33―勝敗をつける方法
閉じ込められたガラス張りの箱の中で、トシツネが眼球の最後のひとつを潰すのを、エルフリーデは見た。
だがその次の瞬間、光の玉がトシツネを背後から襲って飲み込んだ。
「トシツネに何をした!?返せ!!今すぐ!!!」
混乱したまま激昂したエルフリーデは、ミカゲの胸倉を掴んで激しく揺さぶった。
しかしミカゲの反応は、彼女が予想だにしなかったものであった。
彼は、舌打ちをし、蛇の様な眼窩を不快気に細める。
「誰ですか、わたくしの準備した後夜祭の舞台を荒らしたのは!?」
沸々と湧きあがる怒りがミカゲの表情に滲んでいる。
「これではせっかくの筋書きが破綻です…!これは、創造者たるわたくしの芸術への冒涜…!」
けれど怒っているのはエルフリーデも同じだった。
トシツネに何をされたかわからない。
愛しい彼が唯一の弱点である彼女が、そんな状況に耐えられるわけがなかった。
「説明しろ。トシツネはどこだ。どうすれば帰って来る?言わなければここでお前を肉片に変えてやる!!!」
絶世の美貌に纏わせたのは剣幕だけではなく、青い光が女王の全身を包んでいた。
その様子に危機感を覚えたミカゲは、一度怒りをおさめて口を開く。
「予定外のことが起こったのです。わたくしにも全てはわかりません。状況を調べますから、放して頂けますか?」
怒りに震える女王は、掴んでいたミカゲの胸倉を投げ捨てるように放した。
しかしその殺意にまで高まった気迫は衰えることなく、青い光は彼女を包んだままである。
ずっと手にしたままだった彼岸花を打ち捨てて、ミカゲはガラス張りの箱のほうへと歩を進める。
その背後を、エルフリーデは彼を逃がさないというように追って歩んだ。
ガラス張りの箱の更に向こう側、布を覆い掛けた台の前でミカゲは足を止めた。
その布を取り去ると、祭壇のようなものが現れる。
「…舞台は起動していますね。誰がこんなことを…忌まわしい!」
怒りに肩を震わせたミカゲは、振り返ってエルフリーデを見た。
「分断されたくなければ説明しろ!トシツネは何処だ?」
白く柔らかな手のひらに爪が食い込むほどに強く拳を握りしめた女王が、声を荒げる。
対するミカゲも不機嫌を隠せないものの、ここでエルフリーデの魔法を使わせたくはないのか、食いしばった歯を解いて口を開く。
「ちょっとした異空間にいるのですよ。手順を踏めば出られます。ここに彼を招くのは、貴女様をわたくしのものにした後と決めていたのに…」
そこまで言うと、ミカゲは薄い唇を噛んで悔しがった。
白すぎるほどに白い歯が噛み切った小さな傷から、赤い血が滲み出した。
「せめてもの救いがあるとすれば――」
ミカゲはそこで言葉を切って、深く呼吸を繰り返し感情を収めようとする。
自ら傷を作った唇を歪めながら、その端をじりじりと持ち上げ、彼は笑みを浮かべた。
「貴女様のお仲間同士、闘わねばならない状況にあるということですね。日頃の確執もあるでしょうし、一対一なら誰か死んでも、おかしくはありません」
秀麗な眉を顰めた女王は、また数歩ミカゲに詰め寄る。
「御託はいい。私の臣下たちを解放しろ!」
「それはできませんよ。事態は既に、わたくしの手を離れてしまっているのですから」
「なら方法を教えろ」
ミカゲは肩を竦める。
その様子がエルフリーデの不快を誘い、彼女を取り巻く青い光がぶわりと一瞬吹き上げた。
長く艶やかな黒髪が逆立ちかけて、収まる。
「残念ながら、皆様ご自分で手順を踏んで出てきて頂くしかありません。二人の間で勝敗がつけば、生き残っていれば出て来られますよ」
条件が勝敗をつけることなら、相手を殺す必要はない。
エルフリーデは、臣下たちが殺し合ったりはしないと信じている。
しかし――。
「その異空間にひとりきりで飛ばされた者がいた場合は?」
ミカゲの口の端がみるみる吊り上がっていく。
「お相手が現れるまで、永遠にお一人でそこにいて頂くしかありませんね」
先程より激しく、エルフリーデはミカゲの胸倉を掴み上げた。
「そこへ行く方法を教えろ!!」
臣下たちにトシツネを加えれば五人。
誰かが帰って来られない。
それを理解できないエルフリーデではない。
「気は進みませんが…」
ミカゲが首だけで祭壇の更に後方を振り向く。
「そこに余り物の左目を保管しています。全部潰して頂ければ、貴女様も招待されるでしょう」
ミカゲの視線の先を見定めると、エルフリーデは胸倉を放してそちらへ駆け寄る。
四角いものを覆った布を引き剝がすと、木箱の中で金の瞳を持つ眼球がひしめき合っていた。
纏わせていた青い光で、彼女は箱ごと粉砕する。
「おお、怖い怖い」
