『油断しないで』12
(まさか……ね。違うよね)
返す言葉も無い私は、ただ黙って零さんの話を聞くことしか出来なくなった。
黙った私に、零さんは「うーん」と呟き、それから思いついたように言う。
「なぁ。花音ちゃんは運命の出会いとか信じちゃう方?」
「そりゃあ……。女の子だったら誰でも一度は」
「俺には分かんない世界だな。男ん中にもそういうのいるけど」
細い猫っ毛をくしゃりと掻き上げ、彼はこちらに背を向けた。
数歩ほど前へ進んだ所で再び私に向き直る。キレのある動きは、ダンスのターンの様。
そして、零さんは高らかに言った。
「運命は、偶然か? 必然か?」
「……は?」
突然の質問に、私はマヌケな声を返してしまった。
零さんはいたって真面目なようだ。
でも、ターンといい良く通る声といい、まるで目の前で演劇を見てるんじゃないかと錯覚してしまいそうになる。
それは、彼の言葉が台詞染みていたせいもあった。そう。だってシェークスピアにありそうじゃない?
『運命は偶然か? 必然か?』なんて。
――まさか本当にあったりして。
「どうしたんですか? 突然」
「いやさ。アイツとの出会いが運命だって思ってるんだったら、それを花音ちゃんがどう捉えてるか気になったんだよ」
「それはやっぱり、偶然じゃないかな……。そもそも、私達が仲良くなったのは、結城さんがお隣に引っ越して来た事が始まりなんだし」
普通に考えたら、それしかない。
引っ越して来た人が結城さんじゃなかったら。もし、独身女性だったら……。
“お隣さん”と仲良くなる可能性は大いにある。女性なら親しい友達になれたかもしれない。
それより、もともと隣の部屋はファミリータイプだ。どこかの家族が入っていたら、ただの近所付き合いで終わっていた……という事も。
男性だったから、それも結城さんの様な人だったから、今こういう形の関係が出来上がっている。
流れで考えれば、このことを偶然というのは当たり前なのだ。
私の発言に零さんは大きく頷いた。
そうだよな、と呟く声が小さく届く。自分の考え方が普通であるのが証明された気がして、何故かホッとしてる私。
「でもさ、」
ところが。
零さんはこう続けてきた。
「てことは、俺との出会いは偶然じゃなく、必然って事になるよな」
「へ?」
「そんな驚く事じゃないだろ? 考えてみなよ。結城との出会いは確かに偶然だ。偶然から、アイツと花音ちゃんは仲良くなったワケだ」
「はぁ」
「俺と結城は知り合いだぜ? 二人が親しくなって、そこに俺が絡んでくるのは時間の問題といっても過言じゃあない。実際こうして二人でいる」
早口で言われ呆然と聞いてる私とは逆に、零さんの顔はどんどん明るく誇らしげになっていく。
やっと言われたことを飲み込んで。私が「それもそうだな……」と思い始めた時。
零さんは仕上げだと言わんばかりに、パシッと断言した。
「だからつまり。結城との出会いは偶然でも、俺との出会いは必然だ」
「そう……ともいえます……ね?」
確かに間違ってはいないと思う。
上手くまとめられた、と言ってしまえば終わりだろうけど……。
(……なんというか……)
即答で「はい! そうですねっ!」と賛同していいのか迷う。
(零さんが、何を言いたいのか分かる様な、分からない様な……?)
迷いが思い切り顔に出てしまったらしい。
彼は、私の反応に少し不満げに頬を膨らませた。なにそれ可愛いんですけど。
「分かんない? アッチは偶然で、俺は必然。花音ちゃんが運命の出会いをどっちで捉えるかで、状況は正反対だぜ?」
「あ。だからさっきあんな事を聞いてきたんですか?」
――運命は、偶然か? 必然か?
「そーに決まってる!」
「でも、それって初めに偶然が無いと、結局成り立たないですよね?」
「花音ちゃん……。意外に頭の回転早いね」
「褒めてます? けなしてます?」
「褒めてんだよ」
「残念そうな顔で言われても説得力無いです……」
一通りテンポ良く会話が流れた所で、私達は互いに口を閉じた。
いつの間にか吹き始めた風が公園を横切り、植木をカサカサと揺らす。外灯がまた、数度瞬いた。
それだけで公園も周りの道も寒々しく感じた。気持ち、肩が上がってそこに力が入る。
すると、沈黙を破り、眼鏡のフレームの位置を直しながら
「――んだよっ。やっぱり順番って事かよ」
零さんが溜息と一緒に言った。悔しそうにも見えたけど、それは私の勘違いだろう。
「あーあ! それなら最初に花音ちゃんと会ってたらなぁ! 俺が彼氏に……って。結構自信あるぜ? 花音ちゃんだって、アイツに会う前に俺に会ってたら、絶対! 俺の方選ぶだろ?」
だってこの人、すっごい笑顔で言ってるし。
……結局、それが言いたかったってこと?
(え。私、もしかして……またからかわれた?)
絶対の所にアクセントがあるのが怪しい。怪しすぎる。
やっぱり! と少々大袈裟に顔をしかめて見せた私。それなのに、零さんは華麗にスルーして。
「なーんて話してたら、ホラ、こんな時間だわ。お嬢様は帰る時間だ」
「うそっ。せっかくここまで来たのに!」
「いつだって来れんじゃん。何回も来てんだしな。それに、パンはこの時期一日じゃ腐らねぇよ」
自分のしてる腕時計をこちらに向けてきた零さんだけど、距離のせいでそれはよく見えず、私は携帯で時間を確認した。
確かに、この時間だと最寄駅から自宅までの帰り道が心配だ。
(それも気になるけど……)
いつの間にこんなに時間が経ってたのだろう?
そんな長話してたつもりは無かったのに。
再び吹いた風の温度は、ちょっと前よりさらに冷えた気がした。
真冬も近いこの時期は、あっという間に日が落ちて気温も下がって、そのせいで時間の感覚も狂うのかな?
駅で、思っていたよりも早く日暮れに遭遇したのに驚いたばかりだというのに、私も学習能力が無いというか何というか。
自分に呆れて漏らした溜息に気付いた零さんは、私がやっと帰る気になったと、ホッとした様子で笑った。
「家まで送るな」
「でも、悪いですよ。こっからじゃ電車かバス乗らなきゃだから……」
「女の子がそんな事気にしてんじゃねーよ。遅い時間に一人で帰せるワケないだろ。素直にハイって返事してりゃあイイの!」
カラッとした明るい声で言われたその言葉は、正直嬉しい。
私は彼に甘える事にした。
でも、お店に寄れなかったのはすごく残念……。
寂しい夜の道を歩きながら、未練がましくそう思いつつ――。




