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『油断しないで』6


 ***


 キラキラ光る三日月型のピンバッチを見つけたのは、雑貨屋巡り三件目のお店だった。


 お昼に田所さんと別れてから、私はひとりで街をウロウロしていた。悩みを聞いてもらって心が少し軽くなった分、足も軽くなったのだ。


 軽くなった足は、好奇心も旺盛にさせる様で。


 ピンバッチを見つけたその店は、初めて入った所だった。


「それ、可愛いですよね。今とても人気なんですよ」


 白い三日月の中に、アメジストのちっちゃなハートのアクセント。落ち着いた色合いだけど可愛らしさが目を引く。どことなくセツナちゃんとイメージが重なって、つい手にしていた。


「スワロフスキーを使ったシリーズなんです。他には星形とかリボンとか……。どれも中にアクセントが入ってて、プレゼントにもおすすめですよ」


 私の近くで他の商品を並べていた店員さんが、ニッコリと笑って話かけてくる。


 そうなんですか、とこちらも笑えば、彼女は嬉しそうに一歩近づいてきた。


「実は人気があり過ぎて、入荷してもすぐ売れちゃうんです。在庫はここにある分だけ。次の入荷は、残念ながらいつになるか分からないんですよね~」

「そんなに?」

「うちのお店の商品、売り切りっていうものも多いので、再販自体珍しいんです。もしかしたら今後の入荷もどうなるか……」


 店員さんは自分の胸元を指さした。そこにはフラワーモチーフのそれ。他のよりやや大振りで、パールもついていたりして華やかだ。


 フフッと可愛く笑う彼女は、ポニーテールを揺らして言う。


「なので私も思わず買っちゃいました。人気とか限定って言葉に弱いんです」

「あ。わかるかも。ついつい手が出ちゃうキーワードですよね」

「そうなんですよ~! 本当そういうの喰い付いちゃうっていうか……。あっ、すいません。お買い物のお邪魔しちゃって。ゆっくり見ていってくださいね!」


 無理に商品を薦めない感じのいい接客で、彼女は場を離れて行った。


 ひとりになった所で、私は三日月をゆっくりと眺める。


(やっぱり色合いが可愛いなぁ……。キラキラが主張し過ぎてないのも良いし)


 とても人気という割にお店の奥にひっそり並べられているのが、不思議な感じだ。もしかしたら、在庫も少なく入荷も未定な商品だからなのだろうか?


 お店の入り口付近には、確かに新商品が多く並べられている。売り切りの商品が多いと言っていたし、ものの入れ替わりも激しいのかも。


 そう考えると、この出会いをスルーするのが惜しい気もしてきた。――私は雑貨に関してだけは、衝動買いを運命買いだと思っているので……。


「よしっ。決ーめたっ!」


 三日月と星を手に、私はすぐにレジへ向かった。


「セツナちゃん達、喜んでくれるかな……?」


 二人の笑顔を想像しながら。


 ――後で思えば、この二つはその後の予定を決める為の道しるべだったのかもしれない……。



 お土産のパンと、双子の店長へのささやかなプレゼント。


 人混みの中、お店を出て駅へと歩いている途中で私は思い立った。


(やっぱり今日カフェに行こう。プレゼント早く渡したいし……)


 時間を確認すれば、そう遅い時間でもない。今から向かえば日没前には着けるだろう――。


 リボンのシールがはられた小さな袋をバッグの中へ入れようとした時だった。


 前方不注意。数秒視線を下へ向けていた私は、すれ違う人とぶつかってしまった。


「あっ! すみませんっ!」

「アラこちらこそ。ごめんなさいね。大丈夫かしら?」


 ふわりと漂う品の良い香水の香り。


 顔を上げてから、私は一秒固まった。


「ワタシもちゃんと前向いてなかったから。駄目ね、歩きスマホは。危ない危ない」


 ウェーブの長い茶色髪でスラリとした細身の高身長の女性が、ニッコリと微笑んでいる。女優さんじゃないかと思うほどの美人がそこにいた。


「コレ、あなたの落し物でしょ?」


 差し出されたものは水色のリボンのついた袋。ナユタ君へのプレゼントだ。


 ぶつかった拍子に落としたんだ……。慌てて受け取って「あ、ありがとうございますっ」とお礼を言った。緊張に声が震えてしまったのは仕方ない。


 だって、こんな綺麗な人初めて見たよっ!


「フフッ、可愛い! 急ぐ日じゃなかったらお茶に誘ってたんだけど……。残念だわぁ!」

「え!?」


(お、おおおお茶っ!?)


「気を付けてねぇ。この辺はこのくらいの時間から急に混み始めるから。へたに声掛けられてもついていっちゃダメよ? あなたみたいな可愛いコは狙われやすいもの」


 まさかの美人からの忠告に、私は唖然としつつ「はぁ……」と頷いていた。


 自分が可愛いなんて当然思っちゃいないけど、魅惑的な微笑みを向けられて言われると勢いに負ける。


 恐るべき、美人の迫力……だ。


「それじゃあね。運が良かったらまた会いましょ」


 手を振り颯爽と人混みの中に消えていく女性を、姿が見えなくなるまで見つめていた。


 彼女の残り香は雑踏の波の中でもしばらくそこに残っていて、一瞬の出会いを強烈に印象付けていく。


 女性にときめくという経験は今まで一度も無かったけど、さっきまでの出来事を思い出すと胸がドキドキとしてきて、ふわっと頬に熱を感じた。これは絶対、トキメキという感覚。


 結城さんにドキドキするのとはまた違う不思議な感情に、落ち着かない私は歩きながら同じ独り言を呟き続けていた。


「す、素敵だった……! すっごく!」


 たまには違う場所に足を運んでみるものだなぁ……と、新たなお気に入りショップ発見と衝撃の偶然に、思わずスキップでもしたい気分になる。


 得した感が気持ちを盛り上げる。


 パンを手に、プレゼントをバッグに。次の目的地に向かう私は、家を出た時と明らかに違う足取りだった。


 これも考えれば、朋絵のグルメ情報と田所さんの恋愛相談からの産物……という事になるのだろうか?


 だとしたら、私は本当、友人知人に恵まれたものだ!


 これまでの時間を思い返し、遠回りの一日も悪くないとしみじみ思って。


 なんだかつい、笑ってしまった。


 

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