『告白したいのですが……』11
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夕方見かけたあの人が、見間違いじゃなく確かに結城さんだったのだと確信したのは、朋絵とファミレスで夕食を取り自宅近くまで帰って来た時だった。
『今家に到着! 花音はそろそろかな?』
『私は近所のコンビニでお茶買ってたとこ。もうすぐ家!』
『気を付けてね~ じゃあまた明日』
『うん また明日!』
立ち止まりメールに返信した後、前を歩く数人の中で彼を見た。
ダークグレーのスーツ。スラリとした長身が、ゆっくりと、でも綺麗な姿勢で歩いている。
電話中の様で、左手は耳に。右手にビジネスバッグ。どこからどう見ても、完璧なビジネスマンだ。
すれ違った女性の目が振り返ってまでその人を追うので、これは絶対そうだと私は頷いた。
(あのスーツの色……。さっきのやっぱり結城さんだったんだ)
ナユタ君はいない。さっきは何で一緒だったんだろう?
今はお店に戻ったのだろうか?
疑問を感じながら、後を追うような感じで私は結城さんの後ろを歩く。
やがてマンションのエントランスに着くと、結城さんは携帯での会話を終わらせ、それを胸元にしまった。
と、歩調が急に速まる。
さっきまでゆっくり歩いていたのは、会話をしていたからだったんだ。サッとエレベーターに乗り込む姿を慌てて追い掛ける。
「待って! 乗りますっ!」
滑り込みセーフ!
閉まりかけのドアの隙間を狙って。箱の壁にぶつかる勢いで入った私に、結城さんは「あっ!」と驚いた。
「花音さん……! 無茶しないで下さいっ。危ないじゃないですか!」
「だって結城さんが見えたから……」
こんな事で注意されるなんて小学生みたい。
つい呟けば、結城さんはクスッと笑った。
「私だから追ってきてくれたんですか?」
「えっと……。そうです」
「それなら、無茶も許してしまいたくなります」
なんか、心なしか嬉しそう……?
世界中が君を責めても、僕は君の味方だ――とかいう決まり文句を、サラッと実行するタイプかもしれない……結城さんって。
「どこかお出かけだったんですか?」
「はい。朋絵とご飯食べてました」
「そうでしたか。それは楽しかったでしょうねぇ」
羨ましい、と微笑む結城さんが、「今度は私もご一緒したいですね」とか言ってくれないかな……と、私はちょっとだけズルい事を考えてしまう。
友達と会って欲しい。
お願いすれば彼なら嫌がらずそうしてくれるだろうけど、やはり自分から突然切り出すのは勇気がいるもの。
いいキッカケがあれば、言い出し易いと思ったのだ。
「結城さんは、お仕事大変そうですね」
「毎日バタバタしてますよ。まぁ、今に始まった事では無いんですけど」
キッカケも無く他愛もない会話をすれば、あっという間に家の前。
ではさようなら、と締めくくられる前に、今日の事だけでも聞こうかとちょっと考える。
鍵を握り締めたまま、沈黙の数秒――。
「あの、結城さん」
「ん?」
「今日、お店の近くの大通り……歩いてましたよね? お仕事だったんですか?」
「……あぁ。そうですね。あの辺りは時々……」
微笑みはいつもと変わらず柔らかい。だけど、何か変。歯切れが悪いというか……。
もしかして、あまり見られたくない現場を見てしまった?
ナユタ君が一緒に居たのは、もしかして仕事じゃなかったから?
あ。まさかとは思うけど……サボりとか……!? 結城さんが!?
仕事を離れ時間を潰す。
そんなサラリーマンの姿を見た事は沢山あった。
本屋のバイトの前は、パチンコ店のドリンクサービスをしたことがある。そこには、昼間も夕方も、スーツを着た会社員っぽい人が疲れた顔や無表情で何時間も座っていた。
朋絵とお茶しに行ったコーヒーショップでも、パソコンを熱心にいじる人に紛れて、雑誌などに夢中の人を見たことがある。
仕事してます! って人と、わざと時間潰してます! って人の違いは、雰囲気で分かる位には社会勉強を重ねてきたつもりだ。
でも。あんな“暇つぶし”で“サボり”組な人達と同じ事を、この結城さんが……?
