『油断しないで』2
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大学から少し離れた住宅地の中に美味しいパン屋さんがあると朋絵から聞いて、お昼はそこにしようと私は決めた。
午後のゼミは休講になったし、今日はバイトも入っていない。いつもなら真っ先にナユタ君達のお店に向かうところだけど、それには躊躇する自分がいたからだ。
だって、ナユタ君とお喋りしたら、この間の事聞きたくなっちゃいそうなんだもの。
結城さん本人の口から事情を聞けない以上、探る様な行動は慎みたい。でも、やっぱり早く知りたいという本音もある。……そういう葛藤をしながらだとつい口が余計な事を喋ってしまいそうで怖かった。
あれから数日。
仕事が忙しいという結城さんには、ほぼ会えていない。朝の数分、エレベーターで偶然……ってだけ。
その偶然の数分、私達がする会話は挨拶だけだった。
「おはよう」と「行ってらっしゃい」。
その間を埋めてたのは……――。
「今日、彼居るといいね!」
突然入ってきた弾む声に、唇を触っていた手を慌てて頭部へやった。髪を直す振りで自分の恥ずかしい行動を誤魔化す。
当たり前だけど、そんな私なんか全然気にする事も無く、前を歩く女の子二人は仲良く肩を並べて話している。
「週二位で居るみたいなんだけど、曜日が読めないんだよね。午前中からランチまでって時間は絶対なんだけど」
「私は交代で入ってる人もイイなって思うけど?」
「あ~、あの人もイイよね」
「てか、あの二人タイプ全然違うじゃん!どんだけがっつくのよ、ウチら」
キャハハ、という笑い声がピッタリな賑やかさ。
後ろから見るとそっくりな二人に、元気だなぁ……なんてボンヤリ思う。
同じ髪型に同じファッション。違うのは、トップスの色と靴、シュシュ位だ。ああいうの、何だっけ? 双子コーデ? 姉妹コーデ?
はっきり思い出せないのが自分のファッション疎さを物語ってる。多分朋絵なら、サクッと出てくるんだろうな……。
何はともあれ、二人がとても仲良しなのだという事は、格好からすぐ知る事が出来た。
会話のやり取り等からも付き合いの長さが解る。
親友。そう呼べる人が居るってのはやっぱりいいなぁ。私は朋絵の笑顔を思いながら、自分の恵まれた環境に感謝していた。
仲良くなった友達はそこそこいたけど、元来の自分の性格もあり、人付き合いは浅めが基本だった私。中々本音をぶつける女友達はいなかった。
だけど、朋絵は違った。大学からの出会いだったけど、初対面から話が弾んで、性格や趣味とかは全然違うのになんかこうしっくりくるというか……。
人間の底の部分で共通するものを感じた様な不思議な感覚で、そのせいか否か、一緒にいるとまるでずっと昔から知ってる人みたいな気分になった。
もっと不思議だったのは、彼女も同じ気持ちだった事。
そんな訳で、私達はあっという間にお互いが気が置けない存在になっていたのだ。
朋絵みたいな子に出会えたのは本当に奇跡に近いのかもしれない。
言わない本音を理解してくれる人間は、それまでの私には家族しかいなかったから。
その唯一の家族を失った私に再び訪れた奇跡。
神様は、私を二度も見捨てずにいてくれた……――。
――私は自分におきてる奇跡がくれた時間を、もっと自覚して、大事に人生を生きなきゃいけない。
……なんて、昼間から小難しい事を考えた私。
それでも、一人で歩く道が思いの外暗くならなかったのは、前を行く楽しげな女の子達のおかげだった。
(あの子達も同じお店行くのかな?さっきから曲がるトコ一緒なんだよね……)
大学から十分程。車通りの多い市道を一本入れば、住宅街。新しい家やマンションが建ち、憩いの場としての公園もあった。
目的のお店は、その公園の近くにあり、一見普通の家と間違えそうな控え目で素朴な造りをしていた。
それでも普通と違う点を挙げるとしたら、広さだろう。イートインスペースがあるお店は、周りに建つ家よりも大分大きい。豪邸サイズ。
お庭も広くて、そこは天気のいい日はテラス席にしているみたい。テーブルに日傘。緑の芝生。住宅街ともなれば親子連れもいる。小さな子供が芝生を歩く姿がチラリと遠目に見えた。
(こんな可愛いお店、大学から少し歩けばあったんだ)
知る人ぞ知るだよ、と朋絵が教えてくれただけある。この辺の地理を知ってなければ辿り着けないだろう。
目の前まで来たら、そこが普通の家じゃない事は明らかだった。大きなガラスから棚に並ぶパンが見えて。入口には一枚板で作られた看板。
前を歩く女の子達の足が速くなるのにつられて、私の期待も膨らんだ。
「いる? いた?」
「いるいるっ! ラッキーかも今日!」
そんな会話が聞こえる。
さっき噂していた人の事だ。察するに、お目当ての男性店員で、彼女らにとってはパン以上にお目にかかりたい存在。
やっぱり、女子の心が逸るのは、美味しいものと可愛いもの、それから素敵な恋の予感。ってところかな?
(では、いざ店内へ!)
カウベルの音が鳴る木製のドアを開くと、焼き立てのパンの香りにふわっと包まれる。
思わず大きく息を吸った私。
あーこれ。この幸福感!
何で焼き立てのパンの匂いって、こんな幸せな気分になるんだろう?
朋絵が言っていたように、そのお店のパンはどれも美味しそうで、食べきれる一つ二つを選ぶのにはとても迷ってしまった。
パン好きには本当、こういうお店は誘惑だらけだ。
結局、家での朝食用に少し多めにトレーに選んで、お持ち帰り分とすぐ食べる分に。
それでも多かった? ついつい欲張ってしまった……。そうだ、結城さんにおすそ分けしよう。
頼んだカフェオレを席で待つ間、私は携帯をいじりながら今夜を想像する。
(良いよね? 少し位、会いに行っても。邪魔じゃないよね?)
朝の数分だけじゃ、寂しさが募る。
数分のキスでそれを埋めても、足りないってもう一人の自分が言ってる。
素直に身一つで会いに行けないのは情けないとは思うけど、そういうのは後回しにして……
彼に会いたい。
一秒でも長く。
そう思う。




