたいだな……」なんて思いつつ。
誰かが廊下に来たらどうしようか、そういう心配も浮かんだけど、今のところは幸いというか、近所の人に遭遇する事も無い。
(まだかな……)
私は、ますます身体を小さく丸め、頭を膝に乗せ、更に目も閉じた。
気温と静けさの中で頭は徐々にクリアになっていく。
ゴチャゴチャしていた考えも、無駄な思考が時間とともに削られていって、シンプルなものだけが残った。
相手がある疑問は、本人に聞いてみないと結局分からない。結城さんへの疑問は、彼に教えてもらうのが一番正確で早い道のりなのだ。
零さんの言葉はあくまで彼の『考え』であり『意見』。
簡単な方程式に随分手こずったと自分でも呆れてしまったけど、「パニックの時って正常な判断が出来ないっていうし」……と、そこは一般論という免罪符で自分を許してあげた。
すると、新たな問題点が浮上。
殆どの問題が先延ばしに出来た分、忘れていた重要な部分が、バン! と目の前に立ちはだかったのだ。
(やばい……。これはどうしよう。私、平然な顔して結城さんに会えるの!?)
ついさっきまで忘れてた事が信じられない。
私ってば、本当どうしてこうなんだろ! いくらなんでも酷過ぎじゃない!?
考えれば、あんなこと普通は相当ショックな、女の子にとって大きな事件で、とても“彼”においそれと話せるようなものでは……。
――私、零さんにキスされた……!
掠っただけと思いたい。触れたのは唇の端にほんの一瞬だけだった、と。
とはいえ、未遂という形では済まされない。それ位は理解出来る。
言わなきゃいい。黙っていれば……と自分の中にいる悪い自分が囁いた。だけど、果たしてそれは結城さんにちゃんと有効なんだろうか?
それに、私は嘘を吐くのが下手ですぐ動揺が顔に出るタイプ。
色々鋭い結城さんの前で、何食わぬ顔でいる自信が……皆無に等しい。
かといって、正直に話してしまえば……。
「怒られる。多分……絶対」
以前見てしまった、結城さんの冷たい瞳や低い声を思い出して、私はひやりとしたものを背に感じた。
あんなに警戒しろと注意されたのに!
しかも、結城さんにとって零さんはすごく印象の悪いらしい相手。
(呑気に夜道を送ってもらった事を、軽率だと罵られてもおかしくないんじゃ……?)
そう思うと、さっきまで帰りを待ちわびてた相手が、急に気まずい相手に変わる。
膝に乗せたままの頭を、私は抱え込んだ。
「ど、どうしよう……」
鍵を忘れた寂しい鍵っ子じゃなく、悪さが見つかるかも……と怯える人に変わった瞬間だった。
そうなると、大人しく座っているのが困難になってくる。落ち着かなくてしょうがない。
どうする? 今日は帰っておこうか。
もう少しマシな顔を出来る様になってからの方が良いかもしれない……。
ああ~。でも、なにより私、朝まで待てないからこそ、ここにいるんだもんね……?
――どうするべきか。
「やっぱり……」とか、「でも……」とか言いながら、腰を浮かしたり降ろしたり、はたから見たらちょっと怪しい動きを繰り返す私。
しかし、こんな事繰り返してるうちに、さっさと決めてしまえば良かったのだ。すぐ隣の自分の家に戻るまで三十秒。悩んでいる位なら、いっそ一度家に戻った方が賢明だった。
頭を抱えて数分。考え事に没頭していた私は、周りの空気の違いに全く気付かなかった。
だから、
「どうしたの?」
頭上からそんな声が降ってきて、しかもそれが聞きなれない声だったものだから、私は飛び上るほど驚いた。実際少し飛び上ったと思う。
「ひゃっ……!?」
「こんな所に座り込んで。冷えは女子の天敵よ? ……って、アラ?」
フワッと、香水の香りが漂う。明らかに高級そうな、上品なフローラル系。
座ったまま、私は顔を上げた。
目の前に立つ女性の顔を確認して、「あっ!」と思わず声が出る。
「さっきの……!」
「わ! こんなに早く再会出来るなんて~! ワタシってツイてる!」
さっき、とは夕方の事。人混みの中、うっかりぶつかってしまったあの綺麗な女性。一度見たらそうそう忘れなさそうな美人は、数日経っていたらおぼろげな記憶になっていただろうけど、たった数時間前となれば話は別。印象は強烈だ。
再び会う事なんて無いと思っていた人が、こうして目の前にいる。つくづく今日は“偶然”に振り回される日だと思った。