揶揄うようでいて本気のようなミカゲの声を聞くと同時に、美貌の女王は背後から光の玉に飲み込まれた。
頭痛に耐えながら前を見据える。
そこは円形闘技場の姿をした空間だった。
「エル」
聞き慣れた親友の呼び声がする。
「ミリヤム、ここにどれくらいいた?」
「さあな。時間の感覚はいまいちわからない。長かったって印象だけがある」
琥珀色の瞳には僅かな疲労が浮かんでいる。
「出入口は開かない。舞台からは出られなかった」
ミリヤムなりに、ここから出る方法を模索していたのであろう。
「勝敗がつけば出られるらしい」
そのエルフリーデの言葉の意味を、聡いミリヤムは一瞬で察したのか、眉を顰める。
「なあ、エル。勝敗がつけばどんな方法でもいいんだよな?」
「多分な」
するとミリヤムは、ニカッと白い歯を剥き出して太陽の様な笑みを浮かべた。
「じゃんけんしようぜ!その細腕じゃ、腕相撲は酷だろ?」
クスリと上品に微笑んで、美貌の女王は久方ぶりに柔らかい表情を浮かべた。
「ああ、ミリヤム。それは良い案だ」
肯定して頷くエルフリーデの顔を、ミリヤムはぐいっと無邪気に覗き込む。
「あれは地方によってルールが違うだろ?どうする?ここイヅノメ皇国だし、この国のルールでいくか?」
整い過ぎた女王の顔に笑みが深まる。
「そうだな。せっかくだからそうしよう」
青い瞳を和ませて、エルフリーデはたおやかな白い手を差し出す。
「正々堂々と、一本勝負で」
美しく日焼けしたミリヤムの手が、その手を取って握手を交わす。
「勿論、ズルや後出しは負け扱いでな」
握手の手が解かれたとき、息を合わせた掛け声とともにじゃんけんが始まる。
「「じゃんけん、ポン!」」
一国の主とその国の軍の総帥が、じゃんけんをする平和で滑稽な声が響いた。
「勝った!!」
「…負けた」
エルフリーデの拳と、ミリヤムの開かれた手のひらが向かい合っている。
景色が歪み、世界が崩れていく。
みるみるうちにそこは、闘技場ではなくなった。
「「陛下!」」
「総帥!」
「ミリヤム!」
新しい景色を見回す暇もないうちに、呼び声が彼女らの耳を打った。
「お前たち、同じ場所に出たのか」
彼女らの無事な姿に安堵する四人の中から、トシツネが飛び出してきてエルフリーデに抱き着いた。
「陛下、陛下…!ご無事でよかった…!」
「お、おい…!人前でやめろ。否、人前でなくとも、あまり思わせぶりなことは…」
悲し気に視線を落としたエルフリーデの背中を、ミリヤムがバンッと叩いた。
「こいつはもう大丈夫そうだな」
ニカニカと笑うミリヤムの言葉の意味を解せず、エルフリーデは眉尻を下げる。
「お二人とも、あまり疲れていらっしゃらないようですが…」
そこへギュンターが口を挟む。
彼も二人きりならミリヤムを抱き締めたかったところだが、流石に主君の前では遠慮する。
「お前ら、なんでそんなに疲れてるんだ?」
きょとんとしてミリヤムが問いかけると、四人の男たちは困惑した空気を漂わせた。
「ミリヤム、お前は闘技場に放り出されなかったのか?」
「放り出されたさ。何だヨハネス、お前まさか」
何を思いついたのか、彼女は笑いを堪えきれず腹を抱えた。
「ぷっ!男って馬鹿だな!」
ギュンターとヨハネスは顔を見合わせ、トシツネはエルフリーデから離れて助けを求めるようにアルベルトを振り返る。
アルベルトはエルフリーデのほうに問うような視線を投げかけていた。
「まさかお前たち、武器で闘ったのではなかろうな?」
窘めるように響くエルフリーデの凛とした声に答えられず、戸惑いが四人を包んだ。
しばらく、ミリヤムの笑い声だけがその場に響いていた。
「…陛下とクラナッハ総帥は、武器を用いずに闘われたのですか?素手にしても、服装の乱れすら見受けられませんが…」
アルベルトが勇気を出して問いかけると、エルフリーデもクスクスと笑い出した。
「じゃんけんだ、じゃんけん!勝敗さえつければよいものを、力で闘って疲れたのか?私はお前たちを…もっと賢明だと思っていたぞ」
クスクスという上品な笑い声に、四人は赤面しながら俯いた。
「ギュンター、なんだその痣!ヨハネス、擦り剝いてやがる!アルベルト、お前泥つけまくって、踏まれたのかよ!おいトシツネ、血出てるぞ!」
笑い声を振り撒きながら、ミリヤムが追い打ちをかけて回る。
エルフリーデは笑うのをやめて、トシツネの血の出た腕をはじめとし、臣下たちの傷を魔法で癒して回った。
咄嗟にグーを出す人は頑固だとか、パーを出す人は素直だとか、どこかで聞いたことがあったので、エルフリーデとミリヤムらしいと思ったグーとパーを選びました。
すごく、どうでもいいですよね…すみません。




