『告白したいのですが……』7
***
午後四時。今日のバイト終了。
裏口から外へ出ると、店内とはまた違う騒がしさが風と一緒に流れてくる。
肩から下げるトートバッグを抱え直して、私は一息ついた。
その後ろからは、朋絵が元気よく飛び出してくる。
「ねーねー花音。田所さんに何したの?」
鼻の頭、擦りむいてたよ……? と朋絵は笑い、苦笑する私を通り越して、駅前通りを歩き出した。
「“花音ちゃんの一撃がー”……って凹んでたけど」
「んー。ちょっと不可抗力というか? 田所さんの発言に私がつい……」
とある記憶に動揺して、それを思い出させた彼に八つ当たりしてしまったのだと説明すると、朋絵はキョトンとする。
「ふーん? 花音でも八つ当たりとかそんなことするんだぁ。意外」
「するよ、そりゃ。八つ当たりぐらい。私をどんだけ温厚な人だと思ってるのよ?」
「だって私、花音が怒ってるの見た事無いもん。そういうイメージも無いし」
並んで歩く私達は、歩調少しゆっくりめで通りを行く。
真横を、サラリーマンが早歩きで追い越して行った。外回りの営業を追えて会社に帰るのかなぁ、なんて、忙しく行く後ろ姿に思う。
結城さんは、今頃仕事だろうか? あの人みたいに、昼間は社を出て歩き回ったりするのか……。
いまだに彼の職業を知らない私は、朋絵と話をしながらそんな事を考えた。
「小っちゃい頃からほわわーんとしてたんでしょ。物静かでさ」
「確かに活発ではなかったけど……。途中で、なんか諦めちゃった部分が多かったからかなぁ」
「え? 何を?」
「……色々ね」
肩を竦めて笑えば、朋絵はそれ以上聞いてはこなかった。「色々か」と笑って流してくれる。質問好きな彼女だけど、こうして相手の気持ちを悟って必要以上に踏み込む様な事は絶対しない。
朋絵は、そういう子。とても優しい人なのだ。
「そういえば、朋絵。田所さんの忠告を無視して会ったイケメンさんはどうだったの?」
「良いイケメンさんでしたー」
話題は朋絵へ。
持っていたピンクのバッグをギュッと抱きしめて、夢心地の表情の友人がしみじみと言った。
「笑顔が素敵だったよー。あの人が悪く見えるなんて、田所さん、目どっか壊れてんじゃないの?」
「ははは。壊れてるって」
「同じ男としての嫉妬心かね? あの外見と張り合おうなんて、田所さんも図々しいったら」
「それ、言っちゃだめだよ? 田所さん泣くから」
すっごい気の毒な田所さん……。まさか、好きな女の子にここまで言われてるなんて思いもよらないだろうな。
朋絵も、まさか田所さんに好意を寄せられてるとは思ってないので、ここぞとばかりに今日の出逢いをベタ褒めしている。
「もうさー、本当にカッコイイ人で! んで、爽やかなんだよ! 私にもまだあんな人と出会えるイイ運持ってたんだって思ったら、うっれしくってうっれしくって!」
在庫種類が豊富なのを褒めてくれたとか、また来ますと言っていた事とか。朋絵は半分夢見心地といった感じで話している。
駅が近くなるにつれて人通りも増えてきた道。
駅前大通りを横切る横断歩道はそんなに多くないので、信号の側には人が自然と塊になっていた。
「朋絵」
「んー?」
「さっき裏で言おうとして言えなかったんだけどさ。久しぶりにお茶してこうよ? 私まだ朋絵の話聞きたいな」
そして、指さす横断歩道。
「ほら、例のお店」
横断歩道から向こう側の道を指せば、朋絵は「おおっ」と小声で感嘆する。
「例のお店ですな! 行く行く!」
そうして私達も、信号待ちの人々の後ろに並んだ。
「花音に教えてもらった後も実は何度か行ってるんだけどさ。辿り着けたためしがないのよね、これが」
「そうだったの?」
「うん。前もチラッと言ったけど、なんかあの辺迷路みたいじゃない? 一本入ると。入った所間違ってんのかな? でもさ、あの辺りってば、表通りも似た作りの店ばっかでねぇ」
「テラス席があるカフェばかりだもんね」
青になると、速度の違う人間が白黒の線の上で忙しく交差した。
雑踏に響くのは信号機から流れる電子音楽。聞きなれたメロディー。
昔からこの童謡が流れる中横断歩道を渡ると、何故か焦ってしまう自分がいた。
味気ない電子音が悪いのかもしれない。妙に不安を駆りたてられる。
知ってる歌詞の中に「行きはよいよい、帰りはこわい」なんてあるから余計か……。もっと軽やかな音楽にすれば良いのに、なんて思う事もしばしば。
でも、近くでは大きな事故があったばかり。たくさんの花束だってまだ目にする。
だから今だけは軽やかな音楽を希望する気にはならなかった。
ここ最近は、このメロディーが切なく聞こえて仕方がない――。
私達が渡り切った所で、音楽は中途半端で途切れ、青色がチカチカ点滅した。
慌てて走る人、気にしない人。良く見る光景を左手に、賑わう通りを駅と反対方向に行く。
季節は秋へと言いつつ、まだ夏の名残の暑さがしぶとく残る日々。夕方は過ごし易い気温というのもあって、街のカフェのテラスは中々の人気だ。
目的地が定まったせいか、さっきよりかは歩く速度が上がった私達。それでも、お喋りしながらのそれはまだまだのんびりだったようで。
早足の男性とすれ違いざまに肩がぶつかり、「すみません!」と謝られる朋絵。
急ぐ相手は一瞬で目の前から去って行ったのに、
「ちょっと花音! 今の人見た? 黒髪眼鏡スーツ!」
その一瞬でそこまで観察出来るとは……!
「え。わかんない。声聞いた時にはもういなかったじゃん」
「ウソでしょ!? もう! もったいない!」
「……はは。そう……だね」
悔しそうに言う朋絵に苦笑を返した私だった――。




