『告白したいのですが……』9
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「カフェー? あぁ、喫茶の事かい」
ハンチング帽の小さな小太りの中年男性が、朋絵の質問に首を傾げた。
「この辺はそういう店が多いからねぇ……」
「き、喫茶……? ま、いいや。やっぱり分かりづらい立地なんですか?」
「見ての通り、表と違ってコッチはやたら入り組んでるしね。あちこち路地の作りもそっくりな上、店の入れ替わりも激しい。何度来ても迷う人間は多いのさ」
「そっか~。じゃあ仕方無いよ、花音。そんなに落ち込まなくても」
振り向いた朋絵に肩を竦めて見せた。落ち込んでいるというより、どちらかというと納得いかない感じの方が強いのだけど、それを議論しても事態が変わる訳では無い。
迷う筈のない道で、私達は迷ったのだ。これは私的には有り得ない展開。
「お嬢さん達、目的の場所には行った事があるんだろう?」
「はい! 何度も! だから、迷わない自信あったんですけど……。不思議な事に……」
道が増えたりするもんで、なんて言って理解されるとも思えない。
一本道で迷いました……どう考えても普通じゃない。
私は、言いかけた言葉を濁した。
「ならば、一度大通りに戻って、また初めからやり直す方がいい。迷ってるままこの辺をうろつけば、どんどん深みにハマるよ」
中年男性は小脇に抱えたセカンドバッグを大切そうに抱え直した。皮のそれは随分と使い込まれている様で、落ち着いた飴色になっている。
それとは反して留め具の金色が、男性の太く節ばった指にはまる指輪と同じく、やたらキラキラ輝きを放っているのが妙に目に留まった。
「え。そんなにこの辺って迷いやすいんだ?」
「表の通りとはワケが違うからねぇ」
くつくつと笑う男は、肩を微かに揺らす。
目深に帽子をかぶったまま、その顔を表通りの方へ向け「本当。一本入っただけなのにな」と呟いた。
「一度来た事があるなら、いつでもまた行けるから。まぁ、焦らさんな」
身長百五十センチの朋絵より小さな男。小太りにハンチング帽、セカンドバッグなんて、イメージ的に競馬場か競輪場に居そうなオジサンだ。
さして珍しい風貌ではないのに、こんな路地裏にいるからなのか、何だかちょっと気味悪さがある。
その男性が言った言葉に、私は引っ掛かりを感じた。
……どこかで聞いた事ある様な……?
「そろそろ日も陰る。今日は諦める事をお勧めするよ。普通の人間は夜この辺りを歩くもんじゃない」
「それって、オカルトチックな意味合いで!?」
朋絵が楽しそうに目を輝かせた。
道に迷って目当てのカフェに行けないなんて、彼女にとってはちっぽけな事なんだろう。
朋絵の事だから、ならばまた別の日にすればいいかとすぐに気持ちを切り替えられたのかもしれない。
それよりも今は、男の意味深な言葉に興味があるみたい。
そういえば、最近ミステリー研究会とかいうサークルに入ったって言ってたっけ。
「オカルトかい? そりゃ、面白い事を言うな、お嬢さん」
「だってこの辺って何だか雰囲気あるし! 何度も来てても迷いやすいとか……すっごい意味深!」
「確かにな。あんたさん達がそう思うならココは“そう"なんだろう。なぁ? そっちのお嬢さん?」
「えっ!? あ……私?」
不意に話を振られ、私はビクッと肩を震わせてしまう。まさかこっちに振られるとは思わなかった。
二人の会話を聞いてなかった訳じゃないのだけど、ついつい目は二人そっちのけで周りを探っていたので、ちょと挙動不審になってしまう私。
だってここにジッと立っていると、足元からすくわれる様な、なんとも言えない不安感が湧いてくるのだ。
