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『油断しないで』11


「言っとくけど。俺、別に花音ちゃんをからかおうとなんて思ってないぞ?」

「ウソばっかり。零さんは十分そうしてますっ」

「……頑固者って言われるだろ」

「……お調子者って言われてませんか?」


 困った顔の零さんを、私はジトーッと見つめて言う。


 ジリジリと過ぎる無言の間。


 ――そうして。


「参った……。俺の負け!」


 ふはっ、と、まるで空気のボールを吐くみたいに呼吸して、零さんは笑った。眉尻の下がった困り顔はそのままなので、見ようによっては、すごく情けなく切ない笑いになっている。


 それを見て、私もつい笑ってしまった。


 皆の前では悪ぶってる様に見える人でも、こんな風に笑うとちょっと可愛く見えてしまうからおかしい。年上の男性を可愛いと表現するのは失礼かもしれないけど……。


「やっぱりいいなぁ、花音ちゃんは。好きだよ!」

「……はぁ」

「結城なんかやめて俺にしてよ」

「……そういうのは困ります」


 言ってる側からこの人は……。


 呆れ半分諦め半分で荷物をまとめた。といっても、初めからたいした荷物でもないので、バッグとパンの入った袋を持ち膝の上に置いただけだけど。


 私の行動に、零さんは「あれ」と声を上げた。


「帰るの? 送るよ」

「お店に。自治会長さんも、もう違う所に見回り行ったかもじゃないですか」

「この時間帯はやめとけって言っただろ? 明日にするんだな。どうせ、アイツには帰ってからいつでも会えるんだしよ。家隣りじゃん」

「忙しいみたいで、最近は朝しか会えてませんけどね」

「……ふぅーん」

「あ! でもさっき零さん、この時間は結城さんお店に居ないって言ってましたよね? 結城さんが来る時間帯ってあるんですか?」

「付き合ってるくせにそんなの俺に聞くなよ。本人に聞けば一番手っ取り早いんじゃね?」

「そーなんですけど……」

「なんだよ、煮えきらねぇなぁ」


 口ごもる私に零さんの呆れ声が飛んでくる。


 次の場所に行こうとしてる私より先に彼は立ち上がり、私を覗き込む感じで頭を傾けた。


 呆れ声は続く。


「大体、付き合ってればお互いの行動パターンとか範囲位知ってんだろ? そっから考えれば?」

「………」


 答える事が出来なかった。


 確かに、そういう意味では、結城さんは私の事をよく知っている。バイトのシフト然り、交友関係など然り。


 だけど、私はどうだろう?


 結城さんはお隣さんだという事。とても紳士で、時々意地悪……。はっきり言ってその位程度と言ってしまえば、それで終わってしまうのだ。彼の事を、胸を張って“知ってる”とは言えない。


 加え、最近仕事が特に忙しいらしい、という事は話していてわかっていても、肝心の仕事については……ここ数日悩んでいた通り。


 そんな私が、結城さんの行動をどうやって読もうというんだ。


 せっかく田所さんのおかげで解決しかけていた悩みが、再び浮上してきてしまった。


 良い具合に解釈出来出した答えを、「本当にそれは正しいのか?」と問いただされている気分になる。


 そう思うと、足が急に重くなった。ここに来るまでの、あの軽やかな感覚はどこに行ったのか?


「まさか……だよな? もー、頼むぜ花音ちゃん~」


 零さんは、見るからにどんよりしたオーラを発生させている私に、冗談っぽく言う。


 ド忘れなんて洒落にならねーぞぉ、と上から降ってくる言葉が、それこそ洒落にならない私。いっそ、本当にド忘れ出来てた方がどんなに楽か……。


「そのまさかですよ。私、結城さんの事何も知らない……」

「えっ!」


 相手の動揺は手に取る様にわかる。


 ギョッとした顔が、「それで二人は付き合ってるのか?」という意味も込められてるんだとまでハッキリ分かった。


(そんなの私が一番痛感してますよ、今……)


 ああもう。溜息吐いたら涙まで零れそう。


「聞かないの? てか、教えないの?」

「その内ちゃんと話してくれるとは言ってくれてますけど。でも私、そういう結城さんの事信じようって決めましたから」

「……そのうち、ねぇ~」


 気の毒そうに言われると、つい強がりを言ってしまった。


 ……いや、これは強がりじゃなくて自分の意思を再確認ということだ。


 それとも、こんな風に考えること自体が強がりっていうのかな?


 「花音ちゃんがそれでいいなら、別に構わないんだけどさ。大丈夫? 都合のいいオンナになってない?」

「ゆ、結城さんはそんな人じゃないですよっ」

「何も知らない相手に言い切れるのか?」

「じゃあ! 零さんはそうだって言うんですか? 結城さんが、その、女の人をいい様に扱う人だ……とか」

「肯定も否定もしないよ、俺は。アイツが腹の底で何考えてるのか、長い付き合いでも解らねぇ時は何度だってあるしな」

「そんな……。零さんがそう言うなら、私なんか余計に解りませんよ……」

「厄介な奴を好きになったもんだなぁ。ま、純情乙女な花音ちゃんだからこそな恋愛か」

「………」


 ポンポン、と優しく頭を撫でられても、頷ける訳が無い。


 こんなタイミングで、私は以前偶然見かけた光景を思い出していた。


 駅で、結城さんと女性が話していた時の事だ。あの時の結城さんも、こんな風に相手の頭を……。


 ――嫌な事を思い出したものだ。

 

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