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『油断しないで』5


「花音ちゃん、朋絵っちにはまだ黙ってて!この通り!」

「え……? でも、朋絵にバレるのだって時間の問題でしょ?」

「良いんだよ、それでも。少しでも遅れるならさっ」


 両手を合わせて拝んでくる田所さんは、ちょっぴり涙目だった。何をそんなに追い詰められているのか、私にはちっとも分からない。


「その間に、この店での無能さをカバーするように頑張るから俺!」


(あー……。なるほど~)


 でも、そもそも田所さんの無能さなんてどこにも無いワケで。この周りの状況がどうにかこうにか変わるとは思えなかった。


 田所さんがいる限り、このハート舞う店内がリニューアルされることは無いだろう。


 そう。それこそ、彼が店の真ん中で誰かさんへの愛を叫ばない限り。


「そこまで言うなら、私からあえては言いませんけど……」

「サ、サンキュー!」


 へにゃり、と表情が崩れ、見えた安堵。


 随分前に氷が融けてしまったお冷を飲み干して、田所さんは肩の力を抜いた。ていうか、そのお冷、私のなんですが……。


「なんでそこまで隠すんですか? 朋絵、そういう事で笑う子じゃないの田所さんも知ってるじゃないですか」

「うん、そうだな。だからこれは、彼女のせいじゃないというか……。ま、俺の都合って奴だよ」

「都合?」

「好きな子にはカッコ悪いとこ見せたくないっていうさ……ちっぽけなプライドみたいな、ね」


 人差し指で頬を掻きながら、田所さんは照れ笑いをする。


 その気持ちは分かる気がする。誰だって好きな人の前では、少しでも自分を良く見せたいもの。


「女の子にもそういうのありますけど、男の人も同じって事か~」


 そう呟きながら、私はふと思った。


 グラスに伸びかけた手を思わず止めて、


「例えば、それに似た様な気持ちって、何でも出来そうな人でも持つと思います!?」


 ちょっと食い気味に聞いてしまった。


 えっ? と田所さんが目を丸くする。


「どうしたの急に」

「あ……いや、まぁちょっと気になったもんですから……」

「そうなの? ……――あぁ! もしかして花音ちゃんの彼氏の事?」


 珍しく察しの良い田所さんにズバリ言われてしまい、私は素直に頷いた。


 そして、結城さんとの話を、なるべく簡潔に、でも間違いや誤解のない様に注意して説明した。



「……という訳でして」

「そっかぁー」


 真面目に聞いてくれた田所さんは、最後はうんうんと頷いている。


 そこでやっと私はグラスを取った。一気に喋り過ぎたか、あまりしない恋愛相談なんかしてみたからか、喉がカラカラに乾いていたのだ。


「………」

「……田所、さん?」


 沈黙。


 何も言ってくれない相談相手に、私は不安になってくる。


 変な事でも言ってしまっただろうか? それとも、こんな事相談されても困るだけなのか?


 短い時間の中で色々浮かんでくる考え。


 だから、田所さんが大きく頷いて「なんとなくわかった」と言葉を発した時はホッとした。


「それってさ、俺とはまた違うんじゃないかな?」

「そうなんですか……?」

「うん。自分の事考えてっていうより、むしろ花音ちゃんを思っての話だと思う」

「わたしを……」

「そ。聞けば、彼氏は仕事出来るエリートって感じだし。今抱えてる仕事、片付いてから改めて話そうと思ってるんじゃない?」

「そっか……。でも私どうしても、私には話せない、イコールまだ信用されてないのかな……とかつい考えちゃって」


 あの時は、自分も彼のいう事に納得したつもりだったのだけど……。


 スッキリ晴れずにモヤモヤが残った心は曇る一方だったのだ。


「仕事柄によっちゃ、外部には話せない事もあるだろ? それかもしんないじゃん。花音ちゃん心配性だし、彼氏もそういうのちゃんと分かってるんじゃないかな? 中途半端に話して変な心配とか誤解されるより、きちんと時期をみて話すつもりなんだよ」


 実際そう言われたんだろ? ちゃんと教えてくれるって。


 優しい口調で言われ、私はまた素直に頷いた。


 こうして他の人に話し、聞いてもらい、整理する事で、心は落ち着きを取り戻せる。


 待てばいい。待つだけ。それしかない。


 でも、やっぱり不安で。不安からどうしようもない事を繰り返し考えてもしょうがない。


 分かってはいてもどうしても……。それが自分の悪い癖だって、それも知ってるのに。


 ――思考癖って簡単に治せるものじゃないんだなぁ……。


「どーんと構えてなよ。大丈夫だから!」

「……はい」

「なにせ花音ちゃんは彼女なんだしっ。あ! もしかして彼氏……結婚とか将来の事まで考えてるのかもよ?」

「え!? 結婚っ!? まさか!」


 幾らなんでもそれは話が飛躍しちゃってる!


「いいなぁ。将来が明るいってのは~。結婚式には呼んでくれよ? 俺、余興のダンス張り切るから」

「ダ、ダンス? もう田所さん……やめてくださいってば。余計な想像とかしちゃうから。想像が勘違いで終わるのは恥ずかしいだけです……」

「はははっ! 冗談冗談!」


 明るく笑い飛ばしてくれたおかげで、私の悩みもやっと笑えるまでに。


 田所さんに聞いてもらって良かった!


 私は彼に、ありがとうございますとお礼をした。


「田所さん、自分の恋愛は全くの不器用なのに、相談に乗るのは上手なんですねっ」

「あれ? 俺……褒められてるんだよね? 一応」

「はいっ、一応!」

「そこはやっぱ一応なんだ!?」


 私達は笑いを堪えてお互い肩を揺らす。


 自分の事は見えづらいけど、人の事は良く見える。恋愛もまた然り……のようだ。


 私は妙に納得しながら、オススメのデザートパンにやっと手を伸ばした。


 

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