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隣人は甘く囁く~透明な魂と祈りのうた~  作者: 奏 みくみ
『告白したいのですが……』
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『告白したいのですが……』2


 ***


 零さんと分かれた午後、足取り軽く店に向かった私は、案の定お店に居た藤本さんと一緒にお茶をした。


 私が自分の通う大学で零さんと会った事に藤本さんはとても驚いていたけれど、彼に教えてもらった話をすると少しはにかんだ様子で「実はそうなんです……」と告白してくれた。


 もう随分と前から食堂のオムライスのファンだったらしい。今まであそこで会う事は無かったのに、ここで会うなんて不思議な縁ですよねーと私達の話は弾んだ。


 本日の店番はセツナちゃん。ナユタ君は今日もお使いに出ていて会う事は出来なかった。あの元気な笑顔が見れなかったのは少し寂しかったかな……?


 夜までたっぷり店に居座って、自宅に帰ってから軽く夕食を済ませた私は、その後の手持無沙汰の時間を消費すべくベッドに寄りかかりクッションを抱えテレビをつけた。


 昼間色々な人とお喋りをしたりすると、夜一人で部屋にいる静かさが倍増する気がする。


 テレビから聞こえる一方通行の話声でも欲しい気分になるのだ。


『続いて、先日の美咲が丘のバス事故についての続報です。乗客や目撃者の証言から、バスは横転する前に蛇行運転を繰り返していた事が判明しました』


 テレビからキャスターの淡々とした声が聞こえる。思わずギクリと、動きが止まってしまっていた。


『警察は、現在重体の運転手の回復を待ち事情聴取するのと合わせ、運転手の勤務状態も調べると――』


 決して自分に起きた偶然を忘れていた訳じゃなかったから、この話題はどんなニュースよりも敏感に反応してしまう。


 画面に原形を崩したバスの映像が映った所で、手は無意識にチャンネルを変えた。


 リモコンを持つ手は動揺で少し震えていたのか、チャンネルはバラエティ番組を二つ程通り過ぎ、違うニュース番組で止まり。


『容疑者は怨恨から――』


 そのニュース番組でも、暗い話題――殺人事件を報道していた。


 ……溜息が出る前にテレビを消す。


「あー……。なんだかな……」


 でも結局、静かな部屋に溜息は落ちた。


 なんで、世のニュースは暗い話題ばかりを流すんだろう。明るいニュースだって、もっと沢山あるはずだ。


 死亡者の数より出生者の数を発表すればいいのに。


 これこれこういう訳で人が亡くなりました、って話じゃなくて、こんな大変な事もありましたが無事に生まれましたよー、って話の方がずっと素敵じゃないか。


 明るいニュースがいっぱい流れたら、人の気持ちも良い方向に向かうかもしれない。


 そう思うのは、私がまだまだ世間知らずな子供っぽさを残してるからなの……?


 うーん、とクッションの上に顎を乗っけたまま、私は誰に問う訳でもなく唸ってみた。


 当然、答えなんか出ないけど。


 ――にゃあ。


「え?」


 消えたテレビを仏頂面でぼんやり眺めていたところに小さな鳴き声が聞こえたのは、ほんの一瞬だった。


 幻聴かと思ったくらい。


 でも、声も音も押し殺して聞き耳をたててみると、微かに「カシカシ……」と正体不明の音も耳に入ってくる。


 その内、「カシカシ……」に「にゃあ」が小さく重なって……。


「猫? ……え、どこで?」


 床に這いつくばる態勢で小さな音の発信源を探す私。家の中にいるワケ無いんだから、当然……外、だよね?


 ベランダに続く吐き出し窓を間近で凝視。


 「カシカシ」はこのすぐ向こう側からだった。


「うそでしょ?」


 ここ七階なんですけど。


 どっかから野良が迷い込むにしては一階二階じゃないんだもん、無理もある。


 何処かの家の飼い猫が? ……いやいや。そもそもこのマンションペット可だったっけ?