――想像……つかないんですけど。
しかしながら、コーヒーショップ云々で考えると絶対的に否定は出来ない。……よね?
ナユタ君はカフェの店長だもの。あの子と一緒に居たとなると……
「――……さん?花音さん?」
「はっ? え!? はい!」
「どうしたんですか?」
「い、いえ……。た、大変なんですね! 結城さんはいつも忙しそうで!」
いけない、いけない。思わず変な勘繰りをしてしまった……。
私の怪しい取り繕いに気付いたか否か。
結城さんは肩をひょいと持ち上げ、苦笑する。
「確かに忙しいは忙しいですけど、時間を見つけて休む努力は惜しまない方ですよ?」
「……え。へぇー……そうなんですか」
オープンカフェで優雅に紅茶とか飲んでる姿を想像して。
ど、努力……! サボっていてもそう見せない工夫とかだろうかっ!?
またまた変な方向に進む私。
「勿論、休暇だってキチンと取ります。スケジュール管理もままならず、仕事に追われ休めないなんて、無能な者のする事ですからね」
世の忙しいオトウサン達が聞いたら泣いてしまう様な事を、結城さんは爽やかな笑顔で言いのけた。中々辛辣だ。
だけど、そう言えちゃうって事は結城さんがズルして仕事をサボる人ではないと証明してる様なもの。
聞いてちょっとホッとした。
「休日返上で働くのが美徳みたいな企業には、キビシイ意見ですね。きっと」
「この国の人達は働き過ぎなんですよ」
「いいなぁ。それ、うちの店長にも言って欲しい~。バイトの人数少ないからシフト作るの大変なんだもん! せめてあと二人か三人は増やして貰いたいんですっ。その点、労働環境的にも結城さんのお勤めする会社は理解ありそうな感じですよね」
話している流れで、私は、はたと気付いた。
……あ? そういえば。
「結城さんって、どんなお仕事してるんですか?」
以前から気にはなっていたものの、ずっと機を逃していた質問だった。
「仕事……ですか」
「はい! 営業? それともSEとか? いつもスーツで颯爽と歩いてるから、気になってて……」
と、見上げた結城さんの顔。
次の瞬間、私の胸にざわっと嫌な感覚が通り過ぎていく。
「結城さ……ん?」
「……」
私の質問に、彼は明らかに表情を曇らせた。
まさかこんな何気ない言葉で、場が凍りつくとは思いもしなかった瞬間だった。
「仕事……。そうですよね、仕事の事は何もお話ししてませんでしたし……」
結城さんの表情は曇ったまま晴れない。
私は何も言えず固まっていた。そんなに自分は不味い事を聞いてしまったのかと、ぐるぐる考えを巡らせる。
「……」
逡巡した彼の瞳は、くるりと宙に半円を描く様に動いた。
けれども、その瞳が再び私に戻って来た時には、迷いの色は見えず、いつものふんわり優しい雰囲気に変わっている。
それにも私は戸惑うだけ。相変わらず数秒で変化する相手についていくのは至難の業だった。
「と、いうよりも。仕事もそうですが、私は自分の事など貴女にはあまりお話ししていないですね」
「私、結城さんの事ほとんど知りません……」
「やはり気になりますか?」
(気になると言えば話してくれるの?)
彼の言葉に期待する。
でも、それはすぐに打ち消された。
頷いた私に結城さんは言う。
「しかし、申し訳ありませんが今はお話すべきではないと思っています」
「……え?」
(今、なんて言った?)
話すべきでは……ない――?
