『油断しないで』4
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決して、田所さんは顔がイケてないという事ではない。飛び抜けて良い訳じゃないけど、ずば抜けて悪い訳じゃない。
大概の女子はこのカンジの説明で分かると思うんだけど。
そうだな。顔じゃなくて雰囲気? そこが人に好かれる。老若男女、彼を苦手と感じる人はあまりいないと思う。少なくとも、一緒に書店で働いていて感じる事だ。
お人好し。実際とても優しい心持の人。
背も高いし、女の子が彼氏に求める条件的にはそこそこクリアーもしてる……かも。
確かに、ゆるキャラのエプロンじゃ何とも残念感しかなかったものの、今日のユニフォーム姿を見てそこは頷けた。
濃いブラウンの半袖シャツに黒の胸当てロングエプロン。背が高いから良く似合ってた。
それに、もしかしたらスポーツをやっていた人なのかな? と感じられる体のつくり。
がっしりと守ってくれそうな安心感。
多分そういうのって、大事なモテ要素なんじゃないかな。
相対的に見れば、田所さんはイケてる男子寄りということになる……。
「おまたせっ。良いよね? 一緒しても」
「勿論ですよ。どうぞどうぞ」
「おぅ、サンキュー」
沢山のパンとホットコーヒーを用意して、田所さんは向かいの席に座った。
まさか自分が戻るまで私にあれこれ考察されてるとは思いもしないだろう彼は、「いやあ、悪い悪い」とほっこり笑顔を見せた。
「彼女に間違われるなんて、災難だったな花音ちゃん」
「いえ。こちらこそなんか悪いなぁ、朋絵じゃなくって」
「ぐほっ……!」
座るなり謝り、パンを頬張った田所さんへ一言カウンターパンチならぬカウンター発言してみたら。
ものの見事にクリーンヒットした。
ゴホゴホむせて、涙目。コーヒーをすすって、熱さにまた涙目。とっても分かりやすい反応。
なんで気付かなかったんだろう、今まで。きっと田所さんも必死に隠してきたんだろうな。
「花音ちゃん、俺は別に……っ」
「言いませんよ。下世話な事はしたくないもん。でも、応援はしたいかなぁって思ったりしてますよ」
「えっ」
「なんかちょっといいかも……とか思うんですよね。いつもの二人を見てると。仲良しじゃないですか」
テンポの良い会話は時々夫婦漫才っぽいですよ。
笑って言ったら、田所さんは困り顔になった。
こほ、と空咳をした後、今度はゆっくりとコーヒーを口に運ぶ。クロワッサンを半分に割りながら、肩を竦め、
「俺の応援はいいよ……。それよりも朋絵っちを応援してあげて。良い恋愛出来るようにさ。なんか危なっかしいんだよな、あの子」
なんだか悟りきった様な口調だ。
好きな女の子に対して何故そんな保護者みたいな発言を?
聞いていて、もどかしさが湧いてくる。
「そう思うなら、田所さんが一緒に良い恋愛すればいいのに」
だから思わず出た言葉だった。
「………」
クロワッサンに触れる指先が微かに反応して、動揺を表している。
田所さんは、うん……、と笑いながら寂しそうに呟いた。
「だけど俺みたいな男と恋愛したって、良い思いは出来ない。悲しませるだけだ……」
「……どうして……?」
恋にトラウマでもあるのかどうか。
いつも明るく元気な人が、急にしゅんと小さくなってしまい、私はなんて返せばいいのか困ってしまった。
コーヒーを一口すする時間。それを埋めたのは田所さんの「俺、恋愛苦手なんだよね」という言葉だった。
「どうしても自分の事優先しちゃうんだよ。だから、俺は良い思いしても、彼女になった人は良い思いなんて出来ないって思うんだよなぁ」
「そこまで分かってるんだったら、大丈夫なんじゃないですか? 相手の気持ちなんて分かってない男の人、沢山いますよ?」
「そういうもんかねぇ……」
首を傾げながら残り半分のクロワッサンを口に放り込み、むーん……と難しそうな顔をした田所さん。
しばし考えた後、打って変って笑顔を見せる。
「やっぱ俺にはよくわかんねーや」
「え。諦めないでくださいよ。そこ結構重要でしょ」
恋愛とは縁が無さそうだと思っていた人が、自分の親友に片想いしてたと気付いたり、バイト先で意外な人気っぷりを見せていたりと、案外そういうコトに縁が無いワケではないと知ると、お節介とはいえ応援位したくなる。
なんだかんだ言っても田所さんって働き者だし、気持ちの優しい人だし、そういう人こそ人生の幸福度……上げてもいいんじゃないかな? って私は思うから。
「いやいや……。俺は良いんだよ。俺みたいなのは多くを望まないんだって」
しかしながら、当の本人は今以上のものを求めている様子は全くない様で。
「もったいないなぁ……」
私としてはそれが本音だったりした。
田所さんみたいな、素朴で欲張らない感じの人が将来いい家庭を持って良いパパとかになっちゃったりするんじゃないの?