 そんな条件があったかどうかも記憶の彼方。

 首を傾げながらとりあえず恐る恐る窓を開けてみる事にした。


「どなたですか……っわっ!」


 猫にどなたですかも何もないけど、恐る恐るの行動を取る時って何故か独り言が漏れてしまう。


 そんな私の心境など知るはずもない“相手”は、十センチほど窓を開けた所ですかさずの勢いで部屋に飛び込んできた。


 黒い影が脇を飛んでいく。鳴き声から正体が推理出来ていても、驚きに身体が固まった。


「ちょっと……! なに~もう~っ」


 振り向けば影が鳴く。


 さっきまで私が抱えていたクッションの上に、ちょこんと行儀良く? 座っている突然の来客は、小さな黒猫だった。


 うん。猫だよね、やっぱり。


 鳴き声の主を確認しながら、私は後ろ手に窓を閉めた。


 迷い猫なら保護しなきゃ。いくら猫は結構アクロバティックなのだとはいえ、七階から落ちて平気な訳はない。


 それに、例え他の家のベランダに入ったとしても、このマンションがペット不可だったらそれこそ大騒ぎになってしまう。


 うちで保護して……。管理人さんにそれとなく疑問を確認して……。


 なんて手順を考えつつ、小さな存在に向き合った。


「ねぇ? 君、どこの子?」

「…………」

「ここのマンションのどっかに住んでるのかな?」

「…………みゃーぅ」

「…………」


 これで会話が成り立つなら苦労もない。


 私の問いかけに、猫はキョロキョロ小さな目を動かして部屋を見渡している。


 やがてピョンとベッドに飛び乗ると遊び始め、今度はベッドカバーのレースに爪が引っ掛かり何やらジタバタと……。


 あ! あ! レースが……!


「こらこら! 暴れちゃ駄目だって!」


 慌てて猫を抱えた。


 爪に引っ掛かったレースをそっと外す。


 見知らぬ相手に触られて拒否反応を示すかと思ったけど、子猫は大人しく私の手の中に納まってくれた。


 その反応に私もすっかり嬉しくなり喉元を人差し指で撫でてみる。ゴロゴロ……、気持ちよさそうに目を細める子猫。可愛い!


 撫で繰り回す……という表現はちょっと大袈裟かもしれないけど、滅多に触る機会のない子猫との触れ合いはこちらの母性をくすぐりまくりだ。


 私は大人しくされるがままの猫相手に、ほくほくと頬を緩ませ、ひたすらちっちゃな温もりを撫でていた。


「かわいー……ん?」


 と、掌にぽつりと当たるものがある事に気付いて。


 ちっちゃな頭を撫でると、その感触がある。


 覗き込み、子猫の伏せられた耳を注意深く観察してみた。


「……えっ、これピアスだ!」


 小さな黒い耳に小さな石。


 太陽を思わせる赤みがかったオレンジ色のそれは、部屋の照明を受けてキラキラ光ってる。


 どうして気付かなかったんだろう。


 一度目にするとその輝きはとても強く感じられた。


 こんなに光ってるのに、今の今まで気付かなかったなんて。


 これ、本物の宝石なのかな?


 興味をそそられピアスに触れたら、そこは駄目だというように子猫は首を振った。たちまち逃げる様に膝から飛び退いていく。


 玄関の方まで走って行ってしまった黒猫を、私は「わ! ごめんねっ」と追いかけた。


 下駄箱の上にジャンプした拍子に、置いてあったファイルが落ち派手な音を立てる。


 音に驚いた子猫が、ビクッと身体を震わせていた。


「うん、大丈夫だよ。これは回覧板。お隣さんに持っていかなくちゃいけないモノなの。ごめんね、私が余計なコトしたからだよね。もう怖くないから……おいで?」


 落ちたファイルを拾いながら声をかけて。


 私はそっと手を伸ばした。


 まさか本当に言う事を聞いて来てくれるとは思わなかったけど、その一言だけで伸ばした私の腕に飛び移ってくる。


 子猫なのに随分と人に馴れている様だった。


 それに、耳のピアス。


 ひょっとしてこれは首輪代わりなのだろうか?


「だったら、飼い主さん……心配してるよなぁ」


 どんな人なのか。やっぱりこのマンションの人なのか。首輪代わりに子猫にピアスなんて、私は正直理解できないけど……。


 まぁ、それとこれとは別。ここまでするなら、この子が大事にされてる事に変わりは無いはず。きっと。


 早く飼い主のもとへ送り届けてあげないと!


 ――にゃあ


 鳴く子猫も家に帰りたがっている様な気がしてきた。そう思うと、もうどうにかしたくて身体がウズウズ。


 ……だけど。


 夜、なんだよねぇ。


「――いや! こんな時間だからこそ、飼い主は探しているかもしんないっ」


 マンションの人が飼い主だったら今行動すれば出会える可能性もあると思う!


 そうとなれば話は早い。


 ファイルと子猫を抱えて、私はよし! と気合を入れた。


 玄関の壁に掛けてある鏡を覗いて髪を少し整えて……


「とりあえず、お隣さんに回覧板持って行ってからでもいいかな? この時間なら結城さん帰って来てるかもしれないから」


 んにゃ、


 子猫は小さく鳴く。


 細めた瞳が笑っているように見えた。


  

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