「な、なんでっ!?」
思わず声が大きくなる私。
すぐにここは廊下だったと気付き、手で口を覆う。夜のマンションの廊下は音が意外に響くのだ。
自分の声に驚いた。そんなに大声出したつもりは無いんだけど。
「私には……話せない事なんですか? それとも、私には……」
(話せるほどの信用が無い……とか……)
肯定されたら怖いので、最後は飲み込んだ言葉。
自分の爪先を見つつ、またまた巡る考え。
お付き合いしてるって事は、私達は恋人同士だって考えて良いんだよね? それがもし特別な関係ならば、相手の事を知りたいし知ってもらいたい。
全くの関係無しの人より、その人になら――好きな人だからこそ――自分の事(秘密とかも)を曝け出せる……と思うのは、私だけなのかな?
それとも他の人ってそういう風に考えないモノなの?
恋人だからって、イコール気を許す相手じゃないって事っ!? 恋人なのにっ?
ど、どうしよう? なんか全く分からなくなってきた! 恋人の定義とは? 付き合うとは何をもって付き合うという事か?
訳が分からなくなってきた私の頭の中は、難しすぎる方程式を投げかけられた時みたいにゴチャゴチャになる。
仕事の内容は明かせません、って言われただけなのに何故こんなに動揺するのか。たかがの一言で、自分の事を突き放された気分になるのはどうしてなんだろう……?
――不安が足元から這い上がってくる様だった。
「あの……花音さん?」
その時の私、一体どんな顔をしていたのか……。相当怖い顔でもしていたのかも。
結城さんは、それまで以上に優しげな声音で私を呼んだ。
「話さないと言ってる訳じゃありませんよ? 私達はお互いをもっと知りあうべきだと思っていますし、今後は積極的にそうしていかなければならないとも思います」
「でも……」
「ね? 落ち着いて。私が動揺させてしまった事は謝ります。私も、花音さんには話していない色々な事、本当は今すぐにでも告白したいのですが……」
一呼吸の間があった。
結城さんが言葉を選んでる雰囲気が伝わる。
「今は、その時期ではないのだという事……。貴女には誠実に向き合いたい。私には花音さんしかいないんです。だからこそ、順を違え失う事だけは絶対にあってはならない」
「………。それって後でちゃんと教えてくれるんですよね?……私に、結城さんのこと……」
「えぇ、勿論。必ず」
笑顔に少しホッとする。
ならば私は、待てばいいんだ。
結城さんには理由があっての事なんだもの。無茶を言って聞き出す必要はない。自分の気持ちを押し出して、彼を困らせる真似はしたくないし……。
(これで……良いんだよね?)
「勝手な事を言ってるのは分かってます。ですが花音さん、私を信じてそれまで待ってくれませんか?」
「待ちます。……ちょっとだけなら」
最後は冗談半分で。
でもちょっと本音。
知らない事は不安だ。隠されてるとなればもっと不安。「二人の為、貴女の為ですよ」的な説明を加えられたって、何もわからないまま信じて待つだけなんて……やっぱり限界もある。
好きな人のいう事だから信じたい。
だけどその一方で、
(私、早く結城さんの事を知りたいんです……。もっと沢山の事を。そうすれば、あなたにとっての一番は自分なんだって、私はちゃんとした恋人なんだって胸を張れる気がする……)
そう思ってる自分がいるのだ。
――戸惑っている恋心は、中々進む方向が定まらない。
結城さんは私のぶきっちょな冗談にニッコリと笑ってくれた。
フッと甘い香りが近づいて、結城さんの腕が私を囲う。あっという間に完成する甘い柔らかな檻。
彼に抱きしめられるとドキドキし過ぎて、私の思考力は、いつもガクンと落ちてしまう。
今だって同じで……。
「ふふっ。ねぇ、花音さん」
「――え?」
「貴女にそんな顔をさせるつもりは無かったんです。本当ですよ? 悪いと思っています」
でも、と結城さんは声を潜めて囁いた。
「でもその一方で、その表情にすごくそそられてる自分を自覚してるんです」
「……っ」
「悪い男でしょう? 私は」
低音が耳をくすぐる。唇と吐息が耳朶に刺激を落とす。
一瞬、眩暈を起こしかけた……。
「で、ですね……っ!」
やっと出た一言に、クスリと笑い声。
顔は見れないけれど、結城さん、今きっとすごく意地悪な微笑みをしているに違いない……。




