『油断しないで』9
緊張。怖かった気持ちが再び湧き上がってくる。
「――零? なんだお前か。何してるんだ、そんな所で」
「何って。見ればわかるだろ? イイコト」
どうやら二人は知り合いのよう。
零さんも、軽い口調で冗談にしては笑えない事をサラッと言っている。
それなのに? と、疑問ひとつ。腕の力と緊張が抜けないのが少し気になる。
「ほぉ? そりゃ、イイ事は結構だが……。あまり荒らすのは感心せんぞ。特にここらではな」
「ハイハイ。オッサンの仕事を増やす様な事はしねーから安心しなよ」
「ぜひ、そうしてくれ。面倒事は困るんでね。お叱りを受けるのはいつもコッチなんだ」
「そりゃご苦労様。……なぁ、もういいだろ? 彼女恥ずかしがり屋なもんで」
ふわん、と零さんが髪を撫でてきた。ゆっくりとした指運びが結城さんと重なる。
優しく、甘ったるい感じ。
それに思わず身を縮めれば、ふっと上で笑う気配がして……。わざとらしいリップ音とともに額にキスを落とされた。
――何してんだ、この人はっっ!!
「分かった分かった。じゃあな」
声の雰囲気で、相手が背を向けたのが分かる。その時に呟かれた言葉が微かに耳に入ってきて、私は「ん?」と思った。
「……可哀想に。零に捕まるとはな……」
意味深な言葉だ。
それに、今までの二人の会話で気付いた事がある。私……あの人を知ってる。
口調、声のトーン。そうだ。ハンチング帽の男だ。
「花音ちゃん? どうした?」
零さんの声にハッとした。妙な距離感にも。
それもそうだ。
さっきの男はもう去ったというのに、私達はいまだピッタリと寄り添ったままだった。突き飛ばすのも失礼なので、さりげなく早急に身を離そうと試みる……ものの。
出来ない!?
「震えてる? 怖かった?」
「ひゃっ!?」
あからさまに変な声が出る。でもこれは仕方ない。零さんが耳元で低く囁くのが悪い。
「あれ?」零さんは呟いた。擦り寄る様にして、顔を首元へ近づけてきて……
「花音ちゃん、すっごくイイ匂いするね……」
「ぅわあっ!」
叫びと一緒に手が出てた私。突き飛ばすのは失礼だけど、突き飛ばしていた。目の前の彼を。
が、零さんの手はしっかりと私の肩を掴んでいたままだったうえ、咄嗟だったがゆえにこっちは力加減を忘れていた。
ガッ! と結構な音が。
「ご、ごめんなさい! 大丈夫ですかっ!?」
「ッ! くーっ………!」
私の手は零さんの顎に、見事なまでにクリティカルヒット。
さっきまで彼に見下ろされていた私は、顎と首を押えてうずくまり悶絶する彼を見下ろす始末となった――。