そこに繋がる自分の恋愛ぐらい、もっと頑張っても罰なんか当たらないだろうに……。
頭の隅で、朋絵と二人並んで幸せそうに笑ってる姿を勝手に想像し、私はもう一度“もったいない”と繰り返した。
朋絵も、ミーハーな恋愛を追い求めてるようだけど、「夢は幸せなお嫁さん」なんて可愛い願いを胸に大切にしまってるんだもん。
田所さんと朋絵は、もしかしてもしかするとベストカップルかもしれないのにな……。
現実は、そうそう旨い具合に進まないモノだ。
相変わらず向けられる田所さんへの熱い? 視線を周りから感じつつ、私は苦笑を隠すようにサンドを頬張った。
女性からの眼差しを一身に受けてるくせに、それに全く気付きもしないで嬉しそうにパンを食べてる“パン屋の王子様”。
希望と幸せのベクトルが、見事なまでに一方通行なのが感じられる様だった。
「それにしても、こんなマイナーな場所良く知ってたね花音ちゃん。ここらでは知られてるけど、大学の連中にまでは知られてないと思ってた」
「私は知りませんでしたよ? ここは朋絵から教えて貰って……」
「えっ?」
「え?」
コーヒーを飲む手を止めて、田所さんが驚き顔で私を見る。
その顔に私も驚いた。
「朋絵っち、ココ知ってんの!?」
「朋絵、田所さんから聞いたんじゃないんですか?」
二人で声が重なる。隣に座っておひとり様ランチをしていた女性が、文庫本から顔を上げ私達を見た。……ちょっと迷惑そうに。
その気配が十分に伝わってきたので、私と田所さんは次はコソコソ話しを続けた。
「朋絵とはこのお店で鉢合わせしてない……? 私、てっきり田所さんがバイトしてるからココ知ってるんだと」
「俺、この店のシフトかなり変則だからさ。でもまさか朋絵っちがココ知ってたとは」
「そういえば、田所さんの事は一言も言ってなかったもんなぁ」
「そうか……。ココ知ってるんだ……」
「おすすめパン情報だけで……」
「朋絵っちのグルメ情報なめてたよ、俺……」
最後は完全にお互いの独り言になってた。
でも、二人の視線だけは、私のトレーに乗っかってる“ココアホイップ”というデザートパンに向かってて。
――ちなみに説明を加えるならば、このパンは手のひらサイズのココア味食パンにホイップクリームを挟んだもの。食パンは耳までフワフワ、ホイップは甘さ控えめで、ほんのりココアと相性がいいとダントツ人気のパンらしい。
朋絵も、このデザートパンだけは外すなと何度も念を押してきた。
「あー……。でも朋絵っちに見つかんなくて良かったー」
「え!? なんでっ?」
あからさまにホッとした感を見せる田所さんに、私は再び驚きを声に乗せてしまった。
隣の女性がチラリと私を見る。
う。……す、すみません。
軽く会釈し謝罪の意を。
「だってさぁ」
――と。田所さんは、肩を竦めてる私を苦笑しつつ言った。
「俺、今の花音ちゃんみたいな感じなんだよね。この店では。どうもお客さんから怪訝な視線送られる事多くて……。なんだろなぁ、接客業は結構自信あるんだけどなぁ?」
「………」
「……え」
――え、えええええっ!?
叫びは何とか抑えた。喉の奥で一瞬、ぐっ、と変な音がしたけど。
(ちょ、嘘でしょ?田所さん!!)
怪訝って何? 怪訝って!
この周りの女子の恋視線を、どこをどう見たらそこまで否定的に捉える事が出来るんだろう?
大きな身体を縮こませて、心底申し訳なさそうな、情けない顔をする田所さん。
こっちは「ひえー! こんなのアリな訳!?」という言葉しか最早頭の中に浮かばない。
私の動揺は叫びにこそ出なかったが、その分、身体の動きには出てしまっていた。焦って飲み物に手を伸ばしたせいで、距離感を失った手はそのままテーブルに当たる。
「いたっ」
「あ。大丈夫? 花音ちゃん?」
ガン! と結構いい音がしたので、田所さんの問いよりも早く私は思わず隣を見てしまった。
また迷惑そうな視線を向けられると思ったからだ。
「………」
「………」
女性の目は、田所さんに向いていた。驚きのそれ。信じられないモノを見た時、人間はそういう目になるんだ……。漫画そのものだ。
彼女の視線はすぐに私に移った。目が合うとパッと逸らされる。
(きっとこの人も田所さんのファンだ)
気まずそうにグラスに伸びるお隣さんの指先を見て、私は「ふぉおお」と思う。
私、今絶対この人と同じ思いを共有してる!
「やっぱさー、働いてる時のそういう変なトコって好きな子に見られたくないじゃん?」
こちらの気も知らず、呑気な発言をする田所さんに、最初にガツンと一発ツッコミを入れておけば良かったと少しだけ後悔。
やっぱり、こういう時に繰り出される朋絵のツッコミ機動力は彼には必要なんじゃなかろうか。
(無自覚一直線って、ある意味凄くて、怖いなぁ……)
店内に変わらず漂うほわほわした空気を感じながら、私は脱力するしかなかった。