人通りの無い細い道。入り組んだ場にあるのは静けさと異様さ。
ソワソワと胸が落ち着かない。
「私、オカルトとか怖いのはちょっと苦手だから……」
「え? 花音ってば、そうだったっけ!?」
素っ頓狂な朋絵の声に、男性はくくっと喉の奥で笑った。
ならば、と低い声が続く。
「じゃあ早く帰りな。悪い事は言わない。黒い影はすぐそこまで来ているよ」
「黒い影っ?」
朋絵が首を傾げた所で、男性のセカンドバックから携帯の呼び出し音が聞こえてきた。
自分を呼ぶ音に彼は気怠そうな表情をバッグに向ける。察するに、あまり歓迎している相手ではないみたいだ。
「夜の事だよ、好奇心旺盛のお嬢さん。――ああ……参った。怒られちまうのかね? サボっていた訳ではないんだが……」
意味深な単語の解説を朋絵に話した後、独り言をボソボソと零し……。それでも、電話の相手を待たせない様に素早く携帯を男は取り出した。
「ハイハイ。……あぁ、どうも。え? 勿論ですよ。そこはいつも通り……」
背を丸め話し始めた姿を、朋絵はチラチラと見ていた。面白い謎のおじさんを彼女は少し気に入ってるらしく、私にも何か言いたげに目配せしてくる。
ほっといたら、「このおじさん、どういう人なのかもっと知りたいよね?」等と言い出し、下手したら尾行したいとかまたおかしな方向に行ってしまいそうだ。
『秋の夜長にミステリー』
自分たちが作った書店のポップを思い出した私は、思わず身震い。こんな所で、出張ミステリー研究会は困る。私、部員じゃないし!
「――迷いネコをお探しですか? ほぅ……見つけたらどうしましょう?」
その時、男の声が一瞬大きくなった。
それまで背を丸め、あまり会話自体聞かれない様にボソボソ話していたのに、まるでそこだけ私達に聞かせるみたいだった。
視線は自然と男に向いてしまう。
朋絵より小さな姿を見下ろした時、「ッ!?」私の背には嫌な汗が一気に噴き出した。
深くかぶったハンチング帽に隠れた男の目。何処を見ているか分からない。
……いや、分かる。私を見ている。
私をじっと見上げ、男は口元を歪め上げた。
「保護ですか? 処分ですか? へぇ、それは珍しい。貴方様がねぇ」
電話の相手は誰なんだろう?
その言葉にはどんな意味があるの?
――別に私たちには関係ない事だよね?
ドキドキと心臓が脈打つ。さっきより早いリズム。もう、嫌な予感しかしない……。
(よく分かんないけど、なんか嫌だ。早くここから出よう……!)
まだ電話と喋っている男から目を逸らし、私は細い道の向こう側――大通りへと視線を移した。
更に心臓が大きく脈打ったのは、その時だ。
大通りには相変わらずの人通り。
行き交う人達の影が不規則に左右に流れる。
その中を、スッと長い影が通った。
「っ! ゆ、結城さんっ……」
限られた範囲の中を一瞬横切ったのは、多分あの人だ。
見間違いかもしれない。背の高いスーツ姿の男の人なんか、この世の中ごまんといるもの。
でも、今の姿が彼だと思えたのには、もう一つ見覚えある影が通ったから。
「ナユタ君……っ!」
スーツ姿のすぐ後ろを、跳ねる様にして追う小さな子供。
一瞬見えた揺れる金糸髪は、この国ではあまり見かけない色。
双子のセツナちゃんとは違う髪色を「ボク、どこか抜けてるので……間違っちゃったんですよねぇ」なんて彼らしい笑顔で語っていた。
だから、絶対そうだ。
「えっ? 花音?」
「朋絵! 来てっ!」
振り返り朋絵に叫ぶ。
私はすでに走り出していた。ビックリ顔の朋絵のすぐ横で、電話をするハンチング帽の男。
彼の口元が大きく音も出さず動く。
『早く行け』
私に言った?
スッと彼の左手が上がった。
じゃあなお嬢さん、と挨拶するみたいに――。